ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】   作:タク@DMP

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第80話:病巣

 ※※※

 

 

 

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()などというのは思い上がりも甚だしい。

 

 無意識とは知覚できないが故に無意識なのである。

 

 無論、夢枕で覗き見をしただけの他者が、その内心全てを()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 イクサの中で蜷局を巻いていた黒い砂鉄の龍は──やがて、魔人の如き姿へと変貌していく。

 

 

 

 イクサの心の奥底から完全に侵食するために、中から食い破ろうとする。

 

 

 

 だが、壊れない。この少年、想像以上に意思も理性も強い。何度ギガオーライズして暴走しても、ついぞこじ開ける事は出来なかった。

 

 

 

 

 ──や、ヤット出て来られると思っタノニ、しぶとい奴……ッ!!

 

 

 

「レモ……さん」

 

 ──マア良い……こうしていればイズレは()()が解け──

 

 

 

 

「レモン……さん」

 

 

 

 ──ん? 何だ? 此処にハ、()()()誰モいないはず──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──汚い手で()()レモンさんに触るなクソ野郎」

 

 

 

 

 

 

 イクサの心の奥底に潜んでいた深淵は──初めて”恐怖”と言う言葉を覚えた。

 

 

 

 深淵の奥底には、更に()()()()()()()

 

 

 

 

 ──ヒッ、何だオマエ──!? ()()()()()()()()()()──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ぷはっ、はぁっ……!!」

 

 

 

 水面から顔を上げるかのようにイクサはレモンの唇から離れた。

 

「……レ、レモンさん、僕……ッ!!」

「……正気に戻ったみたいね」

「僕、気付いた事があって……レモンさんのおかげで……」

「バカね、戦ってる途中でしょう?」

 

 イクサは思わず振り向く。

 黒い稲光に身を包んだパーモットが、イテツムクロに翻弄されている。

 型も構えもあったものではない、野獣の如き戦い方だ。

 あれでは倒せるものも取り逃してしまう。

 

「いけないッ! ご、ごめんなさい、レモンさん……ッ!」

「──好きよ」

「ッ……え」

「……可愛い貴方も、野獣のような貴方も、どっちも好きよ」

「あ、ああ、そういう事……むぐっ」

 

 もう一度、レモンは彼の唇を奪う。驚いて目を丸くするイクサに──悪戯っ子のように彼女は微笑んだ。

 

「……勝ったら……何でもお願いを聞く権利をあげるわ」

「普通、逆じゃないですか……? 全くもう……」

「託したわよ」

 

 彼の肩を掴み、レモンは言ってのける。

 

「守るとか、守られるとかじゃない。私の願いを、貴方に託す。マイヅルに……勝って」

「ええ、確かに」

 

 

 

「ちょっと!! なーに人を差し置いてイチャついてるんですの!? 許しませんわよ!! レモンは、うちの会長の婚約者ですわよッ!?」

 

 

 

 マイヅルの甲高い声をよそに、イクサは起き上がり──オージュエルに指を翳す。

 

「パモ様ッ!!」

「──ッ!」

 

 その呼びかけに──今度はパーモットも、正気を取り戻したようだった。

 

「呼吸を整えてッ! 息を合わせるんだッ! 勝ちたいって想い、僕達は同じはずだッ!」

「……ぱもぉっ!!」

 

 バチバチと黒い稲妻を迸らせながら、再びパーモットは構えを取る。

 そして、稲光の色は徐々に黄色くなっていき、パーモットの体内へと納まっていく。

 バチバチと音を立てて、頭部のボリュームのある毛は王冠のように広がり、頭頂部には電球の形をしたエネルギー体が現れる。

 更に首元のもふもふとした毛は背中側が大きく伸び、そこからプラズマが放たれて、まるでマントの如き威容を成す。

 完全に意識がシンクロした両者の目からは、一瞬──バチバチと白い紫電が迸り、同時に構えを取ってみせるのだった。

 

 

 

【パーモット<ギガオーライズ> てあてポケモン タイプ:でんき】

 

 

 

「なっ、また姿が変わったっ!? 今のがパーモットのギガオーライズではなかったんですの!?」

「己の深淵、欲深さ……ッ!! それは僕の本性かもしれない。だけど、それでも──どの僕でも信じてくれるって人が居た。僕も……もう少しだけ、自分を信じてみようと思う」

