高齢者とのゆったりダナン旅(から緊急帰国した話)④実質当直編
Day3 緊急帰国
幸いバイタルも落ち着いていて座位や臥位では苦しくならないというおじちゃん。おそらく急激に貯まった心嚢液ではないため、飛行機に乗せても血行動態が崩れる可能性は極めて低いと判断。とはいえバイアスかかってる可能性もあるのでLINEで同僚の先生たちにも意見を求め、やはりみんなそれでヨシ、と。冷静な視点助かる…。
「エコー貸してもらったついでにそこでO次郎が刺しちゃえば?(心嚢を穿刺して水を抜く)」などと囁いてくる悪魔もいますが、むしろ飛行機乗せられなくなるだろ。あと絶対にこの状況を面白がっている。
普段から旅行客を多くみているその病院の先生も「バイタルも安定しているし、動かなければ症状はないからここで入院せず帰国するのが良いんじゃないかな。飛行機に乗せても大丈夫だと思う。」というお墨付きをくれて、航空会社用の診断書も書いてくれました。
そしてこの先生、初手から本当に朗らか、爽やかで安心感のあるメチャクチャ良い先生でした。
言葉が分からないおじちゃんとおばちゃんも「なんて言ってたかわからんけどすごく感じが良かったね~、優しかったね~」と言ってて、言語の壁があっても人柄の良さはちゃんと伝わっている…。見習いたい。
しかも先生から「僕は外科医だから循環器のスペシャリストがいて本当に良かったよ!ありがとう!」と言われた上に「僕がやったわけじゃないから」つってなんとエコー代も請求されず…。
それはちゃんと払います、と言ったけど、「こっちが助かったからいらないよ~」と。そんな…なんならちゃんとエコーレポート作るのに…ウウウ。
私も患者さんたちにはこうありたいな、と思うようなとても良い先生でした。
朝から本当に色々なことがあり、なぜかダナンの病院で先生に頼まれて心エコーあてたり心電図読んだりして「循環器内科医がいて本当に良かった~!」と言われ、こちらも「あなたが優しく気の良い先生で本当に良かった~!」となり、諸事情によりこれから一旦帰国します ワハハ
— O次郎 (@oooooooojiro) October 30, 2024
クリニックで支払いを済ませ(5,6万くらいだったと思う)、書類一式をもらって一旦ホテルへ。
とりあえずその日の夜出発する直行便の席があることを確認しつつ、変更料を払えばもともとの予約が変更可能だったので航空会社に電話します。
しかしここからが地獄。
まず航空会社の電話が30分以上つながらず、ようやくつながったと思ったら「いま会社のシステムがダウンしちゃったから1時間後にかけてほしい!」と。
乗りたいフライト5時間後なんですが。
そしてそもそも電話がつながらないので1時間後にまた鬼電。ようやく繋がってもさっきと担当者が違うのでまた一から説明。
そしてようやくフライトの変更ができると思ったら
「この電話では予約変更の確定はできないからこの内容をカスタマーセンターにメールして、30分以内にConfirmationの返事が来なかったらまた電話してネ!」
と。
思わず口からFワードが飛び出しそうになりますが、なんとか堪えてカスタマーセンターにメール。
しかし返事は来ない。
「返事が来なかったら~」の時点でそんな予感はしたんだよな。
その間おばちゃんに荷造りを頼み、ルームサービスを頼んで2人に夕食を食べてもらいます。ガパオ的なやつだった気がする。おじちゃんはさすがに食欲がないようでスープだけ飲んでいました。
私はその間に鬼電&メール再送。
再度電話がつながり、メールのConfirmationが来ないからはよしてくれ~!!!!と頼み、ようやく20時半頃に予約変更ができました。
曲がりになりにもナショナルフラッグキャリアでこの有様、いわんやLCCをや…。JALとANAの偉大さを感じる。
Day4 出国
フライトは24時過ぎでしたが、空港で車椅子借りたりしなきゃいけないのでそのままホテルを出て、タクシーで空港へ。
空港に着いてから一旦その辺のベンチにおじちゃんを座らせ、遥か彼方にある航空会社のカウンターに行き、フライトの予約番号を伝えた上で、「入り口からここまで歩けないので車椅子を貸してもらえますか」と頼むと
「カウンターに来たら貸せます」
と。ゴネたけど取り付く島なし。
歩けねえから貸してくれっつってんのに内心マジでピーーー(censored; 任意の罵詈雑言を入れてください)、と思いましたが、とりあえず空港の医務室には絶対車椅子があるはずなので医務室に向かいます。
医務室に着いてそこの看護師さんに事情を話すと、すぐに車椅子を持ってついてきてくれました。やさぴ…。
おじちゃんを車椅子に乗せ、再度航空会社のカウンターへ。すると今度はすぐに航空会社の車椅子に乗せ替えてくれ、チェックインも別レーンで済ませてくれた上に手荷物検査から搭乗口までずっとスタッフが車椅子を押してくれました。
親切の高低差がすごい。
でもアリガト…。
チェックインカウンターと搭乗口のそれぞれで診断書のチェックとコンディションの確認がありました。診断書しっかり書いといてもらって良かった〜。
飛行機はタラップを登って搭乗するタイプだったのですが、我々だけ先に通され、手荷物用の昇降車に乗せてもらって飛行機の後方から車椅子ごと機内に入ります。チェックインカウンター以降は極めてスムーズに機内まで案内してもらいました。こういう時のフローがちゃんと決まってるんだろうな。座席も一番後方のトイレ横に三人横並びで座らせてもらい、メチャありがたかったです。
チェックインカウンターでブチギレなくて良かった。もっと社会の善性を信じねば。
機内ではおじちゃんの隣に座り、定期的に橈骨動脈を触れながら血圧を確認します。
O次郎からのFYI『 手首の動脈が触れれば収縮期血圧(上の血圧)80mmHg以上ある』
心嚢液貯留において恐ろしいのは酸素化が悪くなることより心臓が外からペコっと押されて血圧が下がり、ショックを来たすことなのでひたすら水を飲ませて血圧を確認。
そしてひたすら神に祈る。
深夜のフライトなのでおじちゃんおばちゃんはスヤスヤ寝ていますが、さすがに寝られないO次郎。
普通に当直。というか当直より嫌。
あと、あえて本人たちには言ってないけど心臓も腎臓も悪くなくて心嚢液がたまる時、だいたい悪性腫瘍なんだよな…。これから先のことを思い、鬱々としながら検脈し、ずっと外を眺めていました。
あと地味に奇脈でヤバかった。学生に見せてあげたい。
日本に辿り着きさえすれば、最悪成田には国福(国際医療福祉大学病院)がある…!と思い続けて無事着陸。
よ、良かった…日本に帰って来れた…!
