加賀道夫さんじゅうななさい   作:ビーバップ八戒

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紳士の取引60万ナール

 

 

   帝都の図書館では、竜騎士になる方法は

   わかりませんでした。

   やはり、種族固有ジョブは難しいですね。

   ところで以前ロクサーヌさんに獣戦士に

   なる方法は教えてもらいましたが、

   海女はどうすればなれるのですか?(セリー)

   ↑ごめんなさい、ブラヒム語、むつかしい、です。

 

   ※ここからしたはごしゅじんさまのめもです。

 

   夏至休日

    AM:オークション

    夜:飲みニケーション?

 

 

 

   クーラタルの街

    商人ギルド

 

 魔道士になったこともあり、金策は120%の成果をあげた。

 ドロップアイテムだけの売上で20万ナールを超え、更に黄魔結晶だけでなく、追加で緑魔結晶も2つ作ることができた。

 総資金は85万ナールを超えている。

 

 かくして準備万端整えて、休日のオークションである。

 ついてきてもらったのは、当然商談には欠かせないハンナだ。

 それと、ロクサーヌにも同行を頼んだ。

 

 ベスタを落札できたら、日用品の買い出しとかがあるからな。

 それに、俺はバラダム家の若者のオークションが終わったら、所有権を移すためになんやかんやしなければならない。

 ベスタの出品順はわからないが、先に落札した場合は先に連れて帰ってもらった方が良いだろう。

 

 3人で待合室に飛ぶと、普段とは違った大層な賑わいだった。

 今も人にぶつかりそうだった。

 ……おっと、

 

「すぐ人が来るかもしれない、詰めようか」

「はい、ご主人様」

 

 ロクサーヌがハンナのために道を切り拓きながらついてきた。

 さらっとこういう振る舞いができるロクサーヌはモテるだろうな……女子校で。

 2人の後ろからおっさんが生えてきたら嫌だなぁ、とか考えてる俺とは大違いだ。

 

「受付で参加費を支払う必要がございます。

 1人1,000ナールとなります」

「なるほど」

 

 ギルドの受付には、見慣れない顔がいた。

 今日は奴隷商人が主催のオークションだから、他所から来た者なのかもしれない。

 しばらく列に並んで、言われた通り3人分支払って中に入――

 

「おう! おまえら、知ってるか!?

 今日は魔法使いの奴隷が出るんだぞ!」

 

 ――ろうとしたら、いきなりテンション爆上げおじさんがいた。

 俺の前に中に入った男が、ハンッと鼻を鳴らしている。

 アランが宣伝していたし、知ってる者の方が大半だろう。

 

「俺はなんとしても手に入れるぞ!

 白金貨の用意はできてるか!? できてねえなら帰るんだな!」

 

 もちろん誰も帰らなかったが、おじさんは満足気に頷いて奥に入っていった。

 牽制しようとしていたのだろうか。

 

 その効果はあった……主に俺に。

 ここには白金貨を握り締めた連中がうようよいるわけで、金貨85枚の俺はそこからベスタを落札しなければならない。

 もちろん竜人族の女性と魔法使いの男性では、求める客層は違うだろうが。

 

 やはり80万ナールで先行予約した方が良かっただろうか。

 だがアランもそれは割高って言ってたしな……わからん。

 

「さて、ベスタを探すか」

「はい」

 

 わからんものは仕方がないので、奥に進んだ。

 いつもは会議室として使われているギルドの小部屋は、今日は出品する奴隷商人と奴隷の控室になっているようだ。

 とりあえず、手近な一室に入ってみる。

 

「いらっしゃいませ、当店はこちらの竜人族の男を出品いたします」

 

 入ってすぐ、奴隷商人が話しかけてきた。

 中には3人の男がいて、1人が探索者――恐らく客だろう、残る1人が竜騎士――筋骨逞しい大柄の男性だ、Lv1なのに。

 

「おおー」

 

 すごいな、俺とロクサーヌとハンナを合わせても彼の体重に敵わないのではなかろうか。

 

「竜人族は戦闘能力に秀でています。

 その力と存在感は、近接戦闘においてパーティーの主力となるものです。

 戦闘奴隷として、最も優れていると考えて良いでしょう」

 

 話しかけられて出るタイミングを見失っていたら、直立不動の竜人族が胸板をピクピクさせ始めた。

 雄っぱいスゲー……カップ数でロクサーヌに勝っているかもしれん。

 

「竜人族の中でもこの男は格別に優れた力を持っており、自信を持ってお勧めできます。

 迷宮で鍛えており、すでに竜騎士のジョブも取得しています。

 即戦力として期待ができるでしょう。

 竜人族には希少価値もあり、この機会に入札しないと絶対に後悔します」

 

 セリーも連れてくれば良かったな。

 やらしい意味とかなしに、デカい胸はつい見てしまう。

 彼はそれを、身をもって教えてくれているのだ。

 

頼もしそうな人ですけれど、あの人にするんですか?

