僕が情報発信を始めた「本当の理由」
僕が「限界ニュータウン」の利用について情報発信を始めたのは、いわば住宅政策の失策というか、ある種の「ひずみ」によって生じたといえる「限界ニュータウン」を、決してベストな選択肢とはいえないにせよ、何とかかろうじて、所得が少ない者でも利用できる住まいの選択肢として活かすことができないかと考えたからだ。
実際には提案すると言うよりは、同じように考えている方との情報交換を目的としたものだが、限られた選択肢の中からしか選べない者のための住宅情報、というものを想定していたのは紛れもない事実である 。
【写真:80年代に開発され、その後ほとんど使われず放置された分譲地。未利用区画に繁茂した雑草が、道路まで覆い始めている。奥に見える家屋は空き家。(千葉県匝瑳市)】
需要を失いつつある、地価が下落している不便な地域にあえて居を構える。それは決して王道の生き方とは言えないかもしれないが、もとよりこの社会は、そこで生きる者の全員が、非の打ち所のない百点満点の人生を歩めるわけでは断じてない。
それであるならば、たとえそれが落第点の人生設計であったとしても、せめてその人生の受け皿となる「住まい」の、必要最低限の機能を維持できる手段があるのであれば、そういう選択肢があっても良いのではないかと思うし、その手段を模索するための情報発信を続けていきたい、そう考えて限界ニュータウンの発信を続けてきたものである。
いつの間にかブログを始めて5年以上の月日が経過していたが、その思いは今でも変わらない 。
【写真:筆者が住む横芝光町の分譲地の遠景】
今でこそ僕は、「限界ニュータウン」にかかわる発信手段で生計を立てるようになってしまい、その視点は必ずしも一般市民の視点とは言えないものになってしまっているかもしれないが、どんなに読み手の裾野が広がることがあろうとも、単なる物見雄山の闖入者ではなく、ともに条件の悪い旧分譲地で暮らす一市民であり続けたいと考えている 。