松原隆一郎會長がキコキコ自転車で店にやってくると、丁稚が店の前をホウキでせっせと掃いてます。
會長 丁稚、ごくろうさん。はりきって掃除してるね。どうしたの?
丁稚 會長、おはようございます。今日は會長のお客さんがいらっしゃる日ですよね。「僕のイユウが来る」っておっしゃってました。
會長 そうそう。今日は野村進さんが店に来るんだった。今夜、一緒に食事をすることになってね。会うのは20数年ぶりだなぁ。食事の前に松原商會に寄ってくれるんだ。
丁稚 イユウって何ですか?
會長 辞書をひいてごらん。
い‐ゆう〔ヰイウ〕【畏友】
尊敬している友人。また、友人に対する敬称。(デジタル大辞泉より)
丁稚 自分以外の全世界を敵に回している會長にも尊敬しているお友達がいたんですね!
會長 うん。読売新聞の書評委員会で一緒だったんだ。同い年でね。書評委員会のあとの懇親会の帰り、家が同じ方向の僕と野村さんと作家の川上弘美さんがいつも同じ車だったの。この3人で阿佐ヶ谷あたりで飲んだりカラオケに行ったりしてたんだ。
丁稚 會長のイユウがどんな人かお会いしてみたいです!
會長 じゃあ食事にお伴させてあげよう。
丁稚 わーい。ところでイユウさんは何をしてる方なんですか。
會長 ノンフィクションの第一人者だ。いま一番のノンフィクションライターといえば野村さんだろう。
野村さんが書いたもので僕にとってもっとも衝撃だったのは『コリアン世界の旅』だ。タイトルもすばらしい。日本国内の韓国・朝鮮系の人々と日本人の関係を、アメリカの在米コリアンやベトナムで生きる韓国人や韓国系ベトナム人の人たちと比較しながら、世界の中で位置づけてとらえた作品だ。
フィリピンのゲリラに従軍取材したデビュー作『フィリピン新人民軍従軍記』以降、アジアを長く取材してきた方だよ。そのほか、脳研究、精神病棟、老舗企業、認知症、最近では出雲世界や、俳優の丹波哲郎について取材して書いておられる。
丁稚 幅広いですね。イユウさんのどんなところを尊敬しているんですか。
會長 事実に徹しているところ。
丁稚 會長、よく「この世のノンフィクションの大半はフィクションだ」って怒ってますよね。「会話を再現したみたいに書いてるけどお前見てないだろ!」とか、いつもプンスカしてます。
會長 僕は社会科学の人間だからそういうの許せないの。
野村さんを尊敬してるところはさらにある。彼が扱う対象は決して人目をひくようなものや流行のテーマではない。地味なテーマを実直に取材し続けながらずっとノンフィクションの第一線を走り続けている。本当に尊敬するイユウだ。
*
(夕方。こんにちはー、という声)
丁稚 あ、イユウさんがいらっしゃったみたいです。
野村進さん(以下、野村さん) やぁ、お久しぶりです。ここが松原さんがやってる本屋さん?
會長 いらっしゃい。うん、ここが松原商會。僕の祖父・頼介が起業した会社の名前を店名にしました。(頼介さんが戦争に巻き込まれたり人にだまされたりしながら何度失敗してもすぐ立ち上がって起業し続けた人生については會長の著書『頼介伝』をお読みください)
野村さん ふぅん。どれどれ、どんな本売ってるの? 松原さんの蔵書?
會長 僕は蔵書は基本的に売ってないんです。詳しいことは食事しながら話しましょう。うちの丁稚も連れていっていい?
丁稚 はじめまして!會長のイユウさんとお会いできて光栄です!
野村さん ?
會長 野村さんといえばアジアだから、ベトナム料理の店を予約しておきましたよ。
(一同、高円寺のベトナム料理屋さんにトコトコ移動)
野村さん・會長・丁稚 20数年ぶりの再会を祝してかんぱーい!
