ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
ノーマルタイプは良い。
何者でもない僕にぴったりだ。
特に何かになりたいわけでもなく、何かになれるわけでもなく。
そんなどっちつかずな僕に──ぴったりだった。
そうやってノーマルタイプばかり使っているうちに、いつの間にか、周りより強くなっていた。
でも知ってるんだ。どれだけ努力しても、抜きんでた本当の天才や努力家には勝てない。
※※※
「……じいちゃんが、倉に入るなって言った理由がよーく分かったよ」
「でも、センセイのおかげで祟りは祓われたんでしょ?」
「多分ね」
──その数日後。
すっかりやつれたイデアは、見舞いに来たユイに一連の出来事の始終を話すのだった。そして、先祖を名乗る怪異の事を思い返すたびに寒気がするのだった。
そして同時に、それを作り出したと思しきドーブルの底知れなさに慄く。
倉の中には、祖先・イデとドーブルの出会いを克明に記した書記も残されており、解読すると──空の裂け目から降ってきた不思議なポケモン、らしい。
元はとある水墨画の達人の下で暮らしていたが、その男が亡くなる直前にイデに譲ったのだと言う。
「つまり、センセイは異界のポケモンって事だ」
「ンなバカな……」
「バカな、で切り捨てられるかな。これはとあるツテからの情報だけど、ウルトラビースト……なんてものも居るらしいし」
「何それ……じゃあ本当に異界ってのはあって、センセイはそこから来たの? 信じらんないんだから……」
「どぅ……」
「尻尾から出る墨を色んな用途に使える。体に塗ったくれば、今みたいに普通のドーブルのフリも出来るし、身体の墨を全部解き放てば、規格外の力が出せる」
「調べたの?」
「あれから色々ね」
「学会で発表する?」
「しないよ。彼の秘密は僕が墓の穴まで持っていくよ」
「どぅ……」
わしゃわしゃ、と相棒の頭を撫でながらイデアは言った。
この異界から来たドーブルは確かに特別なポケモンだが、今この世界に1匹しか居ない稀少なポケモンでもある。
良からぬ者に狙われる可能性だけではなく、研究機関に引っ張りだこになる可能性も否めない。
「それに、センセイは僕の事助けてくれたんだもんね。昔の主人より僕を選んでくれたわけだ」
「どぅ!」
「……良かった。さっすが博士、器がおっきい!」
「ま、でも……喜んでばかりもいられないかな」
「え? どうして?」
椅子に深くもたれかかりながら、イデアは言った。
何処となく遠い目をしていた。思い起こされるのは、先祖に憑りつかれている間の記憶だった。
「……やっぱり僕は、あのご先祖様と同じなのかなあって」
「え”」
「……ご先祖さまもキャプテンになりたかったけど、なれなかった。僕だってそうだ」
「……それは、そうかもだけど」
「僕はね、何にも無いんだ」
「ッ……」
「きっとご先祖様も、キャプテンを諦めた後に何にも残らなくって……あんなことをしたんだと思うんだよね。いや、分かっちゃったんだ。体乗っ取られてたから」
ずっと、ずっと──体を乗っ取られている間、イデアはイデに呼びかけられていた。
その間伝わってくるのは虚無感。
自分には何も無いという絶望。
挫折の経験とその反動から、イデは落ちるべくして外道に落ちたのが、イデアにも分かってしまった。
その彼の姿は、不思議と今の自分にも重なっていた。
「やったことは許される事じゃないけど……あの人の気持ちが、分かっちゃうんだよ。何も無いから、何者かになろうとして、なれなかったから……せめて、何かを残したかったのかもって」
「……何それ、すっごく腹立つ!!」
「えっ……」
「こんなに慕ってくれる相棒も居るのに、何も無いなんて有り得ない!! 誰かに迷惑をかけて良い理由になんてならない!!」
「……ユイちゃんはキャプテンだから、そんな事が言えるんだよ。今回だってユイちゃんが来てくれなかったら──」
「違うっ……博士を助けたのはあたしじゃなくってセンセイ!! キャプテンなのに、あたしは何にも出来なかった……!!」
「……」
「大事なのは、キャプテンかどうかじゃないよッ……大好きな人を、助けられるかどうか、でしょ……!?」
心の底から悔しそうにユイは言う。
