「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――名シーカーだ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、原作者の微妙なセンスと、厳密な設定を学ぶ。ここでは夢設定を振り回すような馬鹿げたことはやらん。これでも二次創作かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く翻訳への苛立ち、ゆらゆらと立ち昇るポッターモアの情報、魔法界を這い巡る物語の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとハーマイオニーはロンにちらりと目をやった。ロンはクィディッチの話になると理性を失うのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名案を原稿にし、傑作を出版し、教会にさえ禁書指定をさせる方法である。――ただし、敗北のたびに箒を燃やす極東の狂人どもより諸君らがまだまともであればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。日本のクィディッチチームであるトヨハシテングは強豪と名高いが、チームが負けると乗っていた箒を燃やすという奇妙な風習を持つ。裏を返せば箒の個体差にパフォーマンスが大きく左右されないだけの技術を持っているのかもしれないが、それにしたって無駄に思える風習だった。
「ポッター! 相手チームの選手に魔法の矢での攻撃を加えると何になるか?」
スポーツマンシップに則って競う相手にファウルなんて次元じゃない攻撃を加えると何になるって?
ハリーはハーマイオニーにちらりと目をやったが、ハーマイオニーは「さっぱりだ」という顔をしていた。ロンはクィディッチファンなので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「父親似なだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。試合中行方不明になった審判を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ロンが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには審判が行方不明になる理由が一体何なのか見当もつかない。進行を妨害して掴む勝利を喜ぶ感性がハリーには理解できないのだ。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前に試合記録を閲覧しようとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ダーズリーの家で生活するハリーにとって魔法界のスポーツほど情報の入手が困難なものもない。それにダドリーは箒に乗れない。スネイプはハリーがクィディッチのためだけにダンブルドアの言いつけを破って漏れ鍋に下宿するとでも思っているのだろうか。
スネイプはロンの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、新しい作戦と反則行為の違いは何だね?」
この質問でとうとう推しチームが100年以上優勝していないロンは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ロンがわかっていると思いますから、彼に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。クィディッチワールドカップで気まずい雰囲気になったのが休暇中唯一の出番だった男だ。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。相手チームの選手に対する魔法の行使は700ある反則行為の中で最もわかりやすいひとつであり、1750年に制定された公式ルールにも反する。試合中に審判の箒がポート・キーに変えられて失踪する事件はそれほど珍しくなく、サハラ砂漠で発見される例が多い。クィディッチの反則リストは悪用を恐れて公開されていないが、熟練プレイヤーはその多くを把握しているため、既存の反則から新たな作戦が生まれることもある。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」
たまらずハーマイオニーが叫んだ。
「でも先生! こんなスポーツに熱狂するのが魔法族の常識なんですか!」
「だまらっしゃい!」