會長 ハフハフ。ベトナムハーブ鍋、おいちー。丁稚は気が利かないから僕が鍋奉行をしよう。
丁稚 お願いします!ハフハフ、おいちー。
野村さん ハフハフ、おいしいですねぇ。ところで本屋さんの話ですけど…
會長 うん。僕の本屋「松原商會」は「シェア型書店」っていわれるところの中にあってね。個人が本棚の棚を借りて本屋さんを営むことができるんです。蔵書を売ってる人が多いですね。僕は売ってないけど。
丁稚 會長は「僕、いらない本なんて持ってない」とか言って、蔵書を売らないんです。(詳しくは「#5 「本は敵」と思ってる人がシェア型書店に棚を持つ場合」をお読みください)
會長 いらない本あるよ。献本の山。
丁稚 とか言って、いつも某出版社から献本されてきた某レーベルの新刊ラインアップをまるごと売ろうとするんで止めてます。
野村さん ちょうど僕も蔵書を売りたいんですよ。この3月で大学の教職を終えるので、研究室に置いてる本をどうするか困ってて。僕もここで本屋さんになれるかしら。
會長 まさにぴったりですよ。僕たちがいるシェア型書店「PASSAGE」には書評家棚というのがあって、僕もその一人なんだけど、野村さんも書評を書いてきたわけだから。なんで書評家棚があるかというと、ここPASSAGEはもともと、フランス文学者の鹿島茂さんが始めた書評アーカイブサイトALL REVIEWSが母体なんです。書評をする人たちが、自分が読んできた本を棚で売っているのがここPASSAGEの特徴です。
野村さん 僕もぜひここで蔵書を売りたいな。
會長 じゃあ詳しい話はこのあとのバーで。まずは鍋に集中しよう。
丁稚 會長、鍋奉行お願いします!
會長 はい。
(一同、「ベトナムハーブ鍋」をハフハフ堪能し、バーに移動)
會長 僕はリンゴのウイスキーにしよう。カルヴァドスじゃなくてウイスキーなんてめずらしいよね。
野村さん 僕もそれを。
丁稚 イチゴミルクください!
會長 野村さんが棚を持つ件、PASSAGEにおつなぎしよう。
丁稚 イユウさんとウチの會長は書評委員会で仲良くなった書評友達だったんですね。
野村さん いつも何軒も飲み歩いて、朝までカラオケで歌ってたなぁ。松原さんはいつもブルーハーツを歌ってキックしてましたよ。
會長 当時の読売新聞の書評委員会には評論家の川村二郎さんがいてね。舌鋒鋭くて、それはおもしろかったんだよ。僕はずいぶん学ばされたなぁ。
丁稚 イユウさんは現在も書評を書かれているんですか。
野村さん ちょうど日経新聞で、『遥かなる山に向かって 日系アメリカ人二世たちの第二次世界大戦』(著:ダニエル・ジェイムズ・ブラウン、訳:森内薫、みすず書房)という本の書評を書いたところです。
大学の仕事が終わるので、これから積極的に書いていきたいなと思ってます。埋もれてしまったノンフィクションの良作を紹介していきたいなぁ。
丁稚 わぁ。じゃあぜひ、いつかウチの會長とノンフィクション書評対談とかしていただきたいです。おふたりの確かな目で事実に徹したノンフィクションの秀作を楽しく評しながら、事実を書いてないノンフィクションをニコニコぶった斬っていただけると楽しそうです!
會長 ぜひやりたいなぁ。
野村さん いいですねぇ。
會長 丁稚、野村さんの本屋開業にあたりお助けするのだよ。まずは野村さんが書かれた本をしっかり読みなさい。
丁稚 はいっ!
野村さん よろしく。ところで丁稚さんは松原さんのところで何をしているの?さきほどから見ていると丁稚さんが松原さんを働かせているように見えるんだけど…。気のせいかしら。
丁稚 気のせいです!
*
というわけで、ウチの會長の「イユウ」であるノンフィクションライターの野村進さんが「野村進の本棚」を持つことになりました。場所は神保町駅からすぐ、靖国通り沿いにあるPASSAGEの仲間「SOLIDA」の2階です。
野村さんはX(旧Twitter)をなさっていないということなので、丁稚が宣伝のお手伝いをさせていただくことになりました。
野村さんの蔵書がもうすぐSOLIDAに並びます。みなさまぜひお楽しみに!
【3人でベトナム料理屋さんとバーに行って実際にお話したことを書いてる部分はノンフィクションです!ただし野村さんの書評は本日掲載されたのでバーで話題にしたところはフィクションです!】