ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】   作:タク@DMP

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第102話:両手に火薬庫

「酷いよイデア博士!! ボクがマシンの修理にかかりきりだからって、転校生をしごいて」

「いいえ、アレは……イクサ君が自発的にやってるわ」

「え”」

 

 レモンは──マスカットグループとの会議の合間に、甲板での特訓の試合を思い出す。

 それはそれはもう爽やかな笑みでギガオーライズして目から紫電を迸らせるイクサの姿を。

 最初の方こそすぐにヘトヘトになっていたイクサだが、だんだんと過重負荷にも慣れてきたのか、ギガオーライズを扱える時間も長くなってきた。

 ただ、此処からが問題で、ギガオーライズ中にポケモンとシンクロするための時間を伸ばさなければいけないのだという。

 シンクロはオオワザには必須、そして長い間のシンクロは心身共に激しく疲弊させる。

 下手をすればまた三日間ほど寝た切りになりかねない。しかし──この慣れてきた時期というものが何事も危ないのであった。

 

「イクサ君ってほら……夢中になるとのめり込むところがあるじゃない?」

 

 

 

 ──分かる、だんだん理解ってきたぞ……!! そうか!! オシアス磁気の全てが分かってきたぞ、オーラって、オオワザって、実は簡単な関係で……。

 

 ──イクサくーん? もしもーし? もしもーし!? やっば、ハイになっちゃって何にも聞こえてない奴だねえコレ……。

 

 

 

「……それがギガオーライズで更に悪化して……イデア博士は、むしろストッパーになってるわ」

「オシアスの恵みをナマでイっちゃってるからね……トレーナーにも少なからず影響がアリアリ……ってわけかぁ」

「己の精神と向き合って律するのはあくまでも入口でしかなかったってわけね。オシアス磁気はポケモンだけじゃなく、人間の欲望や潜在意識を活性化させる。完全制御はまだ先だわ」

 

 むしろ、扱えてきたからこその弊害と言えるけどね、とレモンは続ける。

 

「それでレモン先輩はどうするのさ」

「……どうって。勿論、このまま放ってはおけないわ。イクサ君は良くても、このままじゃあポケモン達が過重負荷に疲れてついてこなくなる」

「だよねぇ……」

「何処かで一度疲労を抜かなきゃいけない。精神的にもね」

「無理でしょ」

「無理もないわね」

 

 結局の所、今の状況の何処に休める時間があるのだ、という結論に行き着いてしまうのだった。

 それがイクサを更に追い詰めてしまっている。

 

「思えば、逃亡生活から特訓、特訓、連戦続き、ガス抜きが出来る機会なんて無かったわ」

「でも転校生の好きなものって──ゲームとポケモンでしょ?」

 

 

 

 ──ちょっ!! そのコンボは軽犯罪だよね!? 何かの法律に触れるんじゃ──ああクソーッ!! マジでクソ!! 二度とやらんわこんなクソゲー!!

 

 

 

「余計にガスが溜まりそうね……」

「レモン先輩も一緒にやれば楽しいじゃん」

「私、あんた達と違ってゲームがド下手クソなのよ」

「やっぱりお嬢様だからぁ? 意外な弱点発見しちゃった」

「一度バジルとやったんだけど……ちょっと力んだらコントローラーからミシって音がして……二度と貸してもらえなかったわ」

「ゴリランダーじゃん」

「おっと泣くわよ、風紀委員長が人目も憚らず」

「ごめんて」

 

 胸の話とゴリランダーの話は禁忌であった。

 乙女は己の腕力に関しては結構気にしいなのである。

 

「ゴリラか……貴方達が頑張ってる時に無味乾燥な会議に明け暮れている私にはむしろケッキングがお似合いよ」

「あーあヘラっちゃった、ちなみにその会議って?」

「クラウングループからの内通者によって、相手方が戦力化して()()()()ヤバいポケモンのデータが流れてきたから、それを基にした対処法を考えていたわ」

「無味乾燥でも何でもないじゃん!! 一番重要だよそこ!?」

 

 デジーが蒼褪めているのを横目に、レモンは溜息を吐いてエナドリを飲み干す。

 

「……まあ、その情報は後でイクサ君がいる時にでも共有しようかしら」

「気になるんですけどー!?」

「私は嫌よ、A4用紙30枚分のレポートを貴方達に二回も読み聞かせするのは」

「……ゴメンなさいでした。もしかして目に隈出来てるのって、それを作ってたから?」

「書類仕事はお手の物よ」

 

