東京龍角散秋田支局旧藤井薬舗というアカウントから、創業家は水戸藩出身ではない間違えるなと高圧的なコメントが届きましたと投稿している人がいますが、どうやったらそんな解釈になるのでしょうか? こちらは支局とつけておらず、高圧的に説教していません。印象操作しない。それでは弁護士は動きません。子供じみた悪戯はやめなさい!

Joined September 2021
香川照之さんが龍角散のCMで演じたキャラは藤井龍庵(モデルは正亭治)、撮影場所は峰浜地区(八峰町)、舞台は美郷町六郷という設定。 しかし正亭治は1825年生まれかつ、大仙市大曲の生まれとも、江戸で生まれた説があります。 ※秋田藩が湯川清四郎から甘草の苗を買ったのは1825~26年の話です。
美郷町の場合は、龍角散に使われたカンゾウ(甘草)が六郷高野村で植えられていたと主張していますが、年代が合いませんので、お気をつけください。 なぜ、湯川家がカンゾウを植えていたか?は分かっていないようですね。 そしてこれは実際にはノカンゾウだったと言われています。
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定期:#台東区 上野の話題。 藤井得三郎商店(#龍角散)の支店は、かつて東京の上野町(#上野市)に存在し、#アメ横#アメヤ横丁)の近くにあったと言われています。 なお浅草にある #フジヤ薬房 は、得三郎商店出身者が開いた店です。
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美郷町の場合は、龍角散に使われたカンゾウ(甘草)が六郷高野村で植えられていたと主張していますが、年代が合いませんので、お気をつけください。 なぜ、湯川家がカンゾウを植えていたか?は分かっていないようですね。 そしてこれは実際にはノカンゾウだったと言われています。
龍角散が八峰町で生薬栽培している理由は? ↓↓↓ 龍角散にいた加賀亮司の出身地が、合併前の八森町であり、八峰町の町会議員である同級生に生薬栽培の話を持ちかけた。 ↑↑↑ これが正解。 因みに香川照之さんのCMの風景は、八峰町の峰浜地区であり、美郷町ではありません。
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当方のアンチのアカウントを調査していたところ、彼らが1日中ポストしているのに対して、それをほとんど見ている人もいない(表示が10~20。よくて100行くかどうか)のを確認し、こちらはポストする量を減らしていました。
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龍角散が八峰町で生薬栽培している理由は? ↓↓↓ 龍角散にいた加賀亮司の出身地が、合併前の八森町であり、八峰町の町会議員である同級生に生薬栽培の話を持ちかけた。 ↑↑↑ これが正解。 因みに香川照之さんのCMの風景は、八峰町の峰浜地区であり、美郷町ではありません。
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ちなみにいくつか資料を見ても、「開発」とは書いていないですね。製造、考案という言葉になっている。 ですからね、六郷の薬草から龍角散を開発した、と主張しているのは美郷町や仙北市の関係者であると言われています。 不確かなエピソードを広める連中にご注意ください。
龍角散のルーツは美郷町にある 龍角散の原型に使われた薬草は六郷のもの ↑↑↑これはあくまでも美郷町が主張しているだけであり、様々な資料と話が合いませんのでご注意ください。 ※これをやると龍角散と美郷町は~、六郷は~とムキになる人がいます。TLにご注意ください!
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龍角散のルーツは美郷町にある 龍角散の原型に使われた薬草は六郷のもの ↑↑↑これはあくまでも美郷町が主張しているだけであり、様々な資料と話が合いませんのでご注意ください。 ※これをやると龍角散と美郷町は~、六郷は~とムキになる人がいます。TLにご注意ください!
所謂、テセウスの船をやってしまったのは、秋田県の美郷町と仙北市だと言われております。なので、疑問点等はそちらへ問い合わせください。 秋田市と大仙市、東京台東区と千代田区、そして茨城県水戸市に伝わる説と合わなくなっています。 コミュニティで拡散したのは、拡散した人の責任です。
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所謂、テセウスの船をやってしまったのは、秋田県の美郷町と仙北市だと言われております。なので、疑問点等はそちらへ問い合わせください。 秋田市と大仙市、東京台東区と千代田区、そして茨城県水戸市に伝わる説と合わなくなっています。 コミュニティで拡散したのは、拡散した人の責任です。
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一時期晒していましたが、龍角散の話題になるといた、とある医療従事者の方のアカウントが、いつの間に当方をブロックして逃げていたことがありました。
これまでもポストしましたように、観光ガイドさんが龍角散について、~と説明したから正しいのか? そして薬剤師さんであったり、登録販売者の方が説明したから、それが正しいことなのか? それをしっかりと見極めていかなければなりません。 どんどん狙っていけ!
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これまでもポストしましたように、観光ガイドさんが龍角散について、~と説明したから正しいのか? そして薬剤師さんであったり、登録販売者の方が説明したから、それが正しいことなのか? それをしっかりと見極めていかなければなりません。 どんどん狙っていけ!
