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gen********

バームクーヘンは約100年前、ドイツ人菓子職人カール・ユーハイムによって伝えられ←このユーハイムさんの人生って朝ドラに出来るほど波瀾万丈。故郷で菓子職人の修行をし、洋菓子を世界に広めようと中国へ。ところが第一次世界大戦が勃発、ドイツ人と言うだけで妻ともども敵国だった日本軍の捕虜となって来日し、苦労の末に横浜で洋菓子店を開業したが関東大震災で店は全焼、全財産を失う。一念発起神戸に移転して再起するも今度は病に冒され、終戦を待たずしてこの世を去る。奥様が形見となった店を引き継ぐも今度は日本が敗戦、連合国軍によって奥様はドイツに強制送還、でも奥様と故ユーハイム氏を慕う社員たちにより店は続けられ、今ではバウムクーヘンの代名詞だ。奥様も日本を愛しておられ、サンフランシスコ講和条約締結後日本に戻って亡くなるまで経営に携わられた。お二人なかりせば日本にバウムクーヘンはない。

返信10

  • kam********

    なぜ第一次世界大戦後にドイツ人の菓子職人が多く、日本に残留したかと言うと、第一次世界大戦では敗戦国ドイツに莫大な賠償金が要求され、経済的に破綻し、人々は失業とインフレの中、餓死者も出て、多くの人が国外に仕事を求めて出て行った時代。アメリカのドイツ系国民にも、この時代に移民した人が多い。 また、他方、この時日本は連合国側とは言え、戦闘への参加は限定的で、結果的に大きく経済成長し余裕があったせいか、(日本陸軍がドイツ軍に範を求めて幹部教育でもドイツに留学した人が多かったなどの背景もあり)ドイツ人捕虜の待遇がかなり良かった。 だからドイツ人捕虜の日本や日本人に対する印象も悪くなかった。またもともと中国のドイツ租界駐留を希望して派遣された軍人やそこで働きたいと思ってやってきた人たちが捕虜になったわけで、日本でやっていこうと言う気持ちになりやすかったのではないかと思う。

  • jr1********

    第一次世界大戦では日英同盟に基づき日本は対独宣戦布告、中国のドイツ租借地へ攻め込みます。 ドイツ軍は本土と隔絶された地で無抵抗で降伏し、兵士は俘虜として日本に送られます。 戦争終結後に俘虜はドイツ本国に送還されましたが、希望して日本に残った兵士も何人かいました。 カール・ユーハイム、ハインリッヒ・フロインドリーブ、アウグスト・ローマイヤー(敬称略)などです。

  • f15********

    ドイツに旅行に行ったときに、ランチ食べようとレストラン探したのですが、ユーハイムの字が見えて入ることに。 現地の駐在員の、日本人ビジネスマンに「ドイツにまで来て何故日本のレストランに」と聞かれましたが、「美味しいし、慣れた味だといいなーって」と答えました。 「、、、うん、美味しいよね、気持ちはわかる」と。他と比べてやはり、日本人向けになってました。

  • kam********

    なんかちょっと端折ってるような。第一次世界大戦で捕虜になり、日本へ。その時は妻子を連れていなかった。第一大戦終戦後、敗戦国のドイツに帰らず妻子も呼び寄せ日本で洋菓子店を開き、その後、関東大震災、神戸で再起といろいろあったのはその通り。そして第二次世界大戦が勃発(今度はドイツと日本は同盟関係)し、「終戦を待たずに亡くなった」という戦争の方は第二次世界大戦の方。

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