ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
「──ねー、博士ー。教えてほしい事があるんだから。パッチラゴンの帯電器官についてなんだけど──」
「なぁんで僕に絡んで来るんだい? キャプテン様は忙しいだろう」
「だって暇そうなんだから」
「おっと僕だって怒る時は怒るんだぞう」
邪険にしながらも、結局今日も今日とて、イデアは自らの知見を彼女に話すのだった。
同じシャクドウに住む二人は、旧知の仲だった。
ユイからすれば、トレーナーとしての先輩にして近所のお兄さん。
イデアからすれば、妹分にして──自分からキャプテンの座を奪った相手だ。
それを知ってか知らずか、彼女はイデアに絡む頻度が更に上がった。
話題は主にポケモンの事。特に生態や体の仕組みについて、イデアは博識だった。
生物学は彼の専門分野。他の学生たちの追随を許さない。
「……ひゃっほーい!! やっぱりこのポケモン達は興味深い!! この身体の断面になってる部分とかさぁ!! どうやって生きてるんだろうね、こいつら!!」
「あのー、博士。あたしが知りたいのは、この子の発電器官……」
「あー、適当にレポートにまとめたヤツがあるから。それ読んで」
「適当にって……うわ、すごい分かりやすい!! やっぱ博士は博士になるべきだよ!!」
「まだ学生だよ、ただのね。ポケモンが好きで好きで、それが高じてやってるだけだ」
「あたしにはこんなの書くの無理なんだから」
「ユイちゃんだって出来るさ。僕と違って、キャプテンにだってなれたんだからさぁ」
「……」
当てつけのように言ったのは確かだったが、意地悪を言いすぎたか、とイデアは少し反省した。
相手は年下。聊か、大人げない振る舞いだった。
「ま、僕が天才なのはまごうことなき事実だけどねぇ」
「やっぱ腹立つ!!」
「ふぁぁ、一通り調べたら腹が減ったよ。もうこんな時間だ」
「てか、博士。ちゃんと食べてるの? 少しやつれてる気がするんだから」
「ほっといてくれよう。あんまり食欲が湧かなくってね」
「暑いからってゴハン抜くと夏バテするんだから!」
「ユイちゃんには関係ないだろう」
「はいこれっ」
どさっ、と鍋がイデアの机の上に置かれた。
「昨日ママが作り過ぎちゃったの。冷蔵庫の空きスペース取るから、食べちゃってよ」
「……何だいコレ」
「夏野菜のカレーライス」
「うわぁ、胃に重そうだ……最近冷や麦しか食べてなかったからさ」
「うっわ、ドン引き。そのうち霞でも食うようになるんじゃないの貴方」
「どぅー」
「センセイにも、高級ポケモンフーズ持ってきたんだからっ! おすそ分け!」
「どぅーどぅる!!」
「ああ!! ダメだよ、センセイは僕のポケモンなんだからさぁ!! ゴハンで釣らないでおくれよ!!」
「じゃあ、博士もしっかり食べなさいよ」
「はいはい……」
(全く……キャプテン様は、随分と暇なんだなあ)
食後。
ユイの背中を見送った後、イデアは──大きなため息を吐く。
(僕は、何にも無い。空っぽだ。夢も無いし、これと言ってやりたい事も無い。他所の地方で旅をしようかとも思ったけど──いや、もうゴメンだな。おやしろまいりでお腹いっぱいだよ)
今だって、惰性でポケモンの勉強を続けているだけだ。
そこに情熱は無い。
対して、ユイのエネルギッシュさが──イデアには眩しすぎた。
彼女もまた、キャプテンに憧れた1人だ。
先代・父のショウブが早くに亡くなったので、死に物狂いで修行していたのも知っている。
決して、楽してその立場を勝ち取ったわけではないことも、イデアは知っている。
(だから……なんだかなぁ)
