○○を教えるスネイプ先生   作:海野波香

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また×5ウィザーディング・ワールド学を教えるスネイプ先生

「ああ、ここにおわすは、ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――ヒーローってやつだ」

 

 薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。

 

「このクラスでは、日本語訳のビミョーなセンスと、糞ったれな過ちを学ぶ。おっと、だがここでは個人攻撃みたいな馬鹿はやらないぜ? これでも公式訳かって諸君が多いかもしれない。ふつふつと沸くジョークへの寒気、ゆらゆらと立ち昇る時代錯誤、言葉の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」

 

 褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。

 

「野郎ども……おっと、失礼。諸君がこの見事さをマジに理解するとは期待してない。我輩が教えるのは、名作をギャグ小説にし、キャラクターを破壊し、闇の帝王にさえお辞儀を求めさせる方法。――まあ、公式日本語訳をこよなく愛する読者より諸君らが訳に懐疑的であればの話、だけど」

 

 大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。日本語版ハリー・ポッターシリーズの日本語訳にいささかの問題があることは周知の事実であり、誤訳をまとめたwikiも存在しているほどだ。ただ、この翻訳によってハリー・ポッターシリーズが日本でベストセラーになったのも事実だった。

 

「ポッター! アルバス・ダンブルドアの称号である ”Supreme Mugwump, International Confed. of Wizards” に日本語訳を加えると何になるか?」

 

 『最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員』以外の何になるって?

 ハリーはロンにちらりと目をやったが、ハリーと同じように「お手上げだ」という顔をしていた。ハーマイオニーはもちろん英語ネイティブなので空中に高々と手を挙げた。

 

「わかりません」

 

 スネイプは唇をめくりあげて笑った。

 

「おったまげー、君、翻訳者だっていうのに英語わからなくなっちゃったのかい? ポッター、もう一つ訊こう。いやに愛想のいい我輩を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

 ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには愛想のいいセブルス・スネイプが一体何なのか見当もつかない。少なくともこの授業では普段よりずっと愛想がいいのに、これ以上の何かを探せと言うのだろうか。

 

 マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。

 

「わかりません」

「ガーン、ってやつだ。クラスに来る前に原語版も読破しようとは思わなかったわけかい?」

 

 ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。確かにわけがわからないところもあるが、ハリーは公式訳を疑うことなく読んだ。スネイプは誰もが公式訳を嫌っているとでも思っているのだろうか。

 

 スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。

 

「ポッター、我輩の最期の言葉における原語と日本語訳の違いは何だね?」

 

 この質問でとうとう誤訳wiki編集メンバーのハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。

 

「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 

 生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。クィレルにゾンビの倒し方を質問していたが、メタの存在である翻訳者の倒し方はわからなかったようだ。

 

 しかし、スネイプは不快そうだった。

 

「座れよ。……教えてやろう、ポッター。”Supreme Mugwump, International Confed. of Wizards” は本来ひとつの称号であり、国際魔法使い連盟の中で最も優れた魔法使い、つまり国際魔法使い連盟会長を意味するというのが原作者によってポッターモアなどで明言された設定だ。いやに愛想のいい我輩は『ハリー・ポッターと賢者の石 第16章 仕掛けられた罠』で中庭にいるポッター達に声をかけたとき目撃された。原語ではsmoothly、平坦とか滑らかとかそういった意味合いだ。我輩は最期に “Look at me.” と言い残したが、ここには振り返ってほしい彼女への気持ちとこれまで守り続けたハリー・ポッターへの気持ちの両方がこもっており、一人称を『僕』としたのは軽率と言わざるを得ない。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」

 

 一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。

 

「ポッター、君の無礼な程度で、グリフィンドールは1点減点」

 

 たまらずロンが叫んだ。

 

「でも先生! マーリンの髭って言わなきゃ僕が誰だかわからない人もいます!」

「だまらっしゃい!」

 

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