「……何を悟ったのか知らないけど……ッ! スペックの差を思い知らせてやりますわ……ッ!」

 

 冷気が水晶髑髏の怪物に集中していき、がぱぁっと開いた口から漏れ出していく。

 姿を消し、パーモットの背後に回り込み、そのまま飲み込もうとするが──

 

「後ろ回し蹴り!!」

 

 振り上げた踵が稲光のようにイテツムクロの氷の身体を砕く。

 すぐさま姿を消して今度は四方八方からパーモットに向けて”れいとうビーム”を放つが、それすらも稲妻のように躱してしまう。

 

(分かる、手に取るように分かるぞッ!! パモ様が次はどう動くのか! ギガオーライズで速度が強化されてるのに追いつけてるッ!)

 

「これならどうですの!? ”シャドーボール”弾幕!!」

 

 空に浮かび上がったシャドーボールが雨のように降り注ぐ。

 ふぅ、と一息吐き、イクサは再び構えを取った。

 パーモットもそれに合わせて、構えを取ると、降ってきたそれを蹴り飛ばし、更に自らも跳んでイテツムクロの元へ到達し──

 

「”ほっぺすりすり”!!」

 

 ──思いっきり頬袋を擦り付けるのだった。

 大きく痙攣したイテツムクロは、地面に落ち、のたうち回る。体の自由が利かない。

 麻痺状態になってしまったのだ。

 

「そ、そんな、追いつかれた──!? しかも今の反応速度は──ええい、こうなったら辺り一面凍らせてしまいなさいなッ!!」

 

 周囲は極低温に包まれる。

 砂漠の大地には氷が張り、氷柱が生えていく。

 更に、パーモットも足元から凍り付いてしまう。

 

「こんな技まで──」

「最大出力のフリーズドライ、ですわッ!! おっほほほほほ!!」

「……」

 

 ピキッ

 

 

 何かが罅割れるような音が聞こえる。

 そして、即座に稲光が走り、イテツムクロの顔面を電気迸る右手で殴り付けていた。

 

「中から無理矢理出てきたんですの!?」

 

 偏にギガオーライズだけの力ではなかった。

 パーモットの鍛え上げられた肉体が為す技だった。

 それに加え、トレーナーとの同調も相まって、その反応誤差は極限まで縮められている。

 イテツムクロが動けば、その二歩先をパーモットが進む。実現しているのは、電光の如き圧倒的スピードであった。

 

「勝利への道は……見えたッ!!」

 

 きゅっ、と腕を引き締めると、パーモットは思いっきり飛び出し、イテツムクロを上空へ蹴り上げる。

 

(密かに特訓していたオオワザ……レモンさんから教わった格闘技と合わせてお見舞いしてやるッ!!)

 

 紫電の如き速度で上空へ跳びあがったパーモットは、空中に飛ばされたイテツムクロを地面に叩きこむべく、尻尾に大量の電気を集中させていく。

 

 

 

「オオワザ──”ボルテック・ガンマバースト”!!」

 

 

 

 イテツムクロの身体を、電光迸る尻尾が捉え、思いっきり地面に叩きつける。

 更に、その勢いのまま今度は足に電撃を充填し、そのまま両脚蹴りで追撃。

 

「防ぎなさい、イテツムクロッ!!」

 

 氷で障壁を展開するイテツムクロ。

 しかし、それも全て突き破り──パーモットの両脚はイテツムクロの顔面に突き刺さる。

 更に、再びパーモットは空中へ跳びあがり、トドメの一撃を見舞うべく右拳に全身の電気を全て集めていく。

 

「ぱもーぱもぱもっ!!」

 

 逃げようとするイテツムクロだが、最初の二撃で大量の電気を流し込まれており、既に動ける状態ではなかった。

 そこに、体中の電気全部を右の拳に集中させたパーモットが雷の如く落ちる。

 

 

 

【パーモットの ボルテック・ガンマバースト!!】

 

 

 

 暴走していた時よりも数段大きな神鳴りが落ちた。

 砂漠には衝撃でクレーターが出来──その中央に、完全に機能停止してオシアス磁気を垂れ流すイテツムクロが横たわっていた。

 

「こ、この衝撃、1000万ボルトですわ……」

 

 思わずマイヅルは尻餅をついてしまっていた。

 こちらはギガオーライズしていなかったとはいえ、イテツムクロをオオワザで葬った圧倒的性能を前に、恐れすら抱く。

 

(さ、最初からイテツムクロでギガオーライズできていれば……ぐぅっ……!!)

