自分自身を大事にすること
いつも日記は朝書くことにしている。
朝の方が、なんとなく心と体と考えがスッキリしている気がするからだ。
元々血圧は低い方だったが、最近はただでさえ低く、大体起き抜けは収縮期血圧が90に届かない。
それでも、何故か朝の方がはっきりとしている。珍しいものだ。
自分を大切にする、という意味合いを考えていた。
自分を甘やかすことだけが、大切にすることではない。時には叱咤し奮い立たせること、自省を促して成長を期待することも必要だ。
でも、こうして体や心が病んでしまった時に、自分を労うことも優しさだと思う。
私にはいくつかの持病がある。性別違和とIgA腎症、そして今回のPTSDだ。
PTSDと性別違和については割愛するが、このIgA腎症というのは厄介で、緩解しても一生経過観察が必要な病気である。
私を大切にしていなかった私は、この病気の象徴である蛋白尿及び尿潜血の陽性を数年単位で放置していた。
結局、何度も恋人から言われてようやく通院を始めることになるのだが、治療に伴い4度の入院、そしてステロイドの長期服用を余儀なくされた。
今思えば、こういった自分の体調不良に対して自発的に治療を始めようとすることも、自分を大切にする手段のひとつなのだと思った。
あのまま放置していれば、確実に予後不良の腎不全になっていただろう。
ステロイドパルス療法での入院投与及び毎日の投与は、それなりに患者にとって過酷なものであると聞いた。
ステロイド性の糖尿、肥満、むくみ、ムーンフェイス。副作用のオンパレードとなる為、一層の注意と観察が必要だった。
しかし、恋人から自分の体を大切にして長生きするように強く言われていた私は、ステロイドに関する副作用が出ることは一度もなく、服用中は太ると言われていた中で大幅な減量に成功するなど、努力の成果を見せた。
自分の為には頑張れないが、他人の為には死に物狂いで頑張れるというのは、良くも悪くも困った性分である。
今思えば、恋人への莫大な心配や不安、裏切りという多くの負担をかけた一方で、私が恋人に尽くしてきた側面も多い。
ただ、尽くしたといってもこれは自分自身が自分である為に行っていたことだ。
今更対価を求めている訳ではないし、それについて恨み辛みがある訳でもない。
ただ、私は「やればできる」のだ。
他者へのメンター気質を捨てる必要もないし、かといって必要以上にわがままで自己中心的になる必要はない。
私は私の為に、やりたいことをやり、誰かへしてあげたいことをして、私自身のことを大切にすればよいのだ。
折角できるのだから、やらないのは勿体ない。
働きながら家事の大半を片付け、毎日2人分の弁当を作り、帰宅後にご飯を作って待つことができる男が、この世界にどれくらいいるのだろうか。
考えるより先に体が動いて他人を助けることの出来る人間が、どれだけいるのか。
私はそれが出来るのだから、これからも続けていこうと思う。
自分を好きになる為に、大切な人たちにまた好きになってもらう為に。
自分でこんなことを言っているのも恥ずかしいし、自慢話の自分語りのようになってしまうが、それでも大声で自分を褒めてあげたかったので、こんな日記を書いた。
一日一善とまでは行かないが、手と目の届くところで起きていることに対して、少しでも助けるになるような行動を心掛けたいと思った。


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