結局、自分が必死に足掻き、藻掻いたとしても、もっと上には上がいて──それを知ってしまうと、もう頑張るのも虚しくて。
自分よりもっと熱意がある誰かにその席を譲ってしまいたくなってしまう。
自分には元より無理だったのだ、もっと相応しい相手がいたのだ、と思い知らされる。
(いや、こんな考えだからヌシ様に見放されたんだろうけどね)
だから仕方がない。そう考えると、不思議と諦めがつくのだった。
※※※
その年の秋。
イデアは実家の倉庫の整理をしていた。
鍵がかかった鉄の扉だ。
夏の間に亡くなった祖父が「絶対に入るな」と厳命していた倉だが、もう祖父も居ない以上、一度入って片づけをしてもいいだろう、ということになったのである。
放っておいても荒れ放題、いつかは崩れるかもしれない。致し方ないことであった。
カビの臭いが鼻をつく。
イデアは──額の汗を拭いながら1枚の絵を手に取る。
「ん、何だこれ……随分と古いな」
「どぅ」
「うん? センセイどうしたの」
何か懐かしいものでも見るように、ドーブルは絵をイデアからひったくると、両の手で掲げてみせた。
埃が落ちていき、絵がはっきりと見える。
「……え」
そこに描かれていたのは──イデアにそっくりな顔の男の肖像画だった。
その傍らには、黒い体毛のドーブルが佇んでいる。
「どぅ! どぅどぅ!」
「……センセイ、この絵の人を知ってんの?」
「どぅ!」
「いや、でも、これって……いつの絵なんだい」
『500年前、かな』
声が響いた。
自分にそっくりな声に、イデアは慄く。
絵の中から、墨が漏れ出している。
『センセイ……ああ、君と一緒に居るドーブルは、およそ500年前、違う世界から転がってきたポケモンだ』
「ッ……誰だ!?」
『センセイの絵筆で描かれた絵は文字通り魂を宿す。そも、そのドーブルが只のドーブルじゃない事くらい、君ももう気付いているだろう』
「誰だと聞いている!!」
「どぅ! どぅーどぅる!!」
『
「イデ!? そりゃあウチの先祖の名前じゃないか──」
「どぅー!! どぅー!! ……どぅ?」
最初こそ嬉しそうに手を振るドーブルだったが──徐々にその表情は強張っていく。
絵からは、ボコボコと墨が湧き出てきて、イデアの身体を蝕み始めた。
「んなっ……!! センセイ!! この絵を──」
『無駄だ。センセイは僕に攻撃出来るわけがないよね?』
「どぅ……!!」
『この墨の持つ力は、センセイにすら制御が出来ない。長らくこの倉で寝ていたからか……漸く、僕も動き出せるというわけだよ』
いうなれば、絵の悪霊とでも呼ぶべき存在だった。
そして、これを描いたのは他でもないドーブルか、とイデアは睨む。
しかし、ドーブルの震えあがる姿を見て、これが本人の望むものではなかったのだ、と同時に悟る。
ドーブルは、昔の主人の絵を描いたに過ぎない。
それが時間が経ったことで、文字通りの祟りとなって顕現したのである。
『で、オマエは随分と僕にそっくりだな。名前は?』
「イデア……」
『名前まで似てるのか。くくくっ、こりゃ傑作だね。素晴らしい!! ……僕の器になっておくれよ』
「やめろッ……!? 僕の身体で何をするつもりだ──!?」
『センセイ。サイゴクは……500年経ってもクソ田舎のままかな。頭の固い奴等が未だに支配してる、つまらなくって下らない場所かな』
「どぅッ……」
『もっと言えば、うちの子孫は誰か、キャプテンになれたかな』
「どぅ……」
ドーブルは──その問いに首を横に振った。
「センセイッ……!?」
『だよねえ。クソッたれたヌシポケモン共。未だにサイゴクでデカい顔をしてるんだろうねえ。不愉快極まりないな、虫唾が走るよ』
ずるるるるるるる、と音を立てて墨はイデアの身体に入り込んでいく。