(ゴリランダーなのに)

 

 と言いかけたが、すんでの所で口を噤んだデジーだった。えらい。

 

「とはいえ流石に疲れたわ。私達仮にも豪華飛行客船に乗ってるのよね? 何で疲れが抜けきらないのかしら」

「船の上で仕事してるからじゃないかなあ……でもやっぱ、リフレッシュはしたいよね」

「リフレッシュ……そうだ、すぐに元気を回復する方法があるわ」

「モーモーミルク?」

「いいえ、アレは確かに効果があるけど、飲み過ぎるとお腹痛くなってくるのよ。もっと私達らしい飲み物があるじゃない」

 

 レモンは──得意げに言い放つ。

 

 

 

「──エナドリよ」

「──ッ!!」

 

 

 

 手遅れであった。

 デジーも納得したように目を見開いているので、救えなかった。

 

「あれってまだ在庫あったっけ!?」

「こんな事もあろうかと買いだめしてるわ。最近はモーモーミルクの世話になってたけど、お腹を壊したんじゃあ世話ないわね」

「脂肪分の量ヤバいからねアレ」

 

 事実、アトムとの戦いの後、イクサもデジーもしばらくお腹の調子を崩していたのは語り草である。

 効果が凄いモーモーミルクは、人間の胃腸にとっても高負担な代物なのであった。

 只の牛乳でも良いオトナががぶ飲みすると腹を壊すので、当然の話であった。

 

「そうと決まったら、キメるわよ──やっぱ徹夜作業は翼を授かってナンボね」

 

 

 

 

「エナドリ? 全部廃棄したが?」

 

 

 

 みしっ、と音が鳴ったようだった。

 レモンの肩には──浅黒くも華奢な手が置かれていた。否、ガッチリとホールドされていた。

 デジーが指差すも、もう遅かった。

 鬼の如き形相の健康委員長が立っていた。

 

「先輩……後ろ、後ろ、後ろ──!!」

「ガ、ガーベラ……ッ!? な、何故此処に……!?」

 

 ──かつて。

 レモンは何度かガーベラにエナドリ服用を咎められた事がある。

 健康を害する行為に関しては一切の情けというものがなくなるのだ。

 慕う相手であるレモンに対しても例外ではない。

 

「通りかかったら不穏な単語が聞こえたんだぞ。どうやら、あれだけ止めたのにまだエナドリ漬けになっているようだな、レモン先輩」

「ま、待ちなさい、これには深い訳があって──」

「ちょっと部屋に来て貰おうか」

「ガ、ガンバッテネー、レモン先輩……」

「お前もだイタズラ兎」

「ヒッ!?」

 

 ──この後二時間。

 みっちりとレモンとデジーは、健康的な食生活について説教されることになったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「バカなのか? いや、バカだったな。エナドリは疲労回復じゃない、元気の前借だと何度言ったら分かる」

「つい……」

「ついじゃないぞ、この仕事中毒者め」

 

 

 

 一通り説教が終わった後──ガーベラは椅子に座り込んで眉間を摘む。

 己の身体を顧みないのは全く変わっていない。ポケモン達を失い戦う機会が無くなって尚、だ。

 むしろ、自分が戦えないが故に余計躍起になっているフシがあった。

 

「モーモーミルクもエナドリも飲み過ぎは厳禁だぞ」

「もうわかったからそれは……」

「疲労に効くのは──風呂だろう」

「この飛行客船、豪華と言ってる割にはシャワーしかないじゃない」

「……故障したんだ。先輩たちを迎えに行く少し前にな。ちょっと広い大浴場がある」

「ウッソ!? 初耳なんだけど!?」

 

 目をぱちくり、とさせてデジーは叫ぶ。疲れを癒すには絶好のチャンスであった。

 

「……だがブッ壊れた。故障だぞ」

「じゃあ無理ね。お風呂には入れないじゃない」

「空の上では技師も呼べない。風呂は諦めるしかないな」

 

 そう言いかけた所で、ガーベラとレモンの視線がデジーに向いた。

 

「……やれるわよね?」

 

(あれ? もしかしてまたボク酷使される流れ?)

