NHK公式【べらぼう】脚本を務めた森下佳子さんが、最終回を前に各話のこぼれ話を振り返ります。#大河べらぼう
べらぼう第48回「蔦重栄華乃夢噺」放送は12/14(日)。15分拡大版です。
第9回 玉菊燈籠恋の地獄
蔦重と瀬川、お互いの思いがわかると共に、その思いを手放す回です。蔦重は吉原からの「足抜け」を考え……という筋書きです。とはいうものの、この「足抜け」。言葉では聞くものの実際のとこどういう段取りで吉原の外へ出るものか、そこがなかなか謎でした。残された絵で見ると、女郎屋の二階から屋根づたいに抜けていたりするんですよね。でも、首尾よく女郎屋は抜けられたとて、大門は抜けられないと思うんです。男はいいけど、女が出入りするのは目立ちますから。普通はまぁここで見つかっちゃうでしょう。これはもう亡くなった方を送り出したりする吉原の「裏木戸」から抜けるしかないのか、などとグルグルしていたところ、先生方から教えていただいたのが「玉菊燈籠」の存在でした。この日は女の人も切手さえあれば、自由に出入りできる。かつ、切手を切るのは五十間道の引手茶屋!ということで、本編のような段取りになりました。使われなかった玉菊燈籠の切手、これがまた切なさを盛り上げてくれたりもして、ありがたいご教示でした。この瀬川の切手の名は台本にはなく、現場の粋な計らいなんです。ホント私助けられてばっかだな。ちなみに、「足抜け」を実行した新之助&うつせみ、お二人のクランクインはなんとこの回のボコボコにされるところからなんです。役者さんにも助けられてばかりです。
第10回 『青楼美人』の見る夢は
『青楼美人合姿鏡』誕生の回。思えば、ここに描かれた本を読む瀬川の姿があってこその、蔦重&瀬川話でした。『青楼美人』は女郎たちのスナップ的な絵なので、瀬川は普段からよく本を読む、本が好きな花魁だったのかも、というところがこのカップリング妄想の原点。この回は監督とのやりとりが心に残っています。瀬川の最後の花魁道中に入る際の入り方をかなり話し合ったんですよね。私は登場人物の気持ち、この場合は蔦重が瀬川に「夢を見続ける」と宣言をした気持ち、された気持ち、その二人の気持ちにザーッと乗っかったまま、始まっている道中のシーンにスイッチングしたかったんですが、監督は道中が始まる前の一拍をおきたい、つまり、見物客がいる中に瀬川を登場させたいという意向。でもそうすると二人の気持ちは仕切り直しになっちゃう、ということで話は平行線……。結局、まぁ、最終的にはあがったものの編集で決めれば良い話でしょうということになったんです。で、本編を見て、感動。衆人環視の静寂の中、外八文字を刻む音、その軌跡、見ている人たちはきっとその道中に、二人の歩みを重ねて物思う……。この演出には脱帽でございました。ぜひ、本編でご覧くださいませ。ちなみに、このシーン撮影に2日かかったそうです。お稲さん曰く、「もう瀬川を送り出したことに感動してんだか、終わったことに感動してんだかわかんなくなった」そうです(笑)。
第11回 富本、仁義の馬面
蔦重が富本正本の出版の権利を獲得する回です。四民の外とされている者たち(富本の師匠は実は違いますけどね)がその意気によって手を結ぶ話にしよう、と、までは決めていたのですが「もうちょいと馬面太夫のことが知りたい」ということでリサーチを開始。その中で当時のややこしい三味線の派閥争いが発覚し、ついでに検校の存在も関わることができるのではないか、という可能性も判明。なんの力もない蔦重が富本正本を出す権利をゲットできたのは、実はこういう裏事情があったのかも!と、いうことで、本編のようなお話となりました。意外なところから繋がってもおかしくないことが見えてきて、点と点が線になっていく。ホント『べらぼう』ではよくこんなことが起こりました。この回は放送で変更された箇所があります。できればこうなる前にご判断いただきたかったなぁとは思うものの、その意味は理解しております。しかしながら、足りない私なりに「吉原で生きてきた人ならこういう風にいうかな」と考えたセリフでもあり、里津さんもそのやりきれない心情を丁寧に表現してくださった様子がうかがえます。電子シナリオの方はそのままになっておりますので、どうにも気になる方はご確認の上、頭の中でガッチャンコして見てくださいな。結果、宣伝になっちゃってますね。すみません……。
第12回 俄(にわか)なる『明月余情』
俄!!いやぁ、この回は熱かったですね。蔦重のドラマを描きつつ、そこに「ありし日の俄のお祭りを再現する!」というチャレンジが乗っかった回。そもそもの発端は蔦重の残した『明月余情』という三冊の絵本。俄祭の出し物の紹介本なのですが、そこに描かれた出し物は面白そう、しかもまた、春章先生の絵が生き生きとその様子を描きだしていて思わず見入ってしまう仕上がり。「これ、当時の人にとってはテレビ中継的な役割だったんですかねぇ」と、Pとしみじみ。で、見ているうちに思っちゃったんですよね。
「このお祭り、私も見たいかも。見たくない?」
その気持ちは「きっとみんなも見たいんじゃないかな」「だって誰も見たことないんだもん。これはやるべきだよ!」と都合よく転化され、蔦重の残した本を元に祭を再現するというチャレンジが始まったのでした。その汗と涙の日々については『100カメ』という番組で紹介されておりますので、ぜひご覧いただければと存じます。ちなみにこの『明月余情』、喜三二先生の描いた序も素晴らしかったです。
「我と人と譲りなく、我と人との隔てなく、俄の文字が整いはべり」
これぞ祭の真髄。この回を貫く、背骨、スピリットとさせていただきました。