「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――バ美肉配信者だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、VTuberの革命的な魅力と、未開拓な可能性を学ぶ。ここでは前世特定のような馬鹿げたことはやらん。これでもYouTuberかと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸くやべえやつ臭、ゆらゆらと立ち昇るてぇてぇ、ママの繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、幼女をママにし、赤スパチャを連打し、スパムにさえ布教をする方法である。――ただし、諸君らが人として最低限のマナーを弁え、配信者にエゴを押し付けないよう心がけるのであればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。確かにVTuberは魅力的だ。未来を感じる。エンターテイメントとしての広がりがある。推しが見つかると一瞬で沼るし、しかもその沼はどこまでも続いている。
「ポッター! 大規模コラボに自分の推しを加えると何になるか?」
最高のお祭りに日常の中心を加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンはちょうど十二窓同時視聴で脳が焼き切れた直後だった。ハーマイオニーは永遠の美少女なので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「最高のママに産んでもらっただけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。推せる個人勢を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、モーショントラッキングが機能する範囲で挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには個人勢が一体何なのか見当もつかない。企業勢ばかり追っていると個人勢の存在を忘れてしまうこともあるが、目を向ければそこには無数の魅力的なVTuberがいて、今この瞬間も活動しているのだ。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前にYouTubeを巡回しようとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。毎日アーカイブを消化してコラボをチェックして、そんな体力がどこから湧いてくるのかハリーにはわからない。スネイプは金と時間が無尽蔵に存在するとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手が物理エンジンの荒ぶりでぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、バ美肉おじさんと男の娘の違いは何だね?」
この質問でとうとうVRChat常連のハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。シェーマスがバ美肉すると爆発魔の魔女っ娘ということになるが、どうにも聞き覚えのある設定だ。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。VTuberは時折大規模なコラボ企画を開催する。そこに推しがいれば見にいく者も多いだろうが、しばしばそこで新たな推しを見つけ、幸福に包まれながら生活が圧迫されていく。個人勢どうしの繋がりを辿ればSNS上で新たな推しが見つかることもある。辿り着けた幸運に感謝しながら推せるうちに推すのだ。バ美肉おじさんと男の娘はどちらも中身が男性でアバターが女性だが、男性として扱うか、女性として扱うか、そこに暗黙の了解が発生していることが多い。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」
たまらずロンが叫んだ。
「でも先生! 先生みたいに中身の性格が終わっていたらすぐ炎上します!」
「だまらっしゃい!」