 

 セールストークを完全に聞き流してそんなことを考えていたら、ロクサーヌに囁かれた。

 心配そうな表情をしている。

 

いや……もしそうすると、食費が大変そうだと思ってな

 

 適当に誤魔化すと、ロクサーヌがくすくすと笑った。

 

そうですね、ハンナさん達も大変です

ふふっ、左様でございますね

 

 部屋を出る時、竜騎士Lv1がロクサーヌのおっぱいを目で追いかけているのが見えてしまった。

 そうか、君もまた……そうだよな。

 やはりセリーを連れてこなくて正解だったようだ。

 

   ※   ※   ※

 

 次の部屋には、女性が2人、椅子に座っていた。

 ハンナと同年代だが結構な美人と、若くて可愛い子だ。

 ベスタでないのはわかりきっているのに、ついつい〈鑑定〉で確認してしまっていると、奴隷商人がニヤケ顔でにじり寄ってきた。

 

こちらの女は、仲の良い母娘でして……」

 

 はい危険球退場*1

 

   ※   ※   ※

 

 カタリナを連れてきてなくてまだマシだったと思いながら、次の部屋に移動した。

 

 そこには楚々とした美人がいた。

 顔もそうだが、髪もすごい。

 貴族であるカシアと公爵ですら、ここまで長くなかった。

 ……あの2人と違って、こちらは戦闘向きではなさそうだが。

 

 公爵のロン毛も手間が掛かってんだろうなぁ……と思いながら、次の部屋に向かうことにした。

 出る間際、ロクサーヌがぽつりと溢した。

 

「戦えそうな方ではありませんでしたね」

 

 ……確かに俺もそう思ったけれども。

 年頃の娘さんが、同じ年頃の娘さんを見た時の感想がそれってどうなんだ?

 ロクサーヌにはサイヤ人の血が入っていると言われても信じてしまいそうだな。

 

   ※   ※   ※

 

 次の部屋にて、ようやく見つけることができた。

 

「これはこれは、本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「ああ、どうも」

 

 奴隷商人と挨拶を交わして、部屋の中央にいるベスタの下に向かった。

 

「よろしくお願いします」

 

 俺を見てお辞儀したベスタが、次いでロクサーヌに目礼して、最後にハンナを見て小さく首を傾げた。

 片目と片足が不具なハンナに対して、特に狼狽える様子ではない。

 ただ、『あれ、こないだはいなかったはず?』……そんな感じだ。

 

「彼女は、商談なんかを担当してもらっているパーティーメンバーでな。

 うちに来ることになったら、改めて紹介しよう」

「あ、その……よろしくお願いします」

 

 ベスタが言い淀んでから、また頭を下げた。

 確かに、今そんなことを言われても困るよな。

 

「まあ、どうなるかわからん。

 そちらのくじ運に期待するとしよう」

「はてさて、どうなりますか」

 

 軽く水を向けると、奴隷商人が顎を撫でながら笑みを浮かべた。

 こっちの理想はできるだけ先の方に出品されて、魔法使い目当てに他の参加者が買い控えをすることだが、当然あちらにとってはそうではないわけで。

 

「竜騎士になる方法を教えてもらう件は、まだ有効だよな?」

「ええ、もちろんでございます」

 

 種族固有ジョブについては、先日書斎机を買った後に図書館でセリーに調べてもらったが、よくわからなかった。

 この商人が勿体ぶっているだけで、普通にベスタが知っているかもしれないが。

 まあ、社交辞令みたいなもんだ。

 

   ※   ※   ※

 

「とりあえず用は済んだが、一応アランにも挨拶しておくべきか」

「そうですね」

 

 しかし、どこに……と見渡していると、ハンナがそのうちの一室を指した。

 確か以前、ルークに案内されて入った大きめの部屋だ。

 