 

「さっさと帰れよ。仲間達を連れて。それとも……まだやる?」

「……ぱもーぱもぱも」

「……今回の所はこの辺にしといてあげますわ」

 

 イテツムクロで倒せないならば、他の手持ちでも勝てるはずがない。 

 ボールにポケモンを戻し、マイヅルは踵を返す。

 だが、去り際に──彼女は厭らしい笑みを浮かべてみせた。

 

「……ああそう言えば、レモン。クラウングループが、正式にシトラス・トレーナーズを吸収合併するらしいですわ」

「ッ……」

 

 レモンは言葉を失う。

 それにしても、あまりにも早過ぎる。

 叔父がぎりぎりまで食い止めているはずだった。

 

「……叔父さんはどうしたの。社員も多いし、そう簡単にはいかないと思ってたのだけど」

「ああ、貴女の叔父ですね。一度くらい見舞に行った方が良いのではなくって?」

「……は?」

 

 彼女の下瞼が震えた。

 事もあろうに──マイヅルはスマホロトムにホログラムを投影する。

 そこに流れていたのは、つい2時間ほど前のニュースだった。

 

 

 

【シトラスグループ代表・脳挫傷で入院──事故で捜査が進行】

 

「ッ……何、どういうこと……?」

 

 

 

 文面を見たイクサも言葉を失う。

 ニュース記事には、階段から落ちた──という旨が書いてあったが、すぐにレモンは激して問立てる。

 

「──貴方達ッ!! 叔父さんに何をしたの!?」

「いえ、別に? ……只の悲しい事故、ですわ。でも、代表が不在なら……仕方ありませんわよね?」

「ッ……やったのね。貴方達が……!! 何処まで腐ってるの……ッ!?」

「弱い者は、全てを奪われる。偏にこの事態は、貴女が招いた事。もう、どう転んでも、貴女の守りたかった会社はありませんわよ」

「……そんな」

「これだけ教えたかったんですの。くぅ~、私って良い人? それでは、立つ後を濁さず、今日のところは──」

 

 

 

 

 ズドォンッ!!

 

 

 

 

 マイヅルの目の前に、雷が落ちる。

 イクサが、パーモットが、修羅の如き形相で睨みつけていた。

 

 

 

「さっさと消えろよ」

「ッ……あ、あひ……」

 

 

 

 それまでの少年のものとは思えない程の、冷え込んだ声が響く。

 ギガオーライズは解かれていない。もし、このまま拳を振るえば、致死量の電気がマイヅルの身体に流れ込む。

 

 

 

「二度とレモンさんに汚い顔を見せるなクソ野郎」

「ひ、ひぃっ……!!」

 

 

 

 慌てふためきながら、マイヅルは逃げていく。 

 振り返りながら「良いのか?」と言わんばかりにパーモットは目配せするが、イクサは首を横に振った。

 

「良いよ。それよりも……」

「ッ……」

 

 膝を突き、項垂れるレモン。

 母も父も居ない彼女にとっては、唯一の肉親とも言える存在だった叔父。

 その叔父も、クラウングループの手に落ちた。

 そして、会社も──飲み込まれて消えてしまった。

 

「生きてるなら、良いの……生きてるのなら……でも、私が近くに居たなら……こんな事、させなかったのに……」

 

 ざり、と彼女は砂を握り締める。ぽたぽた、と乾いた砂に雫が落ちる。

 

「どうして私はいつも……肝心な時に、大事な人を守れないの!? 私は……何で、こんな……」

 

 打ちひしがれながら、彼女は地面を叩く。

 もう、グループの令嬢でも、オーデータポケモンの所持者でもなければ、ましてやポケモントレーナーですらない。

 

「叔父さんまで居なくなったら、私は……1人に……」

「クラウングループを──潰しましょう。一緒に」

 

 レモンは顔を上げる。イクサが手を伸ばしていた。

 