結局の所。センセイがあのオオワザを向けていれば、斃れていたのは──自分の方だった、と確信していた。
「あたしにとって博士は、ずっと昔からポケモンが好きで……ポケモンに詳しい、只のポケモンバカだもんっ……!!」
「……僕はキャプテンになれなかったよ」
「でも、あたしには出来ない事が出来るよ!!」
「……なりたかったんだよ!!」
「ッ……」
自分でも驚くほどの大きな声が出て、思わずイデアは──「ごめん」とこぼす。
ユイから目を逸らし、イデアは呟く。
「何者でもない僕が、何かになれるチャンスだったんだ。バトルが強いだけで、他に何かがやりたかったわけでもない、僕が」
「……」
「ああ、そうか……そうか。僕は……やっぱり、キャプテンになりたかったんだ」
「……博士」
「やっとわかったよ。色々理由を付けて、誤魔化してただけで……僕は、僕は本当に悔しくて……でも、それを君の前で言ったら、惨めじゃないか……!!」
「惨めなんかじゃ……ないよ」
「……」
「あたしだって知ってるもん。博士が……死ぬほど努力してたの……」
「でも、なれなかったよ」
「博士ならなりたいものが見つかるよ……ううん、見つからなくたっていいんだから」
「……」
「あたし好きだよ。博士がポケモンの前ではしゃいでるところ。博士が……レポートすっごく一生懸命にまとめてるところ。何だかんだ、世話焼きなところ」
ぽろ、ぽろ、と机に雫が落ちた。
父親が死んだとき以来、一度も泣いてる姿を見なかったユイ。
どれだけ厳しい訓練の前でも、周囲から厳しい言葉を投げかけられても、へこたれなかったユイ。
そんな彼女が、泣いている。
「だから……あたしの前から、もう……居なくならないで」
やっとイデアは──自分には何も無い、と言ったのを心の底から後悔した。
過去の主人を切り捨ててでも、自分を助けてくれた相棒。
そして、これだけ自分の事を思ってくれる相手が──いる。
「……ごめんね、ユイちゃん」
「ん……」
「大丈夫、僕はもう、居なくならないからさ。本当に……ごめんよ」
(ご先祖様はきっと、とんだ大馬鹿野郎だったんだろうな……僕も同じになるところだった)
結局、一番大事なものほど、近くにあって気付かない。
イデアは、それを見落とすところだったのである。
※※※
それから数年経って。
イデアは、名実ともにポケモン博士になった。
ユイはキャプテンとして、シャクドウを牽引していた。
しかし、サイゴクは未曽有の大雨に襲われ、その後からは──クラウングループの侵食に遭っていた。
サイゴクであれほど我が物顔で鎮座していたヌシポケモン達は連れ去られ、キャプテン達が失意に暮れ、それでも尚対策に追われる中。
キャプテンではないが故にクラウングループからマークを外れていたイデアは一人、立ち上がる。
「ま、待って!! 1人でオシアスに行くって正気!? 敵の本拠地なんだから!!」
「正気の沙汰じゃあ、この事態は解決できない」
「だけどッ……あたし、心配!! やっぱりあたしも行く!!」
「ダメだよユイちゃん。君はキャプテン、ちゃあんと町の人とポケモンを守ってあげて。もうヌシ様は居ないんだからさ」
「ッ……でも」
「大丈夫。僕が必ず、ヌシポケモンと──綺麗なサイゴクを奪い返す」
「でも!! あたし達──」
「夫婦なら離れてても心は一つ、だろ」
「……ッ」
「大丈夫大丈夫、僕は居なくなったりなんかしないよ」
「……信じてるから」
その言葉を受け、イデアはサイゴクを発った。
だが──
「ユイちゃん。君を泣かせるヤツは──僕が全部塗り潰してやるよ」
「どぅーどぅる」
──胸の内は、墨汁の如き黒にずっと、ずっと塗れていた。
※※※
「こっちを、見ろ……ッ」
絞り出すような声を上げ、イデアは立ち上がる。
ぴくり、とオーラギアスが身体を一瞬だけ止めた。
「こっちを見ろ、よッ!!」
そして、巨体を横から戦車の如き塊が突き飛ばす。
これまでドーブルの攻撃ではびくともしなかった大蜘蛛は、漸く、初めて──動いたのだった。
全身を泥炭で覆った大熊が、蜘蛛に向かい、怒りの咆哮を上げる。
──ガチグマには悪いけど、”やけど”状態でスタンバイさせてたんだッ!! 既に”やけど”状態のガチグマは、君の”毒”が効かない!!