「恐らくはあちらでございましょう。

 先程から人の出入りが激しいですから」

「なるほど、確かに」

 

 人の流れに乗ってその部屋に入ると、やはり客でいっぱいになっていた。

 ここは10人くらいで会議ができそうな応接間だったはずだが、椅子やテーブルが運び出されて更に多くを収容できるようにされている。

 多分、見学者が多くなるのは明らかだから大きな部屋を確保したのだろう。

 

――これほどのものとなりますと、滅多にはお目に掛かれません。

――至高の逸品には相応しい持ち主が必要でございます。

 

 その並み居る客を前に、アランが絶好調でペラ回しをしていた。

 すごいもんだ、あそこのおじさんなんて「最低でも白金貨!」って意気軒昂だもん。

 ……いや、あれは入口時点からテンションアゲアゲのおじさんだったわ。

 

「邪魔しちゃ悪いな」

 

 そう思って引き揚げようとすると、「ミチオ様」と声を掛けられた。

 アランのところの冒険者だ。

 鍛えられた肉体をスーツで覆っている、完全にヤクザだ。

 

「主が手を離せず、申し訳ございません。

 彼の競りが済みました折に、この控室にお越しくださいますよう、との伝言を承っております」

「いやいや、了解した。

 アラン殿によろしく伝えておいてくれ」

 

 以前にも言われていたことだが、改めて伝えるようにしてくれていたらしい。

 ホウレンソウをしっかりしてくれると、こちらも安心できるというものだ。

 

――これは買うっきゃない!

 

 おっと、今度は別の人がその気になってる。

 アランに何か囁かれているな。

 

「……あそこで主と話しているのが、先日ドープ薬を売っていた方ですよ

ほー、なるほど

 

 まあ何にせよ、頑張っていただきたいものだ。

 我々はその姿を心から応援するものです。

 

   ※   ※   ※

 

 会議室から運び出された椅子を使った休憩スペースが(こしら)えてあったので、そこで開場を待つことにした。

 ただ待っているのも暇なので、ハンナからオークションの進行について教えてもらう。

 

「基本的な進行としましては、売り手が最低入札価格を提示し、買い手がそれ以上の値段を提示して入札します。

 落札された場合は、必ずその金額で売却しなければなりません」

 

 これは知っているものと変わらないな。

 ネットオークションだと、気に入らない値段だと出品者がなんか適当な理由つけてブッチするとか聞いたことあるけど。

 

「最初に入札する買い手は、その最低入札価格で入札するのが他の買い手に対するマナーです。

 今日のように最初に参加費を払うオークションでは本来あまり関係ないのですが、オークションによっては一度は入札の意思を示すことで参加費が免除される場合がございますので……」

 

 更に、価格帯毎に引き上げる入札単位もルールとマナーで決まっているそうだ。

 1万ナール未満なら100ナール単位、10万ナール未満なら1,000ナール、10万ナール以上なら1万ナール単位で引き上げる……と、ここまではルールだ。

 そして、その最低単位の10倍を超える価格で一気に引き上げると、これはマナー違反となる。

 

 ふーむ……だんだんと話が込み入ってきたな。

 

「つまりは、できるだけ多くの買い手が入札できるようにして競りを加熱させよう、と」

 

 ハンナが皮肉げに笑って、「そういうことでございますね」と頷いた。

 まあ、上手いこと考えられてはいるな。

 

「お前等! 白金貨の準備はいいか!?」

 

 ちなみに、このオークション以前に人としてのマナーが悪いおじさんの巡回は、ここに腰を下ろしてからこれで2度目だ。

 こうやって不退転の決意を表明することで、競り合いを優位に進めようとしているのだろう……と、さっきハンナが解説してくれた。

 ただし、「過ぎれば余裕がないと言っているようなものです」とも辛辣に評していたが。

 

「抽選の結果、順番が決まりました。

 まもなくオークションを始めます。

 2階の会場に移動してください」

 

 係員が案内を開始した。

 2人と頷き合って、2階に移動する。

 

 会場の扉に、パピルスが貼り出されていた。

 順番が書いてあるようだな。

 

「御主人様、これは良い――」

「――よぅし! 魔法使いが出てくるのは最後の方だな。

 お前等全員、それまでに金を使っておけよ!」

 

 おっと解説のハンナさんより白金貨の準備はいいかおじさんの方が早かった。

 いや、でかかった、声が。

 まあ、しゃーない。

 

 気を取り直して、

 

