「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――ひと夏の思い出だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、夏休みの鮮烈な記憶と、ほろ苦い憧憬を学ぶ。ここでは宿題のような馬鹿げたことはやらん。これでも学生かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く興奮、ゆらゆらと立ち昇る蜃気楼、童心の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、夜闇を花火色にし、自転車をかっ飛ばし、深夜にさえバカ騒ぎをする方法である。――ただし、我輩がこれまで教えてきた真面目馬鹿たちより諸君らがまだましであればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。教師にあるまじき発言だが、生徒にとっては理想の教師だ。ただ、それがセブルス・スネイプとなると気味が悪かった。ましてや今日はクリスマス休暇中の特別講義だ。
「ポッター! 市民プールの予定にカレーの夕飯を加えると何になるか?」
夏休みでトップクラスにテンションが上がるスケジュールにこれまた最高の夕飯を加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ハリーと同じように「マジ最高だ」という顔をしていた。ハーマイオニーは馬鹿真面目なので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「ダーズリーの家を脱しただけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。一番きれいなシーグラスを探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーにはシーグラスが一体何なのか見当もつかない。海の底で波と砂に揉まれ、まるで宝石のようになったガラス片の美しさをハリーはまだ知らないのだ。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。たとえ黒歴史でもマルフォイにとっては青春の思い出だし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前に気になるあの子と海岸を散歩しようとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ハリーにとって夏休みはダーズリーの家で過ごす最悪な時間だった。隠れ穴で過ごす時間が増えてからは楽しい思い出で埋まっていったことで、ハリーはようやく夏を好きになれたのだ。スネイプは誰でも最初から夏休みをエンジョイできるとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、夏が始まる興奮と夏が終わる切なさの違いは何だね?」
この質問でとうとう隠れポエマーのハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。シェーマスやディーンと過ごす夏休みがあってもいいはずだったのだが、結局そんな夏は来なかった。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。市民プールではしゃぎにはしゃいで帰ってきたらカレーの匂いが鼻腔をくすぐる、この瞬間にテンションが爆発しない子どもはいない。一番きれいなシーグラスを探すだけの一日を送った記憶は走馬灯を彩ってくれる。夏の始まりと夏の終わりはどちらも感情を揺さぶるが、始まりの興奮に包まれている間に気づけば終わりが迫り、切なさだけを残して夏が去っていく。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な程度で、グリフィンドールは1点減点」
そのとき突然教室の壁を突き破ってブラッジャーが飛び込んできた。さらに続いて箒に乗ったマクゴナガルが奇声を上げながら教室の天井近くを飛び回り、星型のサングラスを落として去っていった。
スネイプが鼻を鳴らした。
「グリフィンドールの寮監という役職はずいぶん暇なご様子だ」
「でも先生! 先生は夏休みに休暇は取れましたか!」
「だまらっしゃい!」