「『ハーフ』という言葉が使えなくなり『終わった』と思った」デニス植野が語る、テレビの“配慮”に翻弄された15年
「2年目であんなに前に行くやつおらん」
ーー2010年にデビュー、2年目の’12年には早くも『笑っていいとも!増刊号』でレギュラーに抜擢され、売れっ子への階段を駆け上がっていきます。 植野:いいともでは増刊号の方で「注目の芸人」としてネタを披露する機会をいただきました。いいともは生放送のイメージが強いと思いますが、増刊号は収録だったので、ネタが終わった後も前に行って喋り続けたんです。そしたら「2年目であんなに前に行くやつおらん」と評価され、レギュラーに昇格しました。 元々NSCには人の薦めで軽い気持ちで入っていて、デビュー当時は「いつ芸人を辞めてもいい」という気持ちでいたのが、逆に良かったみたいです。 4年目には月9ドラマ「海の上の診療所」(フジテレビ系列)に海外ルーツの航海士役で出演し、その後もドラマで外国人役の仕事をよくもらっていました。住まいも恵比寿、渋谷……といいところばかり選んでいましたね。 ーー当時は、どの番組に出ても「ハーフ」としての芸やエピソードトークを求められたと思います。抵抗はありませんでしたか? 植野:何度も悩んだし、ハーフ以外のネタもたくさん作りました。でもM-1みたいに1万組以上も出場者がいる賞レースでは、周囲より少しでも目立つためにメガネやおかっぱなど、みんな「キャラ」を作ってくる。その中で「この顔で七五三も行ってました!」と言うだけで笑いが取れるんだから、ハーフはむしろ「武器」なのかな、と前向きに捉えるようにしていました。
「ハーフ」という言葉が使えなくなった今のテレビ
ーー潮目が変わってきたと感じるようになったのはいつ頃ですか? 植野:徐々にですね。人間急な下り坂は気づけても、安定した下り坂は見えにくい。気づけばテレビの仕事が少しずつ減っていき、代わりに吉本の劇場や営業の仕事が増えていきました。忘れもしないのは、6年目(’17年)に「しくじり先生」(テレビ朝日系列)に呼ばれたこと。芸歴6年目で「しくじった」という域に入るのはよく考えると訳がわからないんですが、自分はもう「過去の人」という扱いになっているんだな、とは思いました。 ーー昨今では、外国人の参政権や日本国籍取得などに関する話題がニュースで積極的に取り上げるようになりました。外国人顔なので職務質問を受けてしまったことを題材にしていたり、外車を外国人に例えたりするデニスのネタは、聞きながらハッとする部分がある。その一方、今のテレビではこうした題材自体が「きわどい」と捉えられてしまうようにも感じます。 植野:そうですね。今は「ハーフ=半分」というネガティブなイメージを与えるという理由で、この言葉自体を使えなかったり、「ダブル」といった言い方に変えたりする局が多いです。 自身が黒人ルーツだったり、外人顔で職務質問を受けたといったネタも「当人がネタにする分にはいいが、笑っている側が差別しているように見える」という理由で、オーディション番組では通りにくくなっています。ハーフ芸人として積み重ねてきたことがことごとく「デリケート」の域に押し込められるようになって、そこ一本でやって来た身としては「終わった」と感じたこともありました。 ーーSNSで外国人バッシングも盛んな今、「ハーフ」という属性を前に押し出すことは別の怖さもあるように思います。 植野:たまにXで「日本から出ていけ」というメンションをもらうこともありますが、全体とすればたいしたことないですね。世間から何か言われる前に自分自身を自虐しているので、ターゲットにもなりにくいのかなと思っています。