(深世界:2)テクノ封建制 時間と個人情報を貢ぐ、私たちはデジタル「農奴」 ヤニス・バルファキス氏

 ■深世界 国際ニュースを読み直す

 SNSは日々ことばの戦時中で、誹謗(ひぼう)中傷や分断の種にあふれかえる。ギリシャ経済危機時に財務相を務めた政治家でもあるヤニス・バルファキス・アテネ大学教授は、現代の私たちをデジタル空間に縛り付けられた「農奴」だとみる。(編集委員・吉岡桂子)

 ――巨大IT企業のGAFAM(ガーファム)らが強い影響力を持つ現代社会を「テクノ封建制」と唱えていますね。

 かつての封建制は、土地の所有と権力が結びついていました。土地を耕す人々から地主として地代や収穫物を徴収できたからです。地主は経済、政治、そして生き方を支配する道徳的な権力さえも握っていた。

 しかし、資本主義の登場により、富は、土地からではなく、機械など生産手段を所有して商品を生産し、市場を通じた取引によって得る利潤の蓄積へと変わりました。それらがすみっこへ押しやられ、GAFAMらによって置き換えられてしまった。従来の資本主義は終わり、次の段階を迎えたと考えています。

 ――どう変わったのですか。

 デジタル取引のプラットフォームが市場にとって代わり、それやクラウド(インターネット上のデータ保管場所)を利用するためには使用料や手数料を支払わなければなりません。封建制の時代の地代や小作料のようです。その結果、力を持つのは機械や鉄道など伝統的な資本の所有者ではなく、デジタル取引のプラットフォームやクラウドを所有し、運営するGAFAMらになりました。

 彼らがデジタル空間の「領主」で、たとえばアマゾンを通じて自社の商品を販売する企業は「家臣」のような存在です。私たちユーザーは、デジタル空間に縛り付けられて自分の時間と個人情報をせっせと貢ぐ「農奴」と言えるでしょう。

 生産的な機械や金融が利益を生み、経済を動かしていた資本主義の時代は去った。スマートフォンは電話機としてではなく、インターネットにつながることこそが本質です。グーグルやアップルから切断されれば無力な箱です。

 ■関心はユーザーの滞在時間 イデオロギーなき「領主」

 ――日本も欧州も領主にあたる自前のビッグテックを持っていません。デジタル化を進めれば進めるほど、関連する富は米国へと流出します。

 たとえば、電気自動車(EV)の中核技術はAI(人工知能)であり、通信システムです。IT企業と親和性が極めて高い。テスラを擁するイーロン・マスク氏がX(旧ツイッター)を買収した狙いも、双方の技術の相乗効果を考えてのことではないでしょうか。ただ、米国以外で唯一、独自のクラウド資本を確立できた国があります。

 ――中国、ですね。

 グーグル、フェイスブック、Xなどをブロックし、独自のシステムを構築し、管理している。今日の権力はクラウド資本を所有する者たちの手に握られている。その領主は米国と中国にしかおらず、世界には米中という二つのクラウド帝国が存在しています。この意味において、日本や欧州は「植民地」になりかねない。帝国を動かせる「王」がいるとすれば、トランプ大統領と習近平(シーチンピン)国家主席です。

 ――「農奴」であるユーザーによるエンゲージメント(SNS投稿や閲覧などの関与)で、デジタル空間の言説は各国で選挙の動向を左右するほど世論の形成にも力を持つようになっています。

 ただ、「領主」にイデオロギーはない。デジタルプラットフォームに埋め込まれているのはアルゴリズム、ビジネスプランなのです。最大のポイントはユーザーとの関わりをできるだけ長く継続させることです。

 ■あなたの「怒り」を刺激する、スマホに縛り付けるため

 ――ユーザーをデジタル空間に長く滞在させるほど個人情報が収集でき、ビジネスの種にできますね。

 その目的を達成する最も効果的なユーザーとの関わり方は「怒り」です。あなたを怒らせ、憎悪や恐怖を感じさせて、スマホから離さない。攻撃されれば、自分と似た人々を探してともに仕返ししたくなるでしょう。怒りは増幅され、あなたはますますスマホから離れられなくなる。プラットフォームはあなたの怒りから利益を得ているのです。デジタル空間は結果として、攻撃的な場所になり、怒りが世論を作る「公共議論の毒化」が世界中で起きています。