「これは良い順番です。

 ベスタさんは3番目ですから、我々には有利になるでしょう」

 

 そしておじさんの言うように、魔法使いは最後の方なわけだな。

 素晴らしい、考えうる最高の順番と言っていい。

 

 並んで会場に入って、3人並んで座れる場所を探して陣取る。

 そして満杯とは言わないが8割方埋まった頃、扉が閉ざされた。

 

「本日はご来場いただき、ありがとうございます。

 それでは、ただいまより奴隷商人ギルド主催のオークションを始めさせていただきます」

 

 司会の男が、壇上左端に立って開会の宣言をした。

 

「出品の順番は、先程厳正なる抽選を行い決定いたしました。

 最初の出品は……どうぞ」

 

 促されて、2人の男が出てきた。

 片方はさっきの竜人族の男だ。

 

「よろしくお願いします」

 

 ベスタより先なのは……うーん、どうなんだろう。

 男と女という違いはあるが、竜人族という点では同じだ。

 竜騎士という点で男の方が戦闘奴隷として優れているが、落札できなかった者がベスタの競りに流れてきてもおかしくない……か?

 

 いや、男女一組で揃えようとすることも考えられるから、できるだけ高額になってくれた方が……やめよ。

 こんなこと考えてると心が荒むわ。

 非合理な恋愛至上主義はどうかと思うが、だからって人間ダビスタはやりすぎだ。

 

「竜人族のオス、15歳が出品対象となります。

 最低入札価格は10万ナールからです」

 

 奴隷商人が頭を下げると、入札が始まった。

 

「22万!」

 

 おや? 最低入札価格を無視して、いきなり22万とは。

 

あれ、良いのか?

大きく値段を引き上げて、対抗馬を封じようというのはよく使われる手ですが……まあ、もう少々お待ちください

 

 ふむ、何かが起きるようだ。

 

「23万!」

「25万!」

「26万!」

 

 ポンポンポンと価格が上がっていく。

 熱はあるが、意外と淡々としているな。

 もっとこう、「身体を観たいわ! その子の裸をみせてちょうだい!!」みたいな下品な野次が飛んだりするのかと思ったが。

 

 あの25万おばさんとか、そんなこと言いそうだ。

 開始前に控室でやられてたら知らん。

 

「27万!」

「28万!」

「30万!」

 

 25万おばさん改め30万おばさんの目つきはちょっと怪しいな。

 おっぱいは大きいけど、竜人族の男だってデカけりゃ良いってもんでもないだろう。

 ……いや、異種族だから、向こう目線では若く見えてたりするのかな?

 

「31万!」

「32万!」

「33万!」

「35万!」

「36万!」

 

 30万おばさん改め33万おばさんは意外と早く脱落してしまった。

 2万ナール刻みで2回入札していたから余裕があるのかと思ったが、虚勢だったのだろうか。

 

 もう声を上げるのは2人だけになった。

 最初に入札した男ともう1人の男が、1万ナールずつ競っていく。

 

 と、もう1人の男の後ろに列ができ始めた。

 

マナー違反をしますと、こうして対抗馬に支援金が集まってしまうのです。

 手前も行って参ります

 

 なるほど、カンパか。

 ハンナが苦笑して、「こういう時は同調しませんと、少々……」と言うのを押し留めて、代わりに行くことにした。

 俺の方が近い。

 

「37万!」

「38万!」

 

 列に近づくと、皆が男の前に銀貨を置いていた。

 そうして手を振り声を張り上げる男の姿を見ると、なんとなく旧共産圏の銅像のようだ。

 ……まあ、像を見ると硬貨を置きたくなるのは日本人特有の行動様式らしいが。

 

 銀貨を3枚お供えしてご利益に期待しつつ、席に戻った。

 

「39万!」

「ぐっ! 39万5,000!」

「この価格帯での入札単位は1万ナールからとなります。

 それ以下の金額での引き上げはできません」

 

 司会のダメ出しが入った。

 これはマナー違反ではなくてルール違反だな、こっちは弾かれると。

 

「39万、現在の価格は39万です。

 他にありませんか……ありませんね……それでは、39万ナールでの落札とさせていただきます。

 出品者と落札者は、奥の部屋へ移動してください」

 

 まあ、実際に見て流れは掴めたな。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 そしてしばらくして、ベスタの番が回ってきた。

 

「任せるぞ」

「はい……といっても、さして駆け引きは必要ありませんが」

 