「ガチグマ!! 根性見せてみろよッ!! ”からげんき”ッ!!」
もう目も見えないが、音だけでガチグマとオーラギアスがどこにいるかを一瞬で把握したイデアは、ひたすらに最大火力の攻撃にオーラギアスに叩きこむ。
ドーブルでは軽すぎて通らなかった攻撃。
オーラギアスの身体に重い重い鉛の塊の如き張り手が何度も、何度も何度も何度も叩き込まれる。
人間の首ならば軽く払っただけで吹き飛ばせるほどの怪腕。
そこから放たれる本気の張り手が、何度も何度も撃ち込まれる。
これで最期でも構わない。そんな気力を振り絞り、イデアは──叫ぶ。
「もう一発……”からげんき”ッ!!」
【──ガチグマの からげんき!!】
──オーラギアスの巨体が吹き飛び、プラントの残骸に突っ込んだ。
※※※
──工場に降り立ったイクサ達は、地獄のような光景に啞然としていた。
逃げ惑う人々やポケモン。そして、燃え盛るエネルギープラントと思しき建造物。
明らかに異常事態が起きたのだ、と察せられた。
クラウングループですら想定していなかったイレギュラーな事態が。
そして、人やポケモン達を追い回すのは──巨体な電球蛇。
「ハタタカガチ!!」
「暴れてるデース!! デモ、どうしてここに!?」
その目は真っ赤に染まっており、怒り狂うようにして只々暴れるのみ。見境も何もあったものではなかった。
「はっ、理由なんてそこに居る奴らから聞き放題でしょうがよ!!」
降り立ったレモンはすぐさま、逃げていた研究員1人の胸倉を掴み、地面に組み伏せる。
「ひいいいいいい!! 殺される!! 見逃してくれ!!」
「バカ言いなさい!! 自業自得でしょうが!! あんたらウチのハタタカガチに何をしたの!?」
「エネルギープラントに必要な電力を供給させていたんだ!! だけどな、どっかのバカがプラントを爆破した所為で、あいつ……暴走して逃げ出して……!!」
「酷いデス!! どうせ洗脳してたんデショ!?」
「そ、それはそうだが……そうなんだが……」
「全く、こいつをシバき回しても何も解決しないわね」
レモンは──心の底から軽蔑した目で研究員を逃がすと、暴れ狂う自らの忠臣に視線を向ける。
「此処は僕が──」
「此処はあたしとデジー、バジルに任せて頂戴」
「えっ、いや……待って下さい!! 危険です!!」
「危険は承知。だけど、ハタタカガチの動きを理解してるあたしとバジル。そして、タイプ相性で有利なポケモンが多いデジーなら、マシに戦えるでしょうよ」
「そうですけど……」
「それよりも、貴方達はオーラギアスの方に向かって頂戴。ハタタカガチとオーラギアスの危険性、両者を天秤にかけた時、この戦力配分がベストだと判断するわ!!」
「死因が分解されるか、感電死に変わるか……だ。両方共強敵には変わらん」
ゼラが尚も冷静に言った。
今も尚、電気を放ち続けるハタタカガチ。
その恐ろしさは、推薦組ならばみな知っている。
あの電球蛇は通常、電気ポケモンならば誰もが直面するであろう「電気切れ」とは無縁なポケモンだ。
体内のオシアス磁気で無限に電気を生成する事が出来るため、長時間ずっと戦い続ける事が出来るのである。
故に、こうして電気を垂れ流していても、本体が疲弊することは無い。
「それに、あいつはあたしのポケモンだもの。あたしが──責任取って向き合う!!」
「レモンさん……ッ」
「大丈夫。後から絶対に追いつくわ。ハタタカガチと一緒に、ね」
「……信じてますからっ!!」
イクサ達が燃え盛るエネルギープラントに向かう背中を目で追い──レモンはハタタカガチの前に立つ。
その横で、バジルとデジーがボールを構えた。
「あいつの行動パターンはあたしが一番知ってる。気を付けて」
「言われなくても!! 分かってるデース!!」
「オーケー! アシスト頼んだ、先輩!」
「……」
レモンは目を伏せる。
こんな形で再会したかったわけでは断じてない。
だが、それでも──必ず連れ戻す。そう決めたのだ。
「──ハタタカガチ。貴方の目は、私達が覚まさせる!!」
※※※
瓦礫に埋もれるオーラギアス。
ガチグマの攻撃がクリティカルに突き刺さったと確信したイデアは、ふっと笑みを浮かべるが──
「オー、ガギガ……!!」
【オーラギアスの じこさいせい!!】
