「“落第点の人生設計”かもしれない人のための住宅情報」を、僕は発信し続ける

「限界ニュータウン」を発信するということ【後編】

雑木林や空き地ばかりの土地にぽつりぽつりと建つ空き家、陥没した私道……かつて乱開発され、今は誰も住まない、買わない、そんな分譲地を「限界ニュータウン」と名づけ、妻とともに実際に住みながらその現状を綿密に調査し、ブログや動画で情報発信を続ける吉川祐介さん。昨年出版した『限界ニュータウン』も版を重ねている。

吉川さんはなぜこうした活動を続けるのか。

吉川さんがこれまで語ってこなかった思いを、今回ご寄稿いただいた。

前編の「僕が「資産価値ゼロ」の分譲地を訪ね続ける理由……人気チャンネル「資産価値ZERO -限界ニュータウン探訪記-」誕生秘話」に続いて、吉川さんの真意がいよいよ明かされる。

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空き家を放置し続けるとどうなるか

僕が見て回っているような「限界ニュータウン」は、老後のことを考えれば、住まいとして決して最善の選択肢とは言えないということは、僕自身もよくわかっている。商業施設は遠いし、病院も遠い。実際に、生活が困難になって住まいを手放したり、あるいは住まいを放置したまま介護施設に入所したという話を聞くことは多いし、その現状が今後改善されるとも思えない。

【写真:築30年ほどであるにもかかわらず、すでに空き家となって久しい家屋。並んだ2棟はともに空き家である。(2023年6月撮影・千葉県多古町)】

また「限界ニュータウン」を抱える地域の人口動態などを考えれば、通常のベッドタウンとして引き続き活用していく道も賢明なものとは言い難い。今の時点ですでにその兆候は見られ始めているが、この先人口減少がさらに進行していく中、衰退の一途を辿る僻地の住宅地のインフラを、公費を投じて維持し続けることに対する社会的な合意はますます得られなくなっていくだろう。

確かに今の時点では、少なくとも僕の住む千葉県においては、いくら交通不便な「限界ニュータウン」であっても、屋根が抜け落ち、壁も崩落しているような再起不能の廃屋でもない限り、価格もつかず、引き取り手も現れないというような事態にはなっていない。

都市部から遠く離れた山間部などでは、すでに0円でも引き取り手がなかなか見つからないという空き家が静かに増殖しているが、少なくとも現時点の千葉の限界ニュータウンで放置されている空き家は、売れない家は単に価格が高すぎるというだけの話に過ぎず、売りにも出されず放置されている空き家は、基本的にはその家の所有者固有の事情があって放置せざるを得ない状態が続いているだけだ。

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