「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――名シェフだ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、食レポの微妙な文法と、厳密な不文律を学ぶ。ここでは荒らしのような馬鹿げたことはやらん。これでもレビューかと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く唾液、ゆらゆらと立ち昇る食欲、料理の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、美味を讃美歌にし、定番を酷評し、備品にさえ口出しをする方法である。――ただし、我輩がこれまでに訪問してきた三流ブロガーよりも諸君らがまだまともな舌を持っていればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。どう考えてもイギリスで生まれ育って舌が肥えているはずがないのだ。ホグワーツ在住の育ち過ぎたコウモリと違って、生徒は卒業したらホグワーツの食事に別れを告げなくてはならない。魔法族は誰しも美味を探してさまよう宿命を背負っている。
「ポッター! 食レポ個人ブログに点数評価システムを加えると何になるか?」
自己満足の遊びに主観しかない数字を加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ハリーと同じように「食えればそれでいい」という顔をしていた。ハーマイオニーはグルメなので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「外食好きなだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。情報サイトに載っていない名店を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには名店が一体何なのか見当もつかない。いくらおいしくても大手情報サイトに載っていないと予約でクーポンが使えない。ハリーにとって外食とは飲み会であり、とりあえずハイボールと唐揚げがあれば満足なのだ。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前にちょっと一軒覗いてこようとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。おいしい食事を探す時間的余裕を作ろうとすると今度は金銭的余裕がなくなる、この世知辛い世界を救う宿命の元にハリーは生きている。スネイプは自分がビッグマック片手に高みの見物ができる御身分だとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、長文レビューとポエムの違いは何だね?」
この質問でとうとう自称ブロガーのハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。シェーマスがうるさくて目立たないが、ディーンは元カノのジニーがハリーとくっついても素直に仲良くできるいい男だ。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。食レポ個人ブログに点数評価システムを採用すると基準が存在しないため自己矛盾をきたし、さらには店側のファンが満点でないことに不快感を覚えてお気持ち表明にやってくる。情報サイトに載っていない名店はGoogleマップで見つけるのが定番だったが、最近の我輩はInstagramのタグを漁っている。誰も聞いていない近況報告から始まる長文レビューはポエムと言って差し支えない。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ドラコ、君の食欲が失せる青白い顔で、スリザリンは1点減点」
たまらずマルフォイが叫んだ。
「ホグミスで突然ホリデーブラマンジェについて語りはじめたくせに!」
「だまらっしゃい!」