1月以来の定期: さて、 ブラウブリッツ秋田と言えば? この人の行動範囲からして、秋田市の皆さんとどこかで会っている可能性大。 もう1人。 秋田市の、、、。この人と凄く近い人いますよ。気をつけて。 この人を辿ったことで、さらなる情報が出てきたのが、3年半以上も前でした。
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再掲載: #秋田県#美郷町#生薬の里 にしたいんだよ そのためには #龍角散 の藤井玄淵、玄信は六郷出身の親子でなくてはいけないんだよ #ドラえもん 〜〜〜 的な街なんですね。 親にお小遣いを強請る延長でしかないんですね。 まず、ちゃんとした大人になってくださいよ。 #テレビ朝日
龍角散は六郷(美郷町)の町医者の一家に伝わる秘伝薬が原型となったという事実はありません。 藩医を町医者の話にしたい連中がいるのでしょう。 詐欺注意! #特殊詐欺 #詐欺といえば
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龍角散は六郷(美郷町)の町医者の一家に伝わる秘伝薬が原型となったという事実はありません。 藩医を町医者の話にしたい連中がいるのでしょう。 詐欺注意! #特殊詐欺 #詐欺といえば
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1月以来の定期: さて、 ブラウブリッツ秋田と言えば? この人の行動範囲からして、秋田市の皆さんとどこかで会っている可能性大。 もう1人。 秋田市の、、、。この人と凄く近い人いますよ。気をつけて。 この人を辿ったことで、さらなる情報が出てきたのが、3年半以上も前でした。
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こうやっていると、例によって、ムキになって龍角散は美郷町の物なんだ~とやる人が出てくる可能性がありますので、先回りしてポストしておきますね。 皆さんのTLに、 「丸山さん、誰それ?」 「六郷町史には~」 って人はいませんか?
※藤井家を六郷出身(#美郷町)と書いているのは「六郷町史」のみ。 常陸国(#茨城県)から久保田(#秋田市)に入り、大曲へ移住したと書いてるのは、丸山浩一(日本家系図学会常任理事。家系研究協議会名誉会長)さんの著書です。 他にも国替えの時、国替えの少しあとに久保田へ来たという説が。
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※藤井家を六郷出身(#美郷町)と書いているのは「六郷町史」のみ。 常陸国(#茨城県)から久保田(#秋田市)に入り、大曲へ移住したと書いてるのは、丸山浩一(日本家系図学会常任理事。家系研究協議会名誉会長)さんの著書です。 他にも国替えの時、国替えの少しあとに久保田へ来たという説が。
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大曲の花火は、 1910年(明治43年)に「第一回奥羽六県煙火共進会」が開催大曲(大仙市)にある神社祭典の余興花火として開催されたのが始まりとされ、翌11年(明治44年)の第2回大会に、参加者として名前がある藤井某とは当家の関係者です。 実は、当家はこの人の名義で寄付をしています。
大曲の花火・春の章でここを通る方へ。 龍角散の店があったのは、現在の大仙市大曲の大町角(旧時計屋さんがあった場所)。 そして信用金庫さんの直ぐ横、現在のえがお上大町さんがある辺りから、浜町の空き地付近には龍角散の屋敷があったんです。
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大曲の花火・春の章でここを通る方へ。 龍角散の店があったのは、現在の大仙市大曲の大町角(旧時計屋さんがあった場所)。 そして信用金庫さんの直ぐ横、現在のえがお上大町さんがある辺りから、浜町の空き地付近には龍角散の屋敷があったんです。
龍角散の店があったのはまさにこの場所。現在の大仙市大曲の大町角(旧時計屋さんがあった場)。 そして信用金庫さんの直ぐ横、現在のえがお上大町さんがある辺りから、浜町の空き地付近には龍角散の屋敷があったんです。 皆さん、ご存知でしたか?
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#秋田県 #大仙市 では、4月27日に大曲の花火・春の章が開催されます。 現在の信用金庫(当時の駅場)の後ろ付近には、かつて #龍角散 の屋敷が存在しました。 藤井家は江戸の昔、江戸中期~或いは文化年間には大曲の村に住んでいたと言われております。 #花火の街大曲
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定期:当家を秋田県出身の家みたいにポストしている方が多数いますが、藩の武士、または御殿医と言いますのは、参勤交代があれば代々江戸に住んでいます。 そのため当家のルーツは江戸であるという説も存在します。 有名なアカウントがポストしたから正しいということはないので、ご注意くださいね!
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この時代の営業は2人。そのうちの1人は小池三郎といって、戦後に途中入社した当家の一族でした。 当時は新宿の家の一室を使い、作業をしていたと伝わります。 まずはラジオが先、そしてテレビコマーシャルとなったようです。まだテレビ普及率が低い時代でした。 ※小池三郎談。
藤井得三郎商店(龍角散)は、明治時代から広告戦略(新聞広告、カレンダー等)を展開し、各地にチェーンがありました。 「ゴホン(ゴッホン)と言えば、龍角散!」 この有名なフレーズは戦後に誕生したと言われ、当時の営業担当者が、代理店と掛け合い、CMを積極的に流したと伝わっています。
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