「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――博徒だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、ギャンブルの邪悪な快感と、不毛な中毒性を学ぶ。ここでは生活費全つっぱのような馬鹿げたことはやらん。これでも博徒かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く屑運への苛立ち、ゆらゆらと立ち昇る全負けの気配、ギャンブルの繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、種銭を百倍にし、給料をボーナスにし、隣人にさえおすそ分けをする方法である。――ただし、諸君らが常に勝ち続ける運命力を持った伝説のギャンブラーであればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。誰がどう考えたってギャンブルで稼ごうとするのは馬鹿の思考なのだが、限界が極まると一縷の望みをかけたくなるのだ。限界な時点で運も枯れていることには気づかないふりをする。
「ポッター! 元手に食費を加えると何になるか?」
どうせ全部消える金に生存のための必須コストを加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ガリオンくじで一度いい目を見たので競馬新聞を読み漁っていた。ハーマイオニーは競輪選手の尻が好きなので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「流れが来ただけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。イカサマの見本を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーにはイカサマの見本が一体何なのか見当もつかない。見てわからないからイカサマなのだ。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前に一勝ちしようとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ダーズリーの家にいたころ、ダドリーのお小遣いをくすねて軽く遊んだりはした。スネイプはハリーが素人だとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、賭場荒らしとカモの違いは何だね?」
この質問でとうとう素寒貧のハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。流されやすく思い込みが激しいシェーマスはギャンブルでドツボにはまるタイプだ。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。元手に食費を加えるとおおむね消し飛び、値引きシールのついた一番安い弁当すら食べる余裕がなくなる。空腹で思考が鈍ると次の日は生活費も突っ込みかねない。イカサマの見本と称するビデオを売りつける詐欺が一時期流行ったが、実際は何の役にも立たないから買わないほうがいい。賭場荒らしは稼いで帰るが、カモは鼻血まで絞られて帰る。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な程度で、グリフィンドールは1点減点」
たまらずロンが叫んだ。
「でも先生! ハリーに有り金全部預けたらワンチャンあると思います!」
「だまらっしゃい!」