おじちゃんはさすがに疲れているものの、やはり座位でいる分にはなんとかなりそう。
空港近くの大学病院や自分の病院に連れて行くこともできますが、一旦入院になったら下手すると1ヶ月近くかかるだろうという予想もあり、過去の検査歴もあるかかりつけの病院の方がこの先の治療においても良いのでそのまま九州まで連れて行くことに。
しかし、そのためには成田から羽田に移動せねばならない。成田に着き、成田→羽田行きのバスと九州行きの飛行機を予約。そしておじちゃんおばちゃん、自分の荷物を宅急便で各々の自宅に送り、とにかく身軽になります。
バスで羽田に到着した後はANAの車椅子を借りました。今まで気づかなかったけど、羽田ってそこら中に車椅子が置いてあるな。
そして、この車椅子
メチャクチャ押しやす〜い!!!
すごく軽くて取り回しもしやすい。70kg乗っけててもダッシュできそう。なんとこの車椅子、樹脂製でそのまま保安検査場を通れるようになっているらしい。開発秘話も良いので是非読んでください。
引き続き、ANAの「お手伝いの必要なお客様カウンター」に行きって事情を説明し、車椅子で搭乗しやすいよう座席を調整して頂きました。
そして、グランドスタッフの人から「こちらで搭乗口までお連れしましょうか?それともご家族が押していかれますか?」と聞かれ、細やかな気遣いだな〜と思いました。ずっとスタッフの人がついてるのも緊張しちゃうもんね。
フライトまで少し時間があったので、ごはんも食べつつ家族だけで搭乗します、とお返事。
二人にご飯を食べてもらっている隙に、ベトナムのクリニックでもらってきた診断書や検査結果、領収書などを複数部コピーしておきました。診断書や検査結果は病院に渡さなきゃいけないことが多いので、保険会社に渡す用のコピーを取っておきましょう。※(我ながらあの状況でよくそんなことまでやったもんだよ)
※これはあくまで海外の病院で渡される診断書の話です。
そしてようやく九州に。
飛行機に乗る前にかかりつけの病院に電話し、受診させてもらえることを確認していたので病院に連れて行き、向こうでの状況と検査結果、心電図、そしてなぜか私が取った心エコーの動画を先生に見せます。
自分が診る側だったらメチャクチャやりづらいと思うので、余計なことは言わずに平身低頭で引き続きのご加療をお願いし、晴れて(?)緊急入院になりました。マジで面目ねえ…。
ハァーーーーーー疲れた。
ほぼ32時間、一睡もできず。当直すぎる。
さてみなさん、ここでこのシリーズの①をもう一度ご覧ください。
当初の予定では、帰りはダナン→成田行きの便におじちゃんおばちゃんを乗せて私だけダナンから直接ソウルに向かうつもりだったのですが、緊急帰国をするにあたり、どさくさに紛れてなぜか帰国日の夜の福岡→韓国行きのフライトも確保していました。普通にどうかしていたとしか言いようがない。
韓国に?今から?
そしてそんな時に限って電車が大幅に遅延。もうメチャクチャです。結局都市高を爆走する博多の個タクに全てを託し、締切1分前に保安検査場を通過。
今考えると韓国まで前倒しする必要がない。あるわけがない。やっぱり気が狂っていたとしか言いようがない。私との合流を諦め、一人で韓国に向かおうとしていた母親が目を丸くしていました。
でもお母さんに会ったらメソメソしちゃった。
怖かったよ〜〜〜ビエビエ。
おじちゃんのことは心配だし、かかりつけの病院には急にご迷惑をおかけしちゃったし、でもなぜか私は韓国へ……普通に情緒も行動もメチャクチャです。
でも、もう私にできることはないししこたま買い物して韓国料理食べて顔にレーザー当ててきました。
ちなみにこの後おじちゃんはちゃんと心嚢液を抜いてもらい、あらゆる精査をしてもらった上で無事退院。そして、99%あるだろうと思っていた悪性腫瘍も見つからず。そんなことある??となった。マジで何?
おじちゃんとおばちゃんからはかなり感謝され、お礼代わりにベトナムで取った心電図を学生の教育用に使わせてもらい、ハチャメチャエピソードをここに書かせてもらう了承を得ました。助かります。
実はおじちゃんは今別の疾患で闘病中なのですが、あの時一緒に旅行に行っといて良かったな、とつくづく思います。し、二人ともそう話しています。
まああそこで死んでたらそんな話もできなかったわけですが…。
この旅の教訓、特になし。なるようにしかならないし海外旅行保険には入りましょう。以上。
(おしまい)


コメント