 ハンナが余裕のある笑みを浮かべた。

 

「次の出品は、竜人族のメス、15歳が出品対象となります。

 最低入札価格は20万ナールからです」

 

 壇上に立った奴隷商人が頭を下げると、

 

「――20万!」

 

 ハンナが勢いよく宣言した。

 

「21万!」

「――30万!」

 

 また行った、ほとんど被せる勢いだ。

 

「31万!」

「――40万!」

「41万!」

「――50万!」

 

 すごいものだ。

 さっきから何人もが、口を開けたまま先手を取られてそのまま閉じている。

 

「55万!」

「――60万!」

 

 55万の男は勝負に出た風だったが、それも一蹴してしまった。

 ……静かになった。

 会場中の視線がこちらに、ハンナに集まっているのがわかる。

 

「……60万……現在の価格は60万です」

 

 ここでハンナの顔色を窺うと周囲に舐められる気がしたから、じっと壇上だけを見つめることにした。

 今やっているのは競り合いではない。

 ただキリのいい数字を読み上げているだけだ。

 

「……他にありませんか…………ありませんね…………それでは、60万ナールでの落札とさせていただきます。

 出品者と落札者は、奥の部屋へ移動してください」

 

 もっとデッドヒートしてくれないと困るのか、司会が心持ちゆっくりめにそう宣言した。

 終わりだ。

 

「良くやってくれた」

「機先を制していましたね、すごいです!」

 

 ロクサーヌの講評はまるで剣道か何かの試合みたいだが、確かにそんな感じだったな。

 まさに先手必勝ってやつだ。

 

「いえいえ、危ないところでございました。

 もう一声上げられたら、70万ナールと言わざるを得ませんでしたからね」

 

 ハンナが大きく息を吐いた。

 あるいは10万の位で切り上げるのではなく、10万単位で釣り上げた方が良い結果に繋がったかもしれない。

 もしくは価格が引き上がるのを待ってから、最後の一突きをしたほうが……そんな可能性を挙げて、ハンナは苦笑いした。

 

「とまあ、終わった後でも思い悩んでしまうのがオークションというものでございます」

「俺もさっきまで、昨日の内に奴隷商人に80万ナール支払った方が良かったんじゃないかと悩んでいた。

 それを思えば、本当に良くやってくれた」

 

 そんな風に「いえいえ」「いやいや」と話しながら、奥の部屋に移動した。

 ギルド神殿のある部屋だ。

 

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、ご主人様」

 

 奴隷商人に続いて、ベスタが礼を述べた。

 奴隷商人は涼しい顔で「私どもは先程の部屋で待っております」と申し出た。

 入札を続ける場合もあるから、ここでは挨拶だけして手続き完了させない場合もあるようだ。

 

「いや、一緒に戻ろう」

 

 魔法使いの競りは最後の方だし、十分時間はあるだろう。

 人を待たせるのはどうも苦手だ。

 

「かしこまりました」

 

 5人でさっきの控室に移動する。

 ベスタは今度は俺の斜め後ろについて歩きだしたが……存在感がすごいな。

 迷宮ではきっと頼もしい存在感になるのだろう。

 

 ……あれ? 俺は魔法使いを共同出品しているのだから、そもそも金策なんかする必要なかったのか?

 そっちの売上で支払えばいいわけだし。

 

 ……いや、そっちの落札者が本当に払えるとは限らないか。

 実はそっちの落札者も、別の競りの売上を充てることを考えているかもしれない。

 そして別の、また別のとなって、誰か1人が資金繰りに失敗したら全員吹っ飛んでしまったりしてな。

 連鎖倒産とかドミノ倒産とかってやつだ。

 

「オークションで落札した奴隷に関しましては、主催したギルドより1,000ナールの補填がございます。

 落札金額の60万ナールから1,000ナールを引きまして、59万9,000ナールいただきましょう」

 

 控室に移動して、奴隷商人がやはり落ち着き払った様子で言った。

 こういう風にされると、やっぱりもうちょっと安くなったのだろうか……とか思ってしまうな。

 

「ではこれで」

 

 金貨60枚をアイテムボックスから取り出した。

 冒険者のアイテムボックスはキリよく50個単位だから、数えやすいな。

 

「ありがとうございました」

 

 奴隷商人は金貨を受け取ってお辞儀し、銀貨を10枚返してまたお辞儀した後、「それでは竜騎士になる方法をお教えいたしましょう」と、一転して厳かな顔になった。

 

