【考察】なぜオタクは、自分の好きなコンテンツに対して正論を言われると、激高するのか
どうも、筆者の賀茂茄子です。
クソデカ主語タイトルにつられてnoteを見られた方、こんばんは。アラサー学マスオタクでございます。
さて皆さん、X含めたSNSにて、自分が好きなコンテンツが炎上した瞬間に、立ち会った経験はございますでしょうか。ちなみに私は数えきれないほどあります。元々私シャドウバース民なので。このコンテンツ、炎上してない瞬間の方が少ないですからね。
さて、シャドバに関わらず、最近オタクコンテンツ関連は良く炎上します。それこそ炎上していない日は無いんじゃないか?と思うくらいです。
そしてその様子を見て、一つ気づいた事があります。
それは"一見すると筋が通っているように見える意見"を向けられた際に、「嫌ならやめろ」とか「お前は何も分かっていない」のような、感情的な反応をしているポストを見かける事が、結構あるなあ、と。
これらに対して、「分かるけど、それをSNSに書くと、戦争になるよね・・・」という感想を抱いてます。
そしてそれと同時に、こんな疑問が湧いてきました。
果たして彼らは、なぜこんな反応をするのか?
その理由の深層は何?と
それを私なりに少し考察してみましたので、読んで頂ければ幸いです。では参りましょう。
前置き
特定の個人を攻撃する意図はありません
信じてもらえるか怪しいですが、本noteは特定の個人を攻撃したり、特定の個人の心を決めつける意図はございません。あくまで私が、普遍的に考えるとこうなんじゃない?という考察に過ぎません。そこだけは踏まえた上で、読んで頂けますと幸いです。では参りましょう。
1章)好きなコンテンツにのめり込む人の心情について
序文のような感情的な反応を起こす人は、少なくともそのコンテンツに「のめり込んでいる」事が絶対条件であると思われます。それをまず考察します。
「のめり込む」weblioで検索すると、以下のような解説が出ます。
前へ倒れるように入り込む。「ぬかるみに—・む」
ある環境や状況の中に深く入り込む
今回のnoteだと、2の意味が関連してそうですね。
そしてもう少し踏み込むと、のめり込む人は自分の心を「コンテンツに一部移している」のではないか?「溶け込ませている」のではないか?、と私は考えました。
良くわからないと思うので、例をいくつか出します。
例えばファンタジー小説。自分が「主人公になる想像」をすることで、心を小説の中に移し、かっこいい自分を頭の中に想像する。
例えば私が好きなアイマス。アイドルのプロデューサーに自身を重ねる事で、自分が「アイドルを導く、かっこいい自分のイメージ」を膨らませる。
例えば俳優やゲームコンテンツにお金を渡すことで、心を移し「自身が彼女(や彼ら)を支えている」という感覚を持つ。
他にも色々ありますが、これは心理学でいう「同一化」に近しいと思われます。
何にしても、現代人は多かれ少なかれ、「人」や「モノ」「現象」などに、心を一部委譲していると思います。それは筆者とて例外ではありません。
2章)正論っぽい事を言われる=同一化した自分を、攻撃されたと感じる?
ここから仮説を述べます。私は学マス(アイドルマスターの姉妹コンテンツ)が好きですが、こんな事を言われると、ちょっとイラつきます。↓
えー、アイドルコンテンツ?
そのキャラ、そこまで私は惹かれないなあ(笑)
これ言われると私は「ええ?それ口に出して言わないでよ・・・」という感想を持ちます。特に「コンテンツそのもの」に、たとえ「正論に近い」事を言われたとしても、少し悲しくなります。
その理由の一つに、コンテンツに心を移している状態だから、「コンテンツへの意見」=「自分自身が、あたかも攻撃された」ように感じてしまうのでは?と、私は考えています。
例えば私が好きなアイドルが否定されると、「私が好きで心を移している彼女が否定される」=「自分が攻撃されたように感じる」⇒「もしかして自分の好きが、間違っているのではないか?」と、心が揺れる。
例えば私が好きな小説を、他者に読んでもらって「んー、私には合わなかったよ」と言われると、ちょっと悲しい気持ちになります。それは「コンテンツに"重ねていた私の好き"が、一部否定された」=「自分が攻撃されたように感じる」⇒「心が揺れ、特に他者に受け入れられなかった"悲しみ"が噴き出る」のようになっているのではないか?と。
皆様、いかがでしょうか。当然全ての人に、上記のような事が当てはまるわけではありません。
ですが何となくありそうだなと。オタクじゃなくても、こんな感じの心の動きはあるんじゃないかな?と。少なくとも私は感じています。
3章)自分の心が揺れた時、どうやって安定させる?
前章では、心が揺れる原因について述べました。それは恐らく、どの人にも起こりうることだと思います。
ですがここで問題が生じます。それはその「感情の導くままにSNSに書き込む」と、逆炎上を起こしたり、そのコンテンツが誤解されて、人が離れたりする可能性がある、という点です。
これは正直言って建設的ではない、と私は感じます。なので「こういう発散する人が増えたら、よりコンテンツが良い方向に進むのでは?」という仮説をまとめます。
①「直接的な意見」をぶつける事を避ける
1つ目、直接的に意見をぶつける事を避けるです。例えば「裏垢に書く」「感情部分はリプに含めないようにする」「空リプする」「noteに感情を書く」などですね。
やっぱり人間って、自分の感情がポロって出ちゃうじゃないですか。それを止めるのって、結構しんどいかなと。だから止めるんじゃなくて、その感情をそのままぶつける事のみ避けるだけで、まずは良いのではないかな、と。
それだけで、コンテンツに向くヘイトを回避できるんじゃないかなーと思いますね。
え?発信した人を論破したい?ぼこぼこに言って屈服させたい?
それは・・・ハハハ・・・、ノーコメントでお願いします。
②感情を書いて、少し時間を置く
次です。具体的には「感情を書いたリプ」を、30分だけ送るのを待ってみる。そして30分経ってから見返す、と良いんじゃないかなと思います。
なんかアンガーマネージメントみたいですが、時間を置くって、結構大事な視点なんですよね。感情って、そこまで長持ちしない傾向にありますから、なのでこれをやるのは、結構良いんじゃないかと思いますね。
③自分と近い感覚の人と話す、AIに相談する
これ会社員の方には同意いただけると思いますが、同期ばっかりの飲み会で、上司の悪口を共有するの、すっとしません?これって多分、自分の中にある感情を共有することで、心が安定化するからだと思うんですよね。
これを同じように活用して見るのは、アリだと私は思います。
AIに相談する、という選択肢も良いですね。少なくとも感情を否定されずに整理する相手としては、十分役に立つ場面も多いので。
④逆にコンテンツの良い所を、表現する
最後になります。少し難しいかもしれませんが、逆にコンテンツの良い所を表現してみると良いかなと。これ筆者も結構やっていますが、自分の好きを表現して、いいねが付くの、めっちゃ心の安定に繋がりますよ。
というかこれをやる人が増えて欲しいです。お前もnoteで好き語りをしないか?(鬼滅並感)
以上で本noteを〆ます。
終わりに
まあこのテーマって、本当に難しい事だと思います。私の記事を知っている人はご存じかと思いますが、私自身も他人の心を揺さぶるnoteを書いてしまう事もありますし・・・。心を安定化させるというのは、永遠のテーマかもしれませんね。まあちょっと言い訳がましいですけど。
では本日はこの辺で。次の記事でお会いしましょう。


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