しばらくしないうちに彼の意識は無くなり──入れ替わるようにして、”それ”は喋りだすのだった。
「ムカしみたいに……タのしくやろうよ
「どぅ……」
※※※
「これが竜骸かぁ。綺麗だねえ!」
「どぅ……」
「500年前を思い出す! こいつを持ち出して、サイゴク中のおやしろを一網打尽にするはずが……まさか僕らが一網打尽にされるハメになるとはねえ」
尤も、その時は被害者の顔をしておやしろに泣きつき、おやしろが総戦力を上げて戦った事で、2匹の竜骸は鎮められたのだった。
無論、災禍の元凶がイデであることなど、皆が知るはずもない。
それと同じ災禍をまた繰り返そうとしているのである。懲りると言う言葉を、この悪霊は知らない。
当時、ドーブルはほんのお遊びのつもりで、イデの誘いに乗ったことを心底後悔した。
自分の強さに自信はあったし、もし竜骸が暴走しても抑え込むつもりだった。
だが、結果は──竜骸に一方的に嬲られ、外へと解き放つ羽目になったのである。
あれ以来、イデとドーブルはやんちゃを止め、真っ当に生きる事を決意したのだが──呪いの墨によって描かれたイデは当時の無念を抱えたまま祟りと化したのである。
「……センセイ。まさか出来ないだなんて言わないよねえ?」
「……どぅ」
「共にこのサイゴクを派手に彩ろう。面白おかしく生きるんだ。センセイだってそうしたいだろう?」
「……」
目の前に供えられた二つの竜骸に、イデアは進んでいく。
ドーブルはそれを止める事が出来ない。
たとえあれが祟りだと分かっていても、500年ぶりに再会した主人を裏切ることは出来ない。
あの中に今の主人が囚われていると分かっていても──ドーブルの足は動かなかった。
「神聖な岩戸に足を踏み入れるとは良い度胸ね。それとも、此処が何処かご存じで無い?」
バチンッ!!
黒い稲光がイデアの足元を撃った。
彼は驚き振り返る。
そこに立っていたのは、恐竜の如きキメラポケモン・パッチラゴンと、それを従える少女だった。
【パッチラゴン かせきポケモン タイプ:電気/ドラゴン】
「……誰だい?」
「はぁっ!? 何言ってんの、博士!? あたしを忘れたとは言わせないんだから!!」
ユイは──キャプテン。
その責務を果たすため、この場に立つ。
当然、神聖なサイゴク山脈の奥地に断りなく立ち入る不埒者を咎めるのも、その責任の一つだ。
キャプテンにはその権限がある。
「……つけられてたか。あーあ、僕としたことが失敗したなあ」
「夜中にコソコソ、サイゴク山脈に飛んで行く人がいたら、追いかけたくなるってもんだから!」
「少々派手に動きすぎたかな」
「博士……様子がおかしい。貴方、一体何者!?」
そして流石にユイもカンが鋭かった。
ゴーストポケモンが人に憑りついて悪さをする事例は後を絶たない。
同様に、イデアの中に居る怪異を一目で見抜いたのだった。
「……君が知る必要はない。残念だが、此処で消えてくれないか」
白衣を翻したイデアは、ドーブルに「見せてやりなよ」と呼びかける。
頭部はシルクハットのようなものへと変わり、紳士のような衣服を纏うのだった。
「おおう、センセイ。500年の間に、その恰好が気に入った?」
「ッ!? な、何!? それ──」
「……君は知らないんだっけか。うちのセンセイは……特別でね!!」
墨を纏ったドーブルは、パッチラゴンに肉薄すると膝を叩き込む。
「”とびひざげり”」
巨体は一気に吹き飛び、岩盤に叩きつけられた。
あまりの火力の高さを前に、ユイは言葉を失う。
とてもではないが、ドーブルとは思えない強さだ。
此処までの力を今の今まで隠していたのか、と戦慄する。
