「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――得意先だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、社交辞令の面倒な慣習と、陰鬱な内実を学ぶ。ここではマジレスのような馬鹿げたことはやらん。これでも人間の社会かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く上司への苛立ち、ゆらゆらと立ち昇るご近所付き合いのしがらみ、言葉の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、苦情を謝罪にし、暴言を軟化し、殺意にさえ蓋をする方法である。――ただし、我輩がこれまでに教えてきた半沢かぶれたちより諸君らがまだ冷静であればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。確かにスネイプがパワハラ上司に平身低頭で接し続けてきた実績は誰もが知るところだが、ハリーもロンも社交辞令で胃を痛めるような職場で苦しむ未来は望んでいないのだ。未来に夢見て今を生きていたい、そんな若者だった。
「ポッター! それほど親しくない知人への近況報告に家族や友人との旅行写真を加えると何になるか?」
微妙に会話の種に困る相手にちょっと自慢したくなる思い出を加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンはおもむろにエジプト旅行の写真を取り出そうとしていた。ハーマイオニーはぼっち時代の感覚が残っているので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「有名校卒なだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。同窓会で話し相手を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには同窓会が一体何なのか見当もつかない。「卒業してからも会いたい人とは会ってるし同窓会開かなくてもよくない?」と口にして同窓会が苦手な人に救いを与えようとした結果、普段会っていない人がもっと疎遠になるタイプなのだ。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前に社会経験を積もうとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ダーズリーの家にいた時、やり過ごし方を学びはした。スネイプは社会経験のために学生時代からバイトやサークル活動に参加しない若者は社会不適合者だとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、親切とお節介の違いは何だね?」
この質問でとうとうお節介焼きのハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。シェーマスのママがいかに社会的な人物かを見れば、ホグワーツ卒生の社会性がわかるというものだ。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。いかにもな幸せ自慢はかなりの割合で人の神経を逆撫でするうえ話が膨らまない。同窓会で話し相手を探すような状況に陥る奴はそもそも同窓会を楽しめない。親切心からの言動で求められていないものを押し付ける様子はしばしばグレンジャーが披露してくれる。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」
たまらずロンが叫んだ。
「でも先生! 先生も好きな女の子にちゃんと気持ちを伝えてません!」
「だまらっしゃい!」