「竜騎士とは、竜人族の中でもひときわ勇敢で正義感に溢れ、主君や仲間を守る盾となる者です。

 そのためには、1人で魔物に立ち向かう勇気を持つ必要があるとされています」

 

 と、勇者を送り出す王様のような重々しい口調で言った。

 ふーむ……ソロプレイしろって事だろうか、バスタードソードをくれ。

 などと推測していると、奴隷商人はすぐに涼しい顔に戻って「まあ要するに、1人で1匹でも魔物を倒せば良いわけですな」と、身も蓋もないことを言った。

 

 ……勿体付けやがって、話が上手いじゃねえかよ。

 

「そこまでわかっていて、なぜ彼女を竜騎士にしなかったのだ?

 その方が高く売れただろうに」

 

 ちょっと意趣返しっぽい言い方になったのは許してほしい。

 

「そもそも戦闘奴隷をお求めでないお客様には、必ずしも必要な事ではございませんからな。

 それに、それまでに掛かる期間を考えますと……竜人族は強力な装備を着けられますが、鍛えずに分不相応な武具に身を固めても上手く行かぬようですし」

 

 こっちの方が重要な情報じゃないか、俺が黙ってたらどうしてたんだ。

 

「ほー、上手くいかないこともあるのか」

「はい、強固な武具に身を包んでは、勇敢であるとは認められないのでしょうなぁ」

 

 いやぁ、そんなあやふやな話ではない気がするな。

 どちらかというと『鍛えずに』の方にヒントがある気がする。

 つまり、村人レベルではなかろうか。

 

「そうそう、それと大盾の話でしたな」

 

 この流れで防具の話をするあんたさんはほんにイイ性格してはるわぁ。

 奴隷商人は町の名前――確かこないだ靴を買いに行った防具屋があった場所だ――を口にすると、

 

「こちらの店はお抱えの鍛冶屋がおりまして、受注生産も受け付けております」

「……なるほど、参考にさせてもらう」

 

 それじゃあ駄目なんだよ……既製品がいっぱいあったら、そこから空きスロットありの大盾を選べたのに。

 だが需要が少ないのに在庫を抱える訳が無いので、当然の話ではある。

 

   ※   ※   ※

 

「食えない商人だったな」

 

 部屋の外に出て、思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。

 ロクサーヌとハンナが笑いを噛み殺している。

 

「さて、ちゃんとした紹介は全員揃ってからするとして……俺は主人となるミチオ・カガという」

 

 できるだけおっぱいを見ないように、見上げながら視線を合わせる。

 あんぐりくびだるい。

 

「はい、よろしくお願いします、ご主人様」

 

 やはり彼女は美人だな。

 落ち着きのある雰囲気も良い。

 

「この狼人族の女性がロクサーヌ、うちの一番奴隷だ」

「よろしくお願いします、ロクサーヌさん」

「よろしくお願いしますね、ベスタ」

 

 まあ、ロクサーヌも基本的に落ち着いてるけどな。

 たまに垣間見えるバトルジャンキー気質が、その印象を打ち消してしまうというかなんというか。

 

「こっちの人間族の女性がハンナ、さっき言った通り、うちの渉外担当といったところか」

 

 そしてハンナとベスタも挨拶を交わしたことを確認して、

 

「俺とハンナは引き続きオークションに用があるので、ここに残る。

 ベスタはロクサーヌと一緒に、日用品の買い出しを頼む」

「はい、荷物持ちは得意です」

 

 ……確かに積載量は段違いっぽいな。

 俺がひーこら背負ってた鏡を入れた長櫃も、ランドセル感覚で背負えそうだ。

 こないだのドワーフの家具屋に連れて行ってみたい。

 

「あのご主人様、ベスタの靴を……」

「おっと、そうだった」

 

 なにしろ視点が上に固定されるものだから……。

 ベスタの足元を確認すると、素足の足首の所に鱗のようなものが生えていた。

 どんな感触がするんだろう……いや、別にやらしい意味でなく。

 

 ここで確認するわけにもいかないので、さっさとアイテムボックスから皮の靴を取り出してベスタに渡した。

 ベスタは首を傾げながら、

 

あの……買い出しに行かれるのですよね?

