「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――香具師だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、インターネット老人の骨董品なギャグセンスと、記録的な停滞を学ぶ。ここではageのような馬鹿げたことはやらん。これでもネット民かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く名作Flash、ゆらゆらと立ち昇る釣り臭、おまいらの繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、クソスレを名スレにし、政見放送を切り貼りし、現実にさえ蓋をする方法である。――ただし、我輩がこれまで見送ってきた801板への刺客より諸君らがまだましであればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。何もかもが化石だし、この発言を録音して競売にかければ博物館が入札するかもしれないくらいには古ぼけている。『電車男』が時代小説に分類される日もそう遠くない。
「ポッター! 人気ボカロ曲に歌い手を加えると何になるか?」
いまやメジャー文化になりつつあるボーカロイドに、これまたメジャーデビューの多い歌ってみた投稿者を加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンはイケボ歌ってみたを聴いて耳が妊娠していた。ハーマイオニーはマジレスで有名なクソコテなので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「ニコ厨なだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。安全なネトメシを探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーにはネトメシが一体何なのか見当もつかない。鶏ハムを作るギコ猫のFlashはどこで見れるのだろうか。もうFlashのサポートは終了するというのに。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前に半年ROMろうとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。もはや検索エンジンすら使われなくなって情報収集の場がSNSに移行した時代で、ROMは死語と化した。スネイプは自分がまだクラスのPCに強い頼れるあいつだとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、ファンと信者の違いは何だね?」
この質問でとうとうネット論客のハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。シェーマスの爆発ネタが映画のラストで能力として回収されるのはさながらジャンプの異能力バトルのようだった。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。ボカロPと歌い手が不仲だという雰囲気が一時期流れたが、実際は双方のファンの一部がやりあっていただけで、両者ともに文化として安定しつつある。ただMIXやイラストの職人にもたまには目を向けてほしいと我輩は思う。YouTubeにも料理動画が溢れかえる現代でネトメシに疑いを持つほうが難しくなりつつあるが、料理初心者は素直に白ごはん.comや土井義晴先生のレシピに頼るのがよかろう。ファンと信者の間に境界線はなく、それゆえにファンは気を引き締めねばならない。ポッターの取り巻きにも同じことが言える。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、オリバンダーが言った。
「不思議じゃ、実に不思議じゃ。2ちゃんねるの数字が変わり、としあきたちがいよいよ巣穴から出なくなった今、かつて忌み嫌っていたニコニコの住人すらもネットでは古の民となりつつある。ポッターさん、あなたはきっと偉大なことをなさるに違いない……ハンバーガーと道化の教祖もある意味では、偉大なことをしたわけじゃ……」
ハリーは身震いした。インターネット老人があまり好きになれない気がした。ドナルド・マクドナルドの姿も世界からは消えつつあるのに、この人は何を言っているのだろう。ロンがハリーを肘でつついた。
「ランランルーってなんなんだ、って感じだよな」