(深世界:1)記憶の政治 イスラエルへの批判、鈍らせた「仕掛け」 橋本伸也氏

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 パレスチナ自治区ガザは、イスラエル軍の攻撃で廃虚となった。多くの無辜(むこ)の市民が飢え、死んでいくのを、なぜ止められなかったのか。橋本伸也・関西学院大学教授(ロシア・東欧史)は「ホロコーストをめぐる『記憶』が、イスラエルへの批判を鈍らせる仕掛けとなった」と指摘する。

 ――ナチスによるホロコーストは、多くの人に「ユダヤ人虐殺」として記憶されています。

 ホロコーストの犠牲者が誰であるかは、長く論争となってきました。圧倒的多数はユダヤ人でしたが、ロマや性的マイノリティーも同様に殺されました。他方、ベラルーシの農村住民もナチ犯罪の犠牲者ですし、故意の飢餓で殺されたソ連兵の捕虜も数百万います。

 600万もの人々がユダヤ人だからとして虐殺されたことに他と異なる意味があったのはもちろんです。しかし、ホロコースト=ユダヤ人虐殺と限定して「唯一無二の犯罪」としてしまうと、他の人々への殺戮(さつりく)を隠蔽(いんぺい)、歪曲(わいきょく)する「記憶の操作」になりかねません。

 ――なぜ、そうなったのでしょうか。

 各個人の記憶が時に対立しながら社会の中で共存するなかで、国家は権力を使って集団の記憶を作ろうとします。そして、政治的に動員していきます。

 ホロコーストの記憶については、いくつかの次元で説明する必要があります。まずイスラエル建国期、ホロコーストの生存者は、戦いもしなかった「弱さ」の象徴とみなされました。悲劇の再来を許さぬ強さを備えた「新しいユダヤ人」を目指しホロコーストの犠牲者性は忌避されたのです。

 それが1960年代以降、変わります。中東・北アフリカ出身など多様な背景を持つユダヤ人が増え、彼らをも統合する集団の「記憶」が必要になり、犠牲者性を押し出すようになりました。

 また、米国でのホロコースト意識の高まりも指摘できます。70年代以降、ユダヤ人団体の政治的地位が上がり、大きな影響力を持つようになります。ユダヤ人の悲劇を伝えるドラマやハリウッド映画も反響を呼びます。79年には司法省にナチス犯罪特捜部が設置されました。こうして、米国社会にホロコーストの集団的記憶が根付きます。(田島知樹)

 ◇私たちが重んじてきた理念やルールに基づいた「あるべき世界」が、大きく揺らいでいます。原因は何か。どう向き合うべきか。国際ニュースをより深く理解する視座を求めて、識者に尋ねました。

 (9面に続く)

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