「その為にも……僕、もっと強くなりますから……」

「……言ってくれるじゃない」

 

 差し伸べられた手を取り──彼女はふわり、と笑いかける。

 涙を指で拭うと、ふらっと彼は抱き着いていく。

 

「ちょっと……?」

「……すぅ……」

 

 掛けられた全体重を抱きとめる。

 見ると、彼の瞼は完全に落ちていた。

 そしてパーモットのギガオーライズも解除され、バテたように砂漠に倒れ込む。

 

「全くもう……折角良い所見せてくれたのに、締まらないわね……貴方も、貴方のご主人様も」

「ぱもぉ……」

「……お疲れ、パモ様。カッコ良かったわよ」

 

 イクサの腰から空のボールを取り、ビームを当ててパーモットを戻す。

 砂漠の死闘は──此処に終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──結局。

 イクサが目を覚ましたのは、それから数時間後。

 またもや知らない天井を見つめながら、出会った。

 枕にしては、何だか柔らかく、弾力がある。

 違和感を覚え、彼が目を開けると──あの幼さを残した綺麗な顔と目が合い──赤面した。

 

「レ、レモンさんッ!?」

「……ごめんなさい、人恋しくて」

「いえ、別に……それよりも膝……」

「良いの。私がしたくて、こうしてるの。誰かに居てほしくて……」

 

 ベッドに腰かけたレモンの上で、寝そべるという構図だが──素肌の感触が落ち着かない。

 そして、肌着姿の彼女から目を離すことができない。

 

「別々の部屋にしてもらってたんだけど……貴方を部屋に運ぶついでに、そのままお邪魔させてもらってるわ」

「あの後どうなって……」

「ポケモンの力で車を元に戻したわよ。ドラピオンも、アジュガさんのおかげで正気に戻った」

「……此処は」

「道路沿いのモーテルよ。アジュガさん曰く、今のところ追手はいないらしいわ。あれだけ大打撃を受ければ、追いかける気も無くすわよね」

「デジーは?」

「目を覚ましたわ。別の部屋に泊まってる」

「……そうですか。良かった、何とかなったんですね」

 

 安心したようにイクサは息を吐く。

 

「パモ様は」

「消耗はしてたけど貴方よりはマシね……寝かせておいてあげて」

「……良かったです」

「誰かの心配は良いけど、貴方は……平気?」

「だるいですね……」

「やっぱり反動と消費は課題ね。それにしても、一か八かだったのだけど、どうして戻って来れたの?」

「……暗い空間の中で、レモンさんに呼ばれた気がして。そう思った瞬間、胸の中の真っ黒の中から……もう1人自分が出てきた気がして」

「うん? 黒い龍とやらは出て来なかったの?」

「あ、いや、出てきたと思うんですけど、そいつとはまた別で……怒ってたんですよ。あれがきっと、僕のいっとう激しい部分なんだって、直感でも分かったんです」

 

 人は内に様々な側面を飼っている。本性だと言われているものも、所詮は一側面でしかないのかもしれない。

 そう思うと──気が楽になった。

 

「でも、龍の時とは違うわね。今の貴方、何だかすごく嬉しそうよ」

「そう見えますかねえ、えへへ。自分でもよく分からないんですけどね……」

 

 正直、伝説のポケモンも──ひりつくような熱い勝負も、そしてレモンさんも、欲しいと思っている。

 だが──きっと、それだけではないのだ、とイクサは漸く思えた。

 もしもあの龍が自分の一側面だったとしても。あの更にその奥底に潜む自分が居る限り、きっと大丈夫なのだろうと思える。

 

(てか、あのギガオーライズで初めて本当の自分が見えたかのような感覚さえあるんだけど……)

 

 今思えば、あの龍は──悪意に満ち溢れたあの声は──本当に自分の内側から溢れてきたものなのか、とすら疑問に感じてくる。

 しかしそこまで考えた辺りで首を横に振って否定する。

 

(いや、中学生の妄想じゃあるまいし。それじゃあ僕の中に違う誰かが居るみたいじゃないか。そんなバカな話は無いだろ)

 

 そこで一度彼は考えるのをやめた。きっとこれ以上はドツボに嵌るだけだった。

 

