東京龍角散秋田支局旧藤井薬舗というアカウントから、創業家は水戸藩出身ではない間違えるなと高圧的なコメントが届きましたと投稿している人がいますが、どうやったらそんな解釈になるのでしょうか? こちらは支局とつけておらず、高圧的に説教していません。印象操作しない。それでは弁護士は動きません。子供じみた悪戯はやめなさい!

Joined September 2021
Replying to @data_max_sns
今村理事の動画見ましたが、藤井玄淵を初代と数えているのは東京側が便宜的※につけたものです。 お芝居の世界の楽しむ分には問題ありませんが、本来の龍角散の原型は水戸藩にあり、それを原という医者から藤井玄信が習ったもの。 親子とするには年代が合いません。よろしくお願い致します。
失礼いたします。実際の玄信、玄淵という久保田藩医は何人もいたとされ、1797年、または1799年に藤井玄信が作ったものです。 そもそも初代とは東京側が便宜的※につけたもので、年代があいません。 「便宜的に7代目と名乗っている」とは、現在の隆太社長の父・康男氏が様々な資料で語っています。
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また、SNSにこんな投稿している人はいませんか? その人は美郷町の六郷出身者、または美郷町の取引先の人ではありませんか? さらに劇団わらび座の関係者である可能性はありませんか? 皆さんのフォロワーさんの動きを良く見ていてくださいね!
Replying to @tibayuhi @kana8life
ちばゆうき様、お芝居のストーリーを書いているのなら問題ないですが、龍角散の原型となる薬は現在の茨城県のもの。水戸藩の医者の処方がルーツです。 作ったのは1797または1799年に藤井玄信ですので、そのため初代・藤井玄淵と玄信を親子とすると話が合わなくなります。よろしくお願い致します。
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Replying to @IAT_info
失礼致します。小原洋さんが秋田県の美郷町は龍角散の発祥の地だと発信していますが、これはあくまでも説の内の1つです。 今時、自分たちに都合の良い面しか見えていないのが気になります。
小原洋さんは六郷出身。朝日新聞社、岩手朝日テレビに在籍していた模様。 まさに報道の闇。新聞や報道に関わる人の中に、こういう人がいたとなると問題ですね。 龍角散は六郷のものであるという根拠なきエピソードを広める方々にご注意ください! #美郷包囲網 #疑惑の本拠地 #疑惑の総本山
小原洋さんは六郷出身。朝日新聞、岩手朝日に在籍していた模様。 新聞や報道に関わる人の中に、こういう人がいたとなると問題ですね。 龍角散は六郷のものであるという根拠なきエピソードを広める方々にご注意ください! #疑惑の本拠地 #疑惑の総本山
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このように現在の秋田県と福島県やらと結婚しているようですが、正確には、当家は久保田(秋田市)の御殿医です。代々江戸に住む生活をしていたとも伝わります。即ち現在の龍角散ビルの近くで生活をしていたと言われています。 秋田藩って分かります?
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Replying to @almondeye691
佐竹知事は、現在の福島県の血筋で、秋田県の角館町出身。それは説明が飛んでいますよ。 龍角散を作ったのは玄信。根本的に龍角散の原型となる薬は、本来は水戸藩に伝わる薬が元となっています。 当家が住んでいたとされる場所は今の秋田県秋田市。のち大仙市(大曲)に移住したと言われています。
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矢留アキ(Aki_Yadome)さんのアカウントですが、こうやって龍角散のことをポストしているのに、当方をフォローバックしてこなかったどころか、いつの間にかブロックされていたので、皆さんも気をつけてください。 中の人が龍角散、またはその関係者と何らかのトラブルがあった可能性もありますね。
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Replying to @IcePick_yokote
去年のポストに失礼致します。 本来の龍角散とは、江戸中期。現在の茨城県(水戸藩)の秘薬とされます。それを藤井玄信(龍角散HPの2代とは別人)と名乗った久保田藩医が習いにいったのが最初です。 秋山高志「茨城県史の研究」の195Pと、かていやく第12号の記述を合わせれば答えがあります。