 

 デジーは全てを諦めた。

 一先ず、原因を探らなければ全ては始まらない。

 彼女はガーベラに、そもそも風呂が壊れた理由を問う。すると、

 

「兄貴が……調子に乗って……」

 

 震える声を絞り出すガーベラの背中を二人は摩る。

 取り合えず、またもやあの全裸寮長にカルマが増えてしまったことは確かであった。

 詳細は敢えて割愛する。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──次の日。

 

「──まいったね、こりゃあ」

 

 

 

「……ウゥ……ッ!!」

 

 

 

「倒れてから再び起き上がった所は評価してあげよう。だけど──それ以上はポケモンも君も危ない」

 

 修練開始から早数日。

 イクサの目からはいつにも増して激しい紫電が迸っていた。

 しかし、既に一度ギガオーライズの過重負荷を受けて気絶した後。

 最早足取りもおぼつかない。

 そして、トレーナー同様オシアス磁気を受けて立ち上がっているサーナイトの目からも激しい紫電が迸っている。

 穏やかな気質からは到底程遠い闘気を纏わせ、ウエディングドレスの如く解放した彼女は、既に本能のみで負荷に抗っている状態だ。

 正気とは言い難い状態であった。トレーナーは勿論、ポケモンもだ。

 やはり力づくで捻じ伏せるしかないか、とイデアはドーブルに目配せした。

 サーナイトの練習役として戦わせていたガチグマは既に限界だ。あまりにも荷が重い。

 

(やむを得ないか。あんまりやりたくないんだけど──)

 

「ゥ……まだだ、僕達は負けてない……ッ!! サーナイトォ……ッ!!」

「るー……ッ!!」

 

 

 

「ぼうぼうっ!!」

 

 

 

 そんな折。

 サーナイトの前に、何かが立ち塞がる。

 サイコパワーを限界まで引き上げようと腕を振り上げた彼女は──そこでぴたり、と動きを止めた。

 

「ッ……カルボウ!?」

 

 その姿を見て、一瞬イクサも思考が途切れる。

 その手には、炎の塊が込められていた。

 無論実力差は天と地ほどもあり、刺し違えても止める、という覚悟の顕れであった。

 サーナイトは一瞬、目の前のそれを敵と認識しかけたが──すぐに目から紫電が消え失せる。

 それとほぼ同時に、イクサも倒れ込むようにして地面に拳を叩きつけたのだった。

 ギガオーライズは解除され、サーナイトも膝をつく。

 

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」

 

 海の底から海面へ浮上した後のような解放感。

 力が抜け、身体が動かせない。

 カルボウの姿すら敵と認識しかけた自分に、イクサとサーナイトは恐ろしさすら感じた。

 そして──カルボウが居なければ、無傷のままギガオーライズを解除することは出来なかった、とこの時点で確信していた。

 

「ご、ごめん、サーナイト……カルボウ……」

「ぼう……ぼうーっっっ!!」

「るー……」

 

 漸く正気に戻った主人に、カルボウは駆け寄る。

 

「君のおかげだ。君が居なかったら、どうなってたか……」

「エスパータイプは精神力が戦闘力に大きく関わる。だから、ギガオーライズとの相性もいい。だけど……()()()()()()()()()()さ」

 

 イデアはつかつか、とイクサに歩み寄る。

 初めてのギガオーライズの暴走とはまた違う。

 ギガオーライズを制御し始めたからこそ起こってしまった()()であった。

 オオワザを発動させるために集中した結果、それがオーバーフローを引き起こしてしまったのである。

 

「……立てるかい?」

「無理です……身体が動きません……」

「サーナイトは感情によってサイコパワーを増幅させる。君とシンクロしたことで、ギガオーライズが暴走しかけたんだ」

 

 僕も予想外だったけどね、とイデアは続ける。

 むしろギガオーライズは未知の領域。いつ何が起こってもおかしくはないのだ。

 

「全く、ヒヤヒヤさせてくれるね転校生」

「シャイン先輩……」

 

 相も変わらずブリーフ一丁のシャインが呆れた様子でやってきた。

 

「サーナイトのサイコパワーはすさまじいものだった。オーロラベールが全て破壊されるところだったよ」

「……マ、マジですか……」

「それ即ち、この飛行船の危機だからね!! 今回は私の美しさに免じて許すが……」

 

(もう突っ込まんとこう……)

 

「今日は休んだ方が良いだろう」

「……汗でべとべとです」

「立てるかい?」

「何とか……」

 