「えーと……レモンさんこそ、大丈夫なんですか」

「何が?」

「……叔父さんの件」

「ああ……さっきね、アジュガさんのスマホロトムから信頼できる者に連絡を取ったの。手術は上手くいって……今は安静にしてるって」

「良かった……」

「絶対事故なんかじゃないわ。証言してもらわなきゃ困るんだから」

 

 しかし、警察は完全に事故と決め込んでしまっているという。

 証拠も他に無いらしい。結局、彼が不在の間にシトラスグループも完全に乗っ取られてしまった。

 その事実は、彼女を更に苦しめるには十二分だった。親から受け継いだ会社を守れなかった、という負い目だ。

 彼女の目は腫れていた。あの後も静かに泣いていたのだろうか、と考える。

 

「なぁに? 私の顔に何かついてる?」

「……ついてますよ」

「キザな事言うのね。分かっていても、言わない方が良いことってあるのよ」

 

 力無く笑うと──レモンは肩で寄りかかってくる。

 

「ねえ、私のお願いを何でも1つ聞く権利をあげる、って」

「……言いましたね」

「私のお願いは……」

 

 か細い声だった。消えてなくなりそうだった。普段の強い彼女からは考えられない程に、弱っていることが伝わってくる。

 

 

 

「……居なくならないで」

 

 

 

 ぽろ、ぽろぽろ、と涙が落ちた。

 

「……他の子の事が好きでも良いの。無理に騎士(ナイト)にならなくて良い。弱くても良いし、負けたって良い。情けない所を私の前なら見せてくれて良い」

 

 声は震えていた。

 

「……でもね、私の前から居なくならないで。もう嫌なの……大事な人が居なくなるのは……イヤ」

 

 イクサの手は、自然に彼女のそれに重ねられていた。

 

「ずっと傍に居ます。僕──レモンさんの事……好きですから」

 

 自然に声に出せていた。

 当たり前のことだったから、特別意識する必要も無かった。

 この気持ちはきっと、間違いなく本物だと確信できたから。

 

「──嬉しい」

 

 重なった手が、そして指が絡み合う。

 気恥ずかしい気持ちで両者は顔を逸らしていたが──ちらり、とイクサがレモンの方を見ると、彼女はいつもの悪戯っ子のような顔をしていた。

 

「……なんだか、照れちゃいますね」

「言った時は平気そうだったじゃない」

「酷いなあ、これでも勇気を出したんですよ」

「ふぅん、それなら……」

 

 ずいっ、とレモンは顔を近付けてくる。そして、耳元で囁いた。

 

「少しだけで良いの。辛い事、不安な事、忘れさせてほしい」

「そ、それは……ずるいですよ、レモンさん」

「あら。女はずるい生き物なのよ」

 

 ちらり、とイクサは目を逸らした。

 

「えっと僕……色々、制御できないかもしれないし……あーもうっ、分かりました、そんな目で見ないでください、腹括りますよ」

 

 ぐいっ、とイクサは彼女を逆にベッドに押し倒す。

 彼女は──少し切なそうに笑ってみせる。

 

「欲しいです、レモンさんが」

 

 慈しむように掌が頬に触れた。意を決して、イクサは彼女の唇に口づけした。

 

 

 

()()()()()()()()()()。欲張りさん」

 

 

 

 欲望だけでは──きっと、こんなに人を愛おしく想うことなど出来ない。きっと。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おはよ」

 

 

 

 耳元をくすぐるような声で、イクサは目を覚ました。

 泥のように身体が重い。

 いつも通り、悪戯っ子のような笑みを浮かべたレモンが、横に眠っていた。

 

「……おはようございます」

「一度やってみたかったのよ、こういうの」

 

 指を絡めながら、腕に抱き着いてくる。

 少しふわふわした声と表情が、たまらなく愛らしかった。

 

「あらら、赤くなっちゃって。可愛いのね。……あんなに獰猛だったのに、おにちく」

「スイマセンでした……」

 

 ──気まずさと気恥ずかしさが入り混じり、あまり喋れない。

 一方、レモンは意外にもいつも通りで──服を着るとすっかり澄ました様子でベッドに座っていた。

 

「でもね、傷つけちゃう、なんてのは只の杞憂だったでしょう?」

「……そうですね。でも、騎士は失格かなあ」

「あら、私はどっちでもいいのよ」

 

 また彼女は体