「本気を出したセンセイは……ヌシポケモンが相手でも引けを取らないよ」
「何あの姿!? リージョンフォーム!? でも、何処の地方の──」
「臆さないか。それに、一発じゃ倒れない。その奇怪な怪物は……どうやら見掛け倒しじゃないね」
「当然ッ!! うちのパッチラゴンをナメないで!!」
起き上がったキメラポケモンを前に、イデアは愉快そうに笑った。
「……君、キャプテンだろ」
「そうよ!! あたしがシャクドウのキャプテン、ユイ!! その責務に従い、あんたを止めるんだから!!」
「ハハハハハハッ!! ……虫唾が走るなあ」
「どぅ……」
「センセイ。乗り気じゃないのかい? 僕の言う事が聞けないのかい?」
「センセイ!! しっかりして!! あんたの主人は誰よ!? 博士はどうしちゃったの!?」
「どぅ……!!」
「あーあー、さっさとその煩い小娘を止めちゃってくれよ。見られた以上は……息の根をさ」
「どぅ!?」
「オオワザ。”ちみもうりょう・じごくえず”」
ドーブルは──絵筆を持つ手が震えた。
自らが使える、最大威力のオオワザ。
百鬼夜行の大群を呼び出し、圧倒的な数の暴力で圧殺するオオワザ。
撃てない。撃てるわけがない。
目の前の少女は、腐っていたイデアに──ひたむきに向き合い続けてくれた。
たとえそれが昔の主人の命令だったとしても、聞けるはずがない。
「どぅ……!!」
「センセイ!! ……博士!! 聞こえないの!? あたしよ、あたし!!」
「……ッ」
「おい、センセイ!! 何故僕の言う事が聞けないんだいッ!!」
イデアの怒号が洞窟中に響く。
「……キャプテンとヌシはサイゴクの癌。忌むべき古い風習だ。なら、此処で一つ絶ってやれば良い」
「どぅる……!!」
「どうやら、このイデアも……キャプテンになろうとしたがなれなかったみたいだね。君や……サイゴクに対して鬱屈した思いを抱えてるみたいだ」
「何が言いたいの?」
「……この器も、僕も、考えてることは同じさ。竜骸で……サイゴクに一花咲かせてやりたいんだよ」
「知ったような口を利くなッ!!」
甲高いユイの声がぴしゃり、とイデアの言葉を遮る。
「あたしが知ってる博士は──ポケモンが大好きな、勉強バカなんだから」
「どぅ──」
「そうでしょ、センセイ!? あんたの知ってる博士は、こんな事、しないっ!!」
それを聞いたドーブルは──絵筆を握り締め、全ての墨を解放する。
「ただの、ポケモンが大好きな……あたしの自慢の博士なんだからっ!!」
「どぅッ!!」
【ドーブルの ちみもうりょう・じごくえず!!】
百鬼夜行の大群が墨の中から姿を現す。
ユイはその様を見て、思わず後ずさるが──それでもキッといつまでもドーブルを見つめていた。
「どぅッ!!」
禍群の衆は、ユイ──ではなく、イデア目掛けて一気に襲い掛かる。
魑魅魍魎の群れたちは、同じ墨で出来た祟りを、イデアから引き剥がそうとする──
「っ!? しま──止めろ、止めるんだセンセイ!! やめろっ!!」
「……」
「そ、そうか……そうかぁ!! ……500年で、随分と丸くなったなぁ、センセイ!! そんなに──そんなにサイゴクが気に入ったかい!!」
「……」
「なら……せめて、見届けさせてもらうとする……よ」
魑魅魍魎に抑え込まれる中、イデは──ふっ、と笑みを浮かべた。
しばらくして。
そこには、大の字になって倒れたイデアから墨が抜け出していくのがユイには見えた。
思わず駆け寄り、抱き起す。
「博士。博士っ!!」
「……うぐぅ」
「良かった、分かる!? あたしが!!」
「……ユイちゃん」
「良かったぁぁぁー……」
漸く彼が自分の名前を呼んだことに、ユイは安堵を覚え、彼の胸に頭を擦りつけるのだった。