 ふらふら、と起き上がったイクサ。

 回数を重ねるにつれて、反動からの復帰時間も徐々に短くなってきた。言わば慣れというものであった。

 とはいえ、この様子では明日は全身筋肉痛は免れないのであるが。

 

「……大丈夫? 明日は休みにするかい」

「そんな暇はないですよ……もう少しで、オオワザのコツを掴めそうなんです」

 

 イクサは返事代わりに手を振ると、博士に背を向ける。

 全身に纏わりつく不快感を何とか洗い流してから寝たかった。

 

「……君は良くても、ポケモン達が付いて来られるとは限らない。そこだけは──重々気を付け給え」

「ッ……」

 

 その言葉が碇のようにイクサの胸に突き刺さる。

 そうだった。もしもあそこで踏みとどまれなければ──と思うと、全身が冷え切るようだった。

 

「……ごめんなさい。今日の僕、何だかヘンでした。こんなの、暴走させたとき以来で……」

「……吞まれかけてるね」

「……」

 

 制御の練習を続ける度に、暴走の危険性に近付いていく。

 自分が自分でなくなっていくような──そんな感覚だ。

 ギガオーライズを習得したての頃に苦しめられた黒い靄とはまた違う。暴力的なオシアス磁気の奔流に理性が流されかけようとしていた。

 

(そう言えば)

 

 イクサは気付く。

 己の根源に巣食う──欲望の塊、龍の暴威。

 最近、あれに直面する機会が無かった、と。

 

 

 

(結局()()は一体……何だったんだ……? あれはトトさん曰く、()()()()のはず、なのに……今日サーナイトを暴走させかけた時も出て来なかった……?)

 

 

 

 それが出て来なくなったことで、多少はギガオーライズを制御できるようになったのではないか、とイクサは考えていた。

 しかし──何処かに引っ掛かるような違和感を感じる。

 重大なものを見落としているような──違和感だ。

 

「イクサ君っ!!」

「──ッ!」

 

 呼びかけられ、イクサは我に返る。

 手すりに寄りかかり、ずっとフリーズしていたらしい。

 

「……す、すみません、すぐに戻ります」

「……医務室の世話になるなら、遠慮はいらないよ」

「大丈夫!! ……大丈夫ですから」

 

 そう否定すると、イクサは──風呂場へと足を無理矢理運んだ。

 その姿を心配そうに、シャインとイデアは見つめる。

 

「……どう思う、博士」

「二輪車と同じさ。乗りこなせれば、あっという間にオオワザは身に付けられる。だけど、彼がスピードに耐えられるかは別問題だ」

「……転校生には不可能だと?」

「そうは言ってない。此処が一番の正念場だよ。だけど、無理をしたら壊れる。彼は──若すぎる」

 

 結局の所。

 何処までいってもイクサは、15歳の少年でしかないのである。

 故に身体も精神も、硝子そのものであることを、この場に居る二人は案じているのであった。

 

「支えるしかないよ。僕ら全員でね」

 

 イデアは──そう付け加えるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(……気張りもするよ。あともう少しで……ラズ先輩がいる場所に行くんだ)

 

 

 

 態勢を整え、更にクラウングループの追跡を逃れるルートを辿っているためとはいえ、猶予は残り3日程度。

 時間の無さがイクサを焦らせる。

 

(でも、手持ちの皆には……無理させられないしな……)

 

 それが余計に彼を焦燥感に駆り立てた。 

 何かあった時の切札は持っておくに越した事は無い。

 さもなくば、皆を守ることなど出来はしない。

 今この場でギガオーライズとオオワザの完成に近いのはイクサだ。

 他の皆の為にも自分がいち早く習得し終えて、手本にならねばならないという使命感がイクサの胸中にはあった。

 だが──それ以上に、皆を守れるだけの力を手に入れたかった。

 

(救う相手を選り好みする権利なんて僕には無い……全部だ。全部、守らなきゃいけないんだ……そのためには、手持ち全員を完璧な状態にしなきゃ……)

 

 霞む目。

 泥のように重い身体。

 シャワーでは物足りない。

 全て洗い流してしまいたい気分だ。

 このまま寝ると、余計に不快感が強くなるような気がした。

 

(……でも無いモンは、仕方ないよな……)

 

 それを引きずりながら、彼は──通路の一角に出て、脚を止めた。

 でかでかと大きな看板が立てかけられていた。

 

