東京龍角散秋田支局旧藤井薬舗というアカウントから、創業家は水戸藩出身ではない間違えるなと高圧的なコメントが届きましたと投稿している人がいますが、どうやったらそんな解釈になるのでしょうか? こちらは支局とつけておらず、高圧的に説教していません。印象操作しない。それでは弁護士は動きません。子供じみた悪戯はやめなさい!

Joined September 2021
それでは、久しぶりに。当家が六郷(美郷町)出身の町医者で、のちに大曲(大仙市)に移住したという事実はありません。 本来の龍角散の原型となる薬は、久保田(佐竹)藩の秘伝薬でした。 「藤井家は、何代目かが医者になった」という昔の龍角散の資料と話が合わなくなります。
再掲載:夢中で作った #砂の城 を崩されまいと必死になる #疑惑の本拠地 の皆様。 色々と調査している方々にとって、#時は今 です。#突撃せよ#どうぶつの森#ぼくとシムのまち ならぬ、ぼくとわたしの龍角散の町状態となっていますが、龍角散とは藩の物。古くは #幕府の処方 です。よろしく!
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失礼致します。龍角散の原型の薬があったのは江戸中期(この頃のお殿様が喘息持ちと資料にある)ですので、のちに佐竹義堯(相馬家の三男)と名乗った人と藤井正亭治は生まれていません。 根本的に龍角散の元になった薬は水戸の物(幕府の医者の処方と書かれている)です。よろしくお願いいたします。
さあ、今なら話が通りやすいです。 何かご存知の方はよろしくお願いします! わらび座様や龍角散の関係者を騙り、他人の経歴を査証し、出鱈目な情報を流している人がいることが確認されました。 特殊詐欺の可能性がありますので、警察署、役所・役場、消費者センターへ通報ご協力お願い致します!
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龍角散の原型となる薬は江戸中期、水戸藩に伝わる薬であった。それを幕府の医者の元へ藤井一族が習い行った。 よって修業地は水戸ですね。 佐竹藩としての龍角散は1797年、または1799年に久保田藩医の藤井玄信が作った。 表にあるように2代玄信とされている人とは別人です。 ※資料通りです。
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龍角散の話を流してる人は、 ↓ 宮城県 秋田県なら主に美郷町や仙北市 大仙市なら太田町 ↑ ではありませんか? 無関係な人たちはすみません。ただそろそろ周りの人間を止めましょう。よろしくお願い致します! 六郷東根、又は六郷に龍角散の生家があった? ↑本当ですか?
定期: 劇団わらび座様、龍角散、藤井家の関係者を騙り、龍角散の偽情報を吹聴したり、役所・役場・お寺等と勝手に交渉しようとしていたことが判明しています。 被害防止のため、偽アカウントのブロックをお願い致します。何かご存知の方は通報にご協力ください。
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当方の偽アカウントの次は猫アイコンにパクツイされていました。 同じ人が複数のアカウントを使っている可能性があります。 猫好きの人の可能性も。 #佐竹義堯
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龍角散の古い資料には「龍角散は元は幕府の医者の処方です。幕府の医者が処方を明かさなかったため、藤井一族が習い行ったもの」と。この幕府とは水戸の徳川家。 水戸光圀に遡る水戸儒学、琴楽、医薬 とは密接な関係であったと言われております。 美郷町のと言われ出した原因はこれ。
久しぶりに定期。 2014年2月1日~4月6日、秋田県立博物館で開催された「秋田のくすり今昔物語」から早10年。 翌年の2015年3月5日~5月29日には、秋田県立図書館で「ゴ本(ホン)!といえば くすり展~秋田のミニくすり博物館~」が特別展示されました。
3/1(土)に秋田県立博物館で特別講演会「現代にいきる伝承薬~龍角散~」が開催♪(株)龍角散代表取締役社長の藤井隆太氏を講師に迎えます。参加費無料。申込は2/28(金)まで。 homepage3.nifty.com/akitamus… #akita
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Replying to @kenseidoo
これは美郷町が生薬の里構想を打ち出したことに端を発したことですが、六郷町史だけを元にしても、龍角散の本来のエピソードとは異なる部分も多く、美郷町がここまでやらかす前に止めなければいけなかった立場の方が沢山いたのではないでしょうか? ameblo.jp/481655/entry-12607…