『進化思考批判集』発売停止して回収しろってよ

2022年6月に『進化思考批判』を日本デザイン学会で発表し、2023年12月、ちょうど2年前に『進化思考批判集』を出版した。
太刀川英輔『進化思考』(海士の風、2021)のあまりにも非科学的な内容を批判したものである。

一連の「騒動」はまとめられているが、この批判は2021~2年当時だったから意味があったように思う。今なら「コアラはクマの一種だ」などという小学生でも呆れそうな記述はChatGPTが指摘するだろうから、こんな出鱈目だらけの杜撰な編集の書籍は世に出なかったに違いない。

その後河田雅圭氏を監修として『進化思考』の増補改訂版が2023年末に出たが、昨年2024年に元祖進化思考の三中信宏先生主催の日本生物地理学会のシンポジウム『進化思考の光と影』で「増補改訂版を読む」を発表し、やることはやったしもう関わることはないという気持ちでいた。ちなみに「影」の語を用いている三中先生が先生が『進化思考』騒動をどうお感じなのかは推して知るべし、というやつである。

ところが最近太刀川氏が最近このような投稿をしたらしい。

【ご報告】『進化思考』に関する議論は、出版以来、多様なご意見とともに育ってきました。一方で、ご批評くださった一部の方々については、科学的誤解に基づく誤った情報・デマの拡散について早期に指摘しても修正していただけず、事実と異なる内容に基づく誹謗中傷が約三年にわたって継続しました。 さらにはこうした誤解や誤り、および悪質な誹謗中傷を含む批判書籍が、著者の所属する大学内に設立された出版社から刊行され、関係者の安全や事業活動に影響が及ぶような状況がありました。 そこで本日、関係者および該当大学出版会への第一の法的措置として弁護士より通知書を送付しました。当事者には適切な対応を期待します。 私たちは学術の価値と言論の自由を尊重しています。また言論の自由には誤解する自由があります。しかし学術の名を借りて誤った内容に基づく誹謗中傷を繰り返す行為は別物であり、適切に対応せざるを得ません。 本件の共有は、同様の事案の再発を防ぎ、創造に携わるすべての人が安心して活動できる環境を守るためのものです。 創造を探究するうえで批判的思考は欠かせないものであり、私たちも肯定的な意見も正当な批判も、その両方から多くを学びながら進化思考を進化させてきました。 進化思考の活動については、これからも健全な批判については今後も前向きに受け止め、対話を大切に誠実に取り組んでまいります。 いつも活動を支え、応援してくださる皆様に、心より感謝申し上げます。

https://x.com/NOSIGNER/status/1990363017398415629

唖然とする。

引っ込みがつかないから「誤解する自由」とか新しい言い回しを発明して去勢を張るのは勝手なのだが、恥の上塗りというか、自分で自分の名誉を毀損しているようなものだと思うがねえ…。

我々は「科学的誤解に基づく誤った情報・デマの拡散について早期に指摘し科学的誤りを指摘して」いる側なので、第2文を読む限り一体誰のことを指しているのか不明なのだが、ただ第3文には「批判書籍が、著者の所属する大学内に設立された出版社から刊行され」と書かれているので、どうやら我々のことを指していると特定可能である。「デマ」や「学術の名を借りて誤った内容に基づく誹謗中傷を繰り返す」といった虚偽の事実を断定的に表現したこの投稿こそ誹謗中傷だろう。誤った内容を指摘されて増補改訂版を出した事実を棚に上げてよくもまあ「科学的誤解」とか言えるものだ。認知の歪みなのか自衛のために虚構で塗り固めようとしているのかはわからないが、太刀川氏の中では自分が科学的誤りを指摘する立場に立っていることになっているようだ。

さらにはこうした誤解や誤り、および悪質な誹謗中傷を含む批判書籍が、著者の所属する大学内に設立された出版社から刊行され、関係者の安全や事業活動に影響が及ぶような状況がありました。

これに至っては、明らかに誹謗中傷だろう。我々が危険⾏為を教唆したと誤認させるような虚偽の因果関係断定的に表現しているが、書籍内に危険⾏為を教唆するような記述は存在しない

直ちに名誉棄損で訴えるような大人げない真似はしないつもりではいるが、誹謗中傷が繰り返されるのであれば、こちらも「適切に対応せざるを得ません」ね…ということになってしまう。そうならないことを願うばかりだ

そして「第一の法的措置として弁護士より通知書を送付しました」とあるとおり、太刀川英輔氏及びNOSIGNER株式会社の代理人シティライツ法律事務所の弁護士2名から「催告書」が著者と出版元である私に2通届いた。

この記事での本件の共有は、キャンセルカルチャー的な同様の事案の再発を防ぎ、学術に携わるすべての人が安心して活動できる環境を守るためのものだ。

まず著者としての私に対しては、以下のツイートの「与太話」を「およそ研究活動に基づく本件書籍に対する正当な批判論評に必要な限度を超えて不必要に本件書籍の内容及び通知人の人格を揶揄する、行き過ぎたもの」だとして削除し、また「今後、SNSその他の媒体において同様の言動を控える」よう請求された。

「与太話」は科学的な検証の結果としての意見ないし論評の範囲内と考えるため、削除はお断りした。また、最早『進化思考』に対して私の関心はないので、SNSその他の媒体において何らかの言動をするつもりはなかったのだが、この請求を受けたことでこのようにSNS上で本件を共有する必要が生まれてしまった。

