「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――愛の伝道師だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、女心の繊細な揺れ動きと、突然な恋物語を学ぶ。ここでは不純異性交遊のような馬鹿げたことはやらん。これでも同じ人間かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く愛おしさ、ゆらゆらと立ち昇る未来への希望、愛の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、恋人を伴侶にし、温かい家庭を築き、死後にさえ同じ墓で眠る方法である。――ただし、諸君らもよく知る校長が語る通り愛の魔法こそが最も強力であると諸君らが認めるのであればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。恋愛の話で結婚のことばかり口にして、具体的にどのような幸福がそこにあるのかは語らない、その童貞くささがひどく鼻につく。
「ポッター! プレゼントのテディベアにブランド品のネックレスを加えると何になるか?」
安牌に見えて人によってはドン引きすることもあるぬいぐるみのプレゼントに重すぎて気持ち悪いランキング上位を占めるアクセサリーのプレゼントを加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンは童貞丸出しの表情でメモを取るのに必死だった。ハーマイオニーはセンスがあるので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「有名人なだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。真実の愛を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには真実の愛が一体何なのか見当もつかない。そもそも偽りの愛とは何なのか。愛の妙薬から生まれた蛇太郎の話をしているのだろうか。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前にぬくもりを求めて彷徨おうとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ダーズリーの家にいたころ、ダドリーの無謀な恋愛相談に乗ったりプレゼント選びに付き合ったりはした。スネイプは恋愛が純粋な感情のみによって成立するとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、初めての恋と最後の恋の違いは何だね?」
この質問でとうとう恋愛ポエマーのハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。戦後、ダンブルドア軍団のメンバーから結婚報告がそれなりにあったが、シェーマスは音沙汰なしだ。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。テディベアというロマンチックで可愛いプレゼントにネックレスというロマンチックで実用的なプレゼント、これに喜ばないはずはない。真実の愛は常に心の奥にあり、それを引き出してくれる誰かを見つけることこそが人生だ。初めての恋と最後の恋はどちらも同じで、それ以外はすべて偽りの恋でしかない。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」
たまらずロンが叫んだ。
「でも先生! そんなのだからそんなにそんなままなんじゃないんですか!」
「だまらっしゃい!」