 

 

【大浴場・修理完了】

 

 

 

「……?」

 

 目を擦る。見間違いではないようだった。

 風呂──日本人の心の故郷がそこにはある。

 無いと思っていたものが何故かポップしたのを、怪訝がるイクサだったが──もう、考えている暇など無かった。

 

 

 

「あああああー……生き返る……」

 

 

 

 数刻後。

 すっかりイクサは、湯船に掴まり溶けていた。

 何で今の今になって大浴場が修理されたのだとか、何故壊れていたのだとかそういった疑問は全部流れていった。

 

「……疲れたな」

 

 ぽつり、とイクサは声を漏らす。

 

(……ごめん。君達はすっごく頑張ってくれるのに、僕は……僕の事ばっかりだ)

 

 ポケモンにも、トレーナーにも激しい負荷がかかるギガオーライズ。

 最初は、ポケモンの受ける苦しみを自分へ別つことができると喜んでいた部分が無いわけではない。

 しかし──なまじ自分が苦しみを受けるだけあって、ポケモンに掛かる負荷も想像できてしまう。

 イクサは、ポケモンの言葉が分からない。

 だが、こうして無理矢理にでも手持ち全てのオオワザの完成を急いでいるのは間違っているのではないか、と──

 

(ヤになっちゃうな。君達だって生きてるのに。本当は……君達を強くして戦わせるばかりがトレーナーの仕事じゃないはずなのにさ)

 

 今頃、回復マシンの中に入っているモンスターボール達。

 彼らは何を思っているのか。それをイクサが知る術はない。

 

(……参ったな。迷わないって決めたはずだったんだけどな。僕一人で戦ってるわけじゃ……ないからさ)

 

 

 

「──お邪魔するわよ」

「ん?」

 

 

 

 ふと。

 扉の方から声が聞こえた気がした。

 顔を上げたイクサは──思わず顔を逸らす。

 見覚えしかない少女。

 というか、恋人兼主人の姿がそこにはあった。

 堂々と、一糸纏わぬ姿で。

 

「待て待て待て!! 何で居るんですか、レモンさん!?」

「何を今更恥ずかしがってるのよ」

 

 イクサは──思い返す。

 そう言えば、大浴場の前に男湯だとか女湯だとかの表記が無かったことを。

 

「待って下さいレモンさん、そもそもこの風呂って──」

「壊れてたらしいのよ。それをデジーが修理したわけ。ちょろいもんだったらしいわ」

「そーですか……いや違う違う!! 此処ってまさか混──」

「普段は時間帯で男湯・女湯が切り替わるけど今回は貸し切りってところかしら。私がシャインと交渉したのよ」

 

 ──あんたがブッ壊した風呂を修理した上に、今まで散々迷惑かけられたから……分かってるわね?

 

 ──待ってくれ、私の美しさに免じて此処は私が一番風呂を──

 

 ──バカ兄貴……それは流石に通らんぞ……。

 

 ──分 か っ て る わ よ ね? 

 

 ──スイマセンデシタ

 

「交渉ですらねえ!! それで混浴に!? 幾ら何でもそれは無法すぎやしませんか、レモンさん!?」

「あら、何度も言ってるでしょう。私の前では私がルールよ」

「最悪だ……」

「それに、頑張っている騎士君を慰労しに来た──それだけじゃ不十分な動機だったかしら」

「うぐぅ……しかしですね……」

「あ、ずるーいっ!! ボクもボクもーっ!!」

「え”」

 

 声が追加され、イクサは更にギョッとした。

 悪戯兎もまた一糸まとわぬ姿で大浴場に入ってくる。

 

「いやー、流石マスカットグループ、スパリゾート施設の元締めってだけあって拘ってるよねーっ!!」

「何で君まで……」

「修理したのはボク!! じゃあボクも一番湯に入る権利はあるよね!!」

「もう一番湯じゃないけどな……」

「細かい事はいーのっ!」

「そうと決まったら……観念なさい、イクサ君」

 

 数刻後。

 イクサの脇を固めるようにして、美少女二人が湯船に浸かる。

 男の夢を具現化したようなシチュエーションではあるが、イクサは困惑が募るばかり。

 

 

 

(何この状況──ッ!?)

 

 

 

 加えて、これが両手に花──否、()()()()()()と言える状況であったことなど、この時イクサはまだ知る由もなかった。

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