なお催告書には「本件の一連の経緯について貴殿の所属先に対する通知(中略)も併せて検討せざるを得ません」という文が添えられていた。私は別に構わないのだが、一般的には何らかの効力のある文だということだろうか。だとすると脅迫に該当するのではないかという気がするのだが。
送ってきたシティライツ法律事務所について友人や同級生の弁護士に訊いても「そんなに変な事務所じゃないと思うけど…」という感じだった。代表の弁護士水野祐氏はCreative Commons Japanの理事やグッドデザイン賞の審査員もしておりデザイン界ではよく見る名前だったのだが、こんなスラップ的なことに与するとは…と残念な気持ちである。

続いて産業デザイン研究所出版局に対しては、以下の4ヶ所の太字の記述が「およそ研究活動に基づく本件書籍に対する正当な批判論評に必要な限度を超えて不必要に本件書籍の内容及び通知人の人格を揶揄する、行き過ぎたもの」だとして「批判集の発売の停止、回収、表現の訂正、その他の必要な措置を講じること」を請求してきた。

1)「著者は松井と伊藤 (2022)による批判が公開されたあとも、指摘された間違いを修正することなくセミナーを開催して高額の参加費を徴収しているようだ。このような科学的な誤りに満ちた内容をセミナーやメディアを通して拡散し続けるとして続けるのは似非科学を用いた詐欺的商法であると批判されても仕方のないことだろう。」(本件批判集61頁)

2)「現時点での当書は、進化の光で照らされていない、断定的な物言いを好む読者むけの疑似科学本であると評さざるを得ない。」(本件批判集23頁)

3)「くしゃみの粒子(書籍)はいざしらず、読者の脳にぼらまかれたウイルスをくしゃみした者の鼻に戻す方法はない。本書は、「進化思考」というくしゃみによる悪影響を少しでも緩和する意図で我々が発したくしゃみだ。」(本件批判集357頁)

4)ここれはひとつには進化を学校で教えているせいだから、進化学をカリキュラムから削除すれば「進化思考」のような有害な進化学変異株は生まれにくくなるだろう。」(本件批判集356頁)

以上の4ヶ所は意見ないし論評の範囲内と考えるが、誤解を避けるため1)の「このような科学的な誤りに満ちた内容をセミナーやメディアを通して拡散し続けるのは似非科学を用いた詐欺的商法であると批判されても仕方のないことだろう。」という記述を筆者と相談し「科学的根拠を著しく欠いた内容を進化生物学に基づく理論であるかのように広く流布し、セミナーやメディアを通じて商品化・収益化を図る行為であると批判されても仕方のないことだろう。」に変更し、当出版局のWebサイトにて公告することにした。
当然ながら、書籍の発売の停止、回収には応じない

以上が太刀川氏側からの唐突なアクションに対する対応である。
本出版局は今後も学術に誠実な書籍を刊行していく所存である

ところで、太刀川氏は我々の批判を苛烈なものだと感じているのかもしれないが、基本的には太刀川独自メソッドを進化学や生物学とこじつけなければまああとはご勝手に、というスタンスである。実は批判としては緩やかな姿勢なのだ。
我々とは別の観点から批判をしているのが名古屋商科大学の小山龍介氏で、note記事を2本書いている。

つまり、アイデアを「変量」「擬態」などの生物的パターンに当てはめることで創造を促す、という進化思考の方法は、ベルクソン的な創造の考え方とは真逆の方向を向いている。進化のパターンを「創造の型」として再利用する発想には、ある種の模倣性が強く含まれており、それは創造的とはいえないのではないか。

これは、創造性を「何かの再現性」や「体系的展開」として扱いたいビジネスの論理と、創造を「本質的に一回限りの生成」と見る哲学的視座のちがいである。前者は、創造を再現可能な「手法」としてモデル化しようとするが、後者は、その都度、環境や主体の条件に応じて立ち上がってくるものであり、再現や汎用とは相容れない。

この点でも、進化思考は「創造的であろうとするあまりに、創造から遠ざかっている」のではないか。パターンを手がかりに思考することはできても、それが創造的な飛躍に結びつく保証はどこにもない。むしろ、型に従うことで安心してしまい、本来の「予測できなさ」や「現れること」の感覚を失ってしまう危険がある。

『進化思考』は、どこまで進化したか
https://note.com/ryu2net/n/nbfebabadfaf1

「進化思考」のいう変異と選択による創造の手法とは、一体何なのか。その創造の「正当性」は、38億年後にしかわからないものなのか。「自然」という言葉の無邪気な用法が、創造という文化的行為の複雑性をすっかり拭い去っている。こうした問題のほうが、生物学的な記述の正しさよりも、よほど問題ではないか。

創造とは、自然と文化のはざまで揺れ動く営みである。自然を参照しつつも、それを模倣するのではなく、応答し、変形し、時に抗うこと。それが人間の創造の本質だとすれば、「創造性は自然現象だ」という言葉は、創造という行為の複雑さと責任を軽視しているように思えてならない。

「創造性は自然現象か」──『進化思考』への倫理的応答
https://note.com/ryu2net/n/ndc23bd3b1a8d

これはかなり手厳しい。そもそもメソッド化すること自体が批判されているのだから。

降り懸かる火の粉は払う必要があったので本来必要のない時間と労力を費やしてこのようなnoteを書いたが、太刀川氏には心底うんざりなのでもうこれ以上関わりたくない。私と松井の現在の関心はデザイン科学分野における「アブダクション」すなわち「デザイン・アブダクション」は本当に「アブダクション」なのか、ということにある。来年2026年2月21日に批判的デザイン研究会のシンポジウムを企画しているので、ご興味ある方は正式発表をお待ちいただきたい。

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