──オーラギアスは自ら損傷した内臓部を一瞬で再生。
そして、糸を使って態勢を立て直す。構わず、猛進するガチグマだったが、糸で自らの身体を無理矢理引っ張るオーラギアスもまた、身体全部でガチグマにぶつかっていく。
【ガチグマの からげんき!!】
【オーラギアスの きゅうけつ!!】
組み合う両者。
張り手を叩き込んだガチグマだったが──オーラギアスもまた、ガチグマの懐にオシアス磁気で生成した牙を突き立てる。
防弾チョッキよりも分厚い脂肪を貫いた牙は、ガチグマの身体から生体エネルギーを一瞬で吸い取っていく。
「ッ……!!」
そうなってしまえば、後は早かった。
ガチグマを牙で突き刺し、無理矢理持ち上げ、そして──思いっきり地面に叩きつける。
蓄積していた疲労、そして火傷によるダメージ。
巨体は沈む。オーラギアスの前に。
「……参ったな。完……敗、だ」
獲物に興味を失ったオーラギアスは、今度こそエネルギープラントを後にする。
もう、ガチグマをボールの中に戻すことすらままならなかった。
手も足も動かない。
「……あー、失敗したなあ」
イデアは自嘲する。結局、約束は破る結果になってしまった。
「……ほんとに、失敗した。我ながらとんだ馬鹿野郎だよ」
地面に倒れ込む彼の頭に浮かぶのは──人知れず泣いているユイの姿だった。
「……泣かせ、ちゃうかなあ……僕は、あの子に何かしてあげられたかなあ……”一緒に行こう”って言ってたら、違ったかなあ……」
「博士!! イデア、博士!!」
声が──何処からともなく聞こえる。
炎の熱。毒の苦しみが彼を蝕む中、誰かが自分を抱き起こした気がした。
「……イクサ君か」
「毒状態だ。すぐに治療を」
「博士!! 今”なんでもなおし”を──」
「手遅れだよ……オーラギアスの毒は未知の毒だ、”なんでもなおし”は効かない」
「──ッ」
構わずイクサは”なんでもなおし”をイデアに打ち込む。
だが、容体が回復する兆しは見えない。
それでも悲痛な顔で──イクサは祈るしかない。彼が回復することを。
「アカシアは部下諸共死んだよ。オーラギアスに食われた。そしてオーラギアスは……デカい怪物になって、外に出た……と思う」
「ッ……喋らないで下さいっ……傷が……!!」
「……イクサ君。最後に、頼まれてくれるかい」
「最後とか言わないで下さいよ……!! 僕はまだ、博士に教わってないこと、沢山……!!」
「サイゴクに……一度でいい……遊びに来てくれないかなあ……」
「ッ……」
「あそこは良い所だ……僕の自慢の故郷だ……歓迎するよ……君なら……」
「僕はまだ、まだ貴方から教わりたいことが沢山ある!!」
「ずっと、君を連れて……いきたかったんだ……平和になった……サイゴクに……」
「博士ッ……!? 博士!? ダメだ、死んじゃダメだ──博士ーッッッ!!」
(ごめんね、ユイちゃん……センセイ……先に逝くよ……)
動かなくなったイデアを前に、イクサは──必死にスマホロトムの図鑑機能を手繰る。
そして、ぴたり、と指を止めて、パーモットを繰り出した。
ゼラはそれを見て叫ぶ。
「待て!! ”さいきのいのり”か!? どの道毒が治せないなら、手の打ちようがない!! 苦しむ時間が増えるだけだ!!」
「諦めませんッ!!」
「しかし──!!」
「苦しむ時間が増えるだけ!? いいや、僕は助ける!! 助けるんだ!!」
「だが、どうやって!?」
「ひとつだけ思いついたんです、ミコさんに確実に負担をかけちゃうけど……この技は──」
スマホロトムの画面を見せたイクサ。
ポケモンの技をすぐに思い出させるアプリが、最近のものには搭載されている。
その中の一つを、イクサは指差す。
「……やるだけやってみよう。他でもない、イクサの頼みだ!!」
「お願いします、ミコさんッ!!」
ミコの三角形が、オオヒメミコに移動。
完全にポケモンとしての力を覚醒させたオオヒメミコが、イデアの前に立った。
「オオヒメミコ──”サイコシフト”ッ!!」
オオヒメミコの目が光り輝いた。
次の瞬間、イデアを蝕んでいた毒は──消失する。
そして、そのタイミングを見計らっていたかのように、パーモットは掌にエネルギーを溜め、イデアの胸に押し当てた。
「パモ様、”さいきのいのり”ッ!!」