「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――対闇の帝王専用兵器だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、原作者の微妙なセンスと、厳密な設定を学ぶ。ここでは夢設定を振り回すような馬鹿げたことはやらん。これでも二次創作かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く翻訳への苛立ち、ゆらゆらと立ち昇るポッターモアの情報、魔法界を這い巡る物語の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名案を原稿にし、傑作を出版し、教会にさえ禁書指定をさせる方法である。――ただし、妄想に限りなく近い考察記事を真に受けて受け売りで語るウスノロたちより諸君らがまだましであればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。ウィザーディング・ワールドの設定は膨大だが、そのほとんどが断片的で、結局は想像で補完するしかない。その想像が後出しでひっくり返されることもある。その状況で妄想を抜きにした考察記事を誰が書けるというのだろう。
「ポッター! ウィーズリー家の金庫に入っていた総資産に公式の為替レートを加えると何になるか?」
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンは急に身内の恥を公にされて絶望の表情を浮かべていた。ハーマイオニーはこういうとき残酷なまでに無邪気なので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「魔法戦争を生き残っただけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。自由に使えるゴブリン銀を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーにはゴブリン銀が一体何なのか見当もつかない。自身を強化するものを吸収する性質を持つ金属で、ゴブリンにしか扱えないとされており、分霊箱の破壊に役立った。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前に後見人の実家を家探ししようとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。シリウスのことは大好きだ。しかし、シリウスがスネイプに対して人間的に問題のある言動を繰り返していたのは事実だし、そこを認めないファンがシリウスのことを本当に好きだとは思えない。スネイプはハリーがシリウス最推しの夢男子だとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、ファッジとスクリムジョールの違いは何だね?」
この質問でとうとうグレンジャー魔法大臣は椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。ハリーを糾弾しようとしたときにロンが敵に回ると思わなかった間抜けな男だ。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。ウィーズリー家の金庫に入っていた硬貨は1992年時点で1ガリオンとシックルが一握りだった。1ガリオン5ポンドの固定レートで取引されているため、金庫に入っていたのは最大限まで多く見積もっても10ポンド以下ということになる。日本円に換算すれば2000円程度だ。ゴブリン銀は一見すると希少に思えるが、マンダンガス・フレッチャーに盗まれたブラック家のゴブレットがゴブリン銀製だった。フリットウィックがハーフゴブリンであり、その縁を辿るという手もあっただろう。ファッジもスクリムジョールも魔法大臣としては不十分に見えるが、ファッジは平時の大臣に適しており、スクリムジョールは有事の魔法法執行部長として優れており、時代と人材不足が両者を無能に見せた。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な程度で、グリフィンドールは1点減点」
たまらずロンが叫んだ。
「でも先生! 結局勝ったんだから途中のことは全て些事です!」
「だまらっしゃい!」