優しくいよう
自分に優しく
どんなことが起きても、どんな最悪な事態になっても、あなたはあなたの味方でいてあげてください。
幼稚園で滑り台を下りたら、同級生にスコップでボコボコにされても。
片付けができなくて、大人にぶん殴られても
ネットいじめでクラス全員が敵に見えても
学級会長になって文化祭1日目で、なぜか、明日も本番があるのに自分以外の全員が閉め作業をしないで、「打ち上げ」に行ってしまっても
なぜだか学校から帰ると頭痛と吐き気と眠気が止まらなくて、勉強ができなくて一浪しても
やりたい事を見つけて、必死に訴えかけたのに味噌汁をかけられて家から追い出されても
上京してうまくいかず、限界に追い込まれて暴れたら、元カノに殴られ、まわし蹴りをくらっても
大うつ状態になって何もできなくなっても
事実でもないことをツイッターで自分より一回り以上上の人たちにたくさん書きこまれても
お化け屋敷の手伝いをしに、田舎に行ったのに、なぜか農業で強制労働させられそうになったとしても
動けなくなりとうとう精神科に行って重めの診断をもらっても
お客さんの目の前に立つことが怖くて布団にくるまって泣いているのを、無理やり車で運ばれても
なんだかしらんが93kgまで太っても
人と会うのが怖くなりすぎて、試写会帰りに杉並区の路上で脱糞して、15分歩いて帰っても
お金も夢も叶えたから、次は女だ!と、マッチングアプリに明け暮れてとてつもない女運に遭遇しまくっても(これはさすがに詳しく書けない笑)
お世話になった人だからと無理に企画を立案しコンペ通過したのに、自分を追い込んで入院してしまうまで頑張ったのに、大人の事情とやらでうやむやにされて「ありがとう」もなく、いなくなっても
何もかもが嫌になって尾道に物件を借りようとしたら、究極の心理的瑕疵物件だったとしても(なんでだよぉぉぉぉぉ!)
※自分で書いてて爆笑するぐらいには開き直ってるので心配なさらず
もう数えきれないほどダメダメで、最悪な時間を過ごしたと思うし、結構クソ人間だった時も多い。今も完ぺきな人間ではない。
なぜだか中学生ぐらいの時から生きるのが本当につらかった僕は、「いい子でいれば」「好きな子と付き合えたら」「みんなの人気者になれたら」この気持ちは全部なくなるんだ!と思っていた。
30年近くかけてあらかたかなえたけど、あまりよくならなかった。僕の心の真冬の夜中はなかなか日が差さなかった。一緒に一緒に
だけど初めてお化け屋敷を実家につくったとき、大学の仲間と「シカバネ」をやったとき。確実に僕の心は常夏のハワイのように温かく、最高な気分だった。
僕の無茶でバカな企みに、仲間たちが協力してくれた。
あの時間がほんとに愛おしい。
その気持ちと優しさを大事にするべきだった
最初僕が夢見てたのは
東京の6畳のクソみたいな家賃3万円の物件で、クソみたいな飯を、好きな子(たぶんそいつは女優志望)と一緒に食う。お互いの夢を応援するみたいなやつだ。
チェーンソーマンのデンジをみたとき
「俺じゃん!」となった
※自任デンジ
成功するには優しさを捨てなければいけないと思っていた
他者を蹴落とし「マーケティング」やら「確率論」やら「ランチェスター経営」やらをやる必要があると思い、そうしたらなんかうまくいった。
あくまで「数字的に」だ
優しさは消えた
入ってくるお金以上に、自分を癒すお金の方が上回る。
そりゃそうだ。僕は本来「ドラえもん」でいまだに号泣するような平和ボケ野郎なのだ。
そんな資本主義マックスの思想やってられない。
とうとう閉鎖病棟に入った。
病院には何もない。コナンの46巻47巻48巻と、UNOとトランプしかない。
でも意外に楽しかった。
そこには人がいた。
対等に話せる人たちが。優しすぎて傷つきすぎた人たちが。
楽しかった。
歌を歌って、UNOをやって、喧嘩の仲裁をして、悩みを聞いて、聞いてもらって、レクリエーションの輪投げ大会で優勝したり(16歳の高校生やおじいちゃんたちを蹴落として)、味の薄い最低限かつ最高に栄養豊富なご飯をみんなで食べた。
楽しかった。
自分に優しくできて、人に優しくできて
外に出た
世界は優しくなかった
優しくあれない人であふれていた
気づけば僕もまた自分に優しくできなくなった
ぶっ倒れた
中央区の講演会をバックレるという悪行をなした
ただなにかが変わっていた
「あいつ」がでてこない
「そんなんじゃだめだ!」
「働けない人間はクズだ!」
「カッコイイ自分を演じないとクズだ!」
「あいつ」の声がだんだん小さくなっていった。
そして今月
「あいつ」はほとんど完全に死んだ
僕は超重要な案件を断り、
とんでもない取引を停止した
とうてい正気ではないだろう
とうていここには書くことができない大手会社数社だ
理由は
もう限界だったからだ
遊園地やテーマパークには「優しさ」が満ち溢れている。僕が子どもの時に感じていたイメージであり、理想であり、希望だ。
僕の大好きな戦慄迷宮のお化けたちは優しかった。
1日3回も入る、頭のおかしなクソガキの僕を、ラストのゲストととして入ったときに、全キャストが追いかけてきて、最後に手を振ってくれた。全員がだ。
これは世界観とか、数字とかを追い求めてたらやばい行為だ。だが、一番思い出に残っているのはその光景だ。
平成の終わりから令和の初めにかけて
エンタメは「マーケティング」と「数字」に支配された。もちろん僕も。
ただそこに優しさや愛がなければ、どこかで崩壊する。マーケティングや数字は道具であり、それが主役ではない。
もうすでに崩壊は始まっている。
だが今は知らん!
まずは自分を大事にしないと、
優しさを育てないと、奇跡を起こす愛は生れないんだ
だから休む
寝る
食べる
エッチな動画を見る
カービィのエアライダーで負けるのが悔しいからCPをレベル1にして無双する
バイオ9を楽しみにしている
龍が如くの新作をスイッチでやるかPSでやるか悩む
自分を愛し、みなの幸せを願う!
元気になったらまた会おう!
もしかしたらお化け屋敷じゃないかも、
もしかしたらパンツいっちょで踊るなにかかもしれない!
この先、日本、いや世界が一時的にまずいことになる
ただ奇跡は起きる。
優しさだ。愛だ。人を信じる力だ。
何だか知らんが、そういうことだ!
つかれた!寝る!
※ほんとはこういう文章は明日のアカウント削除1時間前ぐらいにそっと出す方が「マーケ」的にはいいのですが、僕が今書きたいから書いた!
読んでくれてありがとう!
じゃあな!
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