お優しいご主人様ですから

 

 ロクサーヌのそれは、説明になっているのだろうか。

 ベスタは多分、迷宮に行くわけでもないのに装備品を渡された事に困惑しているのだと思うが。

 ……不安だ、やはりセリーを連れてくるべきだったのではなかろうか。

 

「では、街の案内をしながら買い出しをして、家まで送るようにします」

「ああ、悪いが午後は少し迷宮に入りたいので、それまでに家に戻るようにしてくれ。

 ……今使()()()ようにしたから、セリーやミリアの応援が必要ならそうするといい」

 

 ロクサーヌのジョブを冒険者に変更すると、「はい、そうします」とすぐに察して頷いてくれた。

 やはりロクサーヌを〈フィールドウォーク〉が使えるようにして良かった。

 

 終始困惑気味のベスタを連れて、ロクサーヌがギルドを出て行った。

 それを見送って、

 

「よろしかったのですか? アラン様が出品するまで、まだ時間はございます。

 手前もおりますので、それまで一緒に街を回られても……」

「まあ、買い物は……ちょっとな」

 

 特に女の子の買い物は、とまでは言わなかったが、ハンナはわかっているようで忍び笑いをした。

 

 一度会場に戻って様子を窺い、抽選結果と突き合わせて「まだ1時間は掛かりますね」ということなので、さっきの休憩スペースに戻った。

 ハンナが係員を呼び止めてお茶を持ってくるように手配してくれたので、それを飲みながら一休みだ。

 

 係員がいなくなると、誰もいなくなった。

 2階の会場の熱気が嘘のように静まり返っている。

 

「……ところで、ハンナのジョブを冒険者のままにしているが、不便はしていないのか?」

「はい、武器商人として活動しているわけではございませんので。

 仲買人をするのに、商人である必要もございませんから」

 

 それもそうか、色魔の仲買人なんてのもいたしな。

 そしてオークション程度なら〈カルク〉を使うまでもないと。

 

「ここに通うのにフィールドウォークは使ってないよな?」

「はっ、それは無論のこと」

 

 ハンナが硬い声音で言ったので、「ああ、そういう意味じゃない」と手を振る。

 

「別に秘密にしろってことじゃなくてな、不都合がないなら冒険者になったと周囲に言ってしまって良い。

 いちいち歩くのも面倒臭いだろう」

 

 言っておいてなんだが、これは人として大分終わってる発言じゃなかろうか。

 でもしょうがないよな、移動系スキルが便利すぎるのが悪い。

 ……冒険者って引退したら太りそうだよな。

 

「それは……よろしいのですか?」

「別にドープ薬なんてものがあるんだから、秘密にすることでもないだろう」

 

 ずずっとお茶を啜る。

 カタリナの淹れたお茶の方が、もっと柔らかな口当たりだった気がするな。

 そんなことを思っていると、ハンナが立ち上がって頭を下げた。

 

「申し訳ございませんでした」

「……なんだ、突然」

「セルマー伯の件です」

 

 それか……と返答に迷っていると、「セルマー伯閣下はどうなるのでしょうか?」とか細い声で言われた。

 

「公爵は『セルマー伯爵家を助けなければならぬ』と言っていた」

「はい」

「セルマー伯を助けるとは言わなかった」

「……はい」

 

 何があるのかな……多分、帝府とやらに改易される前に、公爵が動くのだと思う。

 江戸時代の藩主みたいなもんだ。

 だから多分、藩主を都合の良い人材に挿げ替えるんじゃないかと思うんだが。

 

 あるいは、伯爵の部下が動くことだってあるかもしれない。

 自分達の大将があてにならんとなったら、そういうこともあるだろう。

 御所巻とかな。

 

「ハンナはセルマー伯を陥れたのか?」

 

 決意の指輪をルークに鑑定依頼する事を進言してきたのは、ハンナだった。

 だが後にして考えると、鑑定せずにそのまま公爵の所に持っていっても良かったはずだ。

 素直に盗賊が貴重品と思しき指輪を落としたことを報告して、「失礼とは思いましたが、カクカクシカジカのような噂を聞いたので一応直接お持ちしました」と申し添えれば良かっただろう。

 そこから、じゃあそちらのインテリジェンスカードを確認させてくれ、という話にはならなかったと思う。

 言われたところで、「念の為探索者になっております」と言えば良いしな。

 

「そのつもりがなかったとは申せません」

「そうか」

「実際どうなるかまでは考えておりませんでした」

「……そうか」

 

