藤井家は国替えを経て、常陸国(茨城県)から久保田(秋田市)へ移住した武士の一族だといわれ、何代目かが医者となり、江戸中期には大曲(大仙市)に住んだ藤井某がいたとされ、江戸末期になると久保田と大曲に薬店を開いた。 明治維新を経て、個人経営としては久保田を本店とし、1871年に東京神田、1873年に大曲に支店を開業。
「秋田美人」「きりたんぽ」「なまはげ」「秋田犬」などが連想されがちな秋田県―。しかし、県域は古くから縄文文化が栄え、稲作も二千年前から行われていた。南北朝期以降、浅利・小野寺・安東(秋田)氏など鎌倉以来の中小領主がしのぎを削る。関ヶ原合戦を機に、秋田氏などに代わって常陸の佐竹義宣が秋田地方に移封。県域の大部分を統治する秋田藩とその他の小藩が分立する形で、江戸時代を推移した。幕末には奥羽越列藩...