 ――SNSによる誹謗中傷や偽情報、政治的な分断といった傾向は世界的な問題となっています。デジタル空間の規制の議論も続いています。何かできることはあるのでしょうか。

 各国の政府の選択肢としては、インターネットを通じた買い物や投資に大幅に課税することです。また、SNSなどソーシャルメディアのプラットフォーム間でユーザーやコンテンツを連携・共有する相互運用を徹底するように規制することです。たとえば、私がXから離れたくてもフォロワーを失いたくないと思えばなかなかできない。でも、相互運用を実施すれば、移った先の投稿をXのフォロワーも受け取れる。各国・地域が独自の公共プラットフォームを作り、相互運用すれば、ビッグテックの力は相対的に落ちるでしょう。

 ――現在のプラットフォームは便利でお金を払っている負担感が薄いので、「農奴」で良いと考えるユーザーも少なくないかもしれません。

 私が一番大事だと考えていることは所有権の問題です。想像してみてほしい。アマゾンやウーバー、TikTokなどを、1ユーザーが1株、1票を所有する姿を。つまりソーシャルメディアを共同所有し、アルゴリズムの仕組みを民主的に決める状況をつくる。プラットフォームの運営方針はユーザーが決める。エンゲージメントの最大化を狙うアルゴリズムを変えれば、ソーシャルメディアの空間から怒りや憎しみが消え、「毒化」もやむでしょう。ひとりひとりが参加して議論すればデジタル農奴からデジタル市民へと変貌(へんぼう)できるはずです。

 誰が技術を所有しているか。これは本質的な問いなのです。

     *

 Yanis Varoufakis 1961年アテネ生まれ。アテネ大学教授で、ギリシャの左派政党MeRA25の代表。経済危機に見舞われたギリシャで発足した急進左派連合チプラス政権で、2015年1月から7月まで財務相を務め、「反緊縮」の立場から債務再編を交渉した。18年から米上院議員バーニー・サンダース氏らと革新的左派の国際ネットワーク作りに取り組み、プログレッシブ・インターナショナルを立ち上げた。邦訳著書に「テクノ封建制」「父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。」「黒い匣(はこ)」など。

 ■取材後記

 バルファキスさんが代表を務めるアテネの政党本部で会った。黒いTシャツで現れた。財務相時代、革ジャンに身を包み、大胆な債務帳消しを訴えていた姿を思い出す。

 デジタル空間の「領主」に仕える「奴隷」のままで良いのか。彼の問いかけと答えを、非現実的だと冷笑するのは簡単だ。封建制という呼び方にも議論はある。

 しかし、アルゴリズムにつかさどられたデジタル空間が大きな公共性を持つようになった以上、「領主」にあたる民間企業を管理するルールは必要だ。便利さを享受しながらも、憎悪をぶつけあう「毒化」にうんざりしている人も多いはずだ。

 デジタル空間は誰の持ち物か。「1ユーザー1株」論は、公共の場を築き、動かす主体は誰かを問うている。AIをはじめ急速に変化する技術を管理し、監視する当事者性を意識することが、デジタル空間を私たちの公共の場として取り戻す第一歩だ。

 ■GAFAM(ガーファム)5社の時価総額は米GDPの半分

 米国の巨大IT(情報技術)企業であるGoogle、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon、Microsoftの5社を指す。検索エンジン、モバイル、SNS、クラウド、EC(電子商取引)など、デジタル社会の基盤となるサービスを世界の市場に提供する。

 5社の株式時価総額の合計は米国のGDP(国内総生産)の約半分にも上り、豊富な資金力をもとにAIなど新たな分野の開発にも巨額の資金を投資する。

 国際的にも市場占有率が高く、経済にとどまらず、情報流通のかぎを握ることから世論の形成にも世界的な影響力を持つ。ただ、市場支配が競争を阻害する問題を始め、個人情報の収集に対する規制や課税のあり方などについても議論になっている。

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験