 そうだろうな。

 盗品を〈防具鑑定〉させただけで貴族を陥れることができるなんて、見通せるとは思えない。

 ちょっとした意趣返し、それ以上のものではなかったはずだ。

 

 実際、公爵達は結納品が盗まれたことを把握していたわけだし。

 起きるべくして起きることが、多少早まったかもしれない、そんなところだろう。

 

「恩を仇で返すような真似をしたこと、伏してお詫び申し上げます」

 

 ハンナはまた直角に頭を下げて、「如何様にも処分をお願いします」と言った。

 絞り出すような声だった。

 しかし、そんなことを言われてもな……色々知られてしまっているし、今更放逐できるはずもないわけで。

 

「あー……玄関の衝立だが」

「は?」

「2階にも置こうと思う」

「……はぁ」

「フィールドウォークがあると階段の昇り降りをしなくていいから、楽なもんだ」

 

 一向に顔を上げないハンナから目を逸らして、お茶を飲む作業に戻った。

 

「渋いお茶だな」

「……そう……ですね……手前には少々……目に沁みるようです」

 

 後でカタリナにお茶を淹れてもらおう。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 魔法使いの競りが終わったので、アラン達の控室に向かった。

 競りは本日一番の盛り上がりを見せて、

 

「オークションで落札した奴隷に関しましては、主催したギルドより1,000ナールの補填がございます。

 落札金額の132万ナールから1,000ナールを引きまして、131万9,000ナールとなります」

 

 なんと132万ナールまでデッドヒートが繰り広げられた。

 

 白金貨の用意はできてるかおじさんは、100万ナールを超えた辺りで静かになっていた。

 白金貨の用意はできてるかおじさんは、白金貨の用意()できてるおじさんに過ぎなかったのだ。

 落札したのは、これは買うっきゃないおじさんだった。

 

「想定していたほどではありませんでしたな」

 

 これは買うっきゃないおじさんは泰然とした笑みを浮かべた。

 彼がドープ薬を割安で売って金を工面したということを知らなければ、すごい漢だ……と畏敬の念を抱いたかもしれない。

 

 だ……駄目だ……まだ笑うな……こらえるんだ……しかし。

 

 これは買うっきゃないおじさんが白金貨1枚と金貨32枚をアランに支払った。

 おかえり。

 

「それでは、奴隷の所有権を移させていただきます。

 お二方、手をお出しになっていただけますか?」

 

 アランが〈インテリジェンスカード操作〉を詠唱し、無事に取引は終了した。

 

――ご契約、ありがとうございます。

 

 アランと並んで、これは買うっきゃないおじさんと元バラダム家の若者を見送った。

 

――末永くお幸せに。

 

「さてミチオ様、こちらの132万ナールですが、8割5分をミチオ様に、1割5分を手前にというお約束でしたな。

 ですのでミチオ様には112万2,000ナールを――」

「――いや、この白金貨だけで十分だ」

 

 アランの言葉を遮って、白金貨だけ手に取った。

 なんてことないコインだが、これ1枚で100万ナールか。

 

「しかし、それでは――」

「――預託金もあるし、これまで彼の世話もしていただろう」

 

 遠慮するアランに掌を押し出すようにして、「どうか収めてほしい」と訴える。

 

「……承知いたしました。

 そこまで仰るなら、受け取らせていただきます」

 

 アランがゆっくり、深く一礼した。

 彼には本当に世話になった。

 そもそも彼と出会えていなかったら、果たしてどうなっていたことか……。

 

「ところで、先日のドープ薬でハンナを冒険者にしたのだ」

「なんと、そうでしたか」

「彼女はやり手だからな、すぐに稼いでくれるだろう」

 

 今後はハンナが1人で店に行くこともあるだろう。

 だから衝立のある部屋を使わせてほしい、と頼んでおく。

 

「もちろんです、お待ち申し上げております」

 

 アランは柔らかく微笑んだ。

 

*1
危険球退場【きけんきゅうたいじょう】

〚名〛

①(スポーツ)プロ野球において、審判がその投球に対して「打者の選手生命に影響を与える」と判断した場合、該当の投手が即座に試合から退場させられること。

②(俗・比喩)道夫さんが直面する状況に対して「自らの社会的生命に影響を与える」と判断した場合、自身が即座にその場から退場すること。

 ――例:「一児の母と行動している際、母娘丼の誘いを受けた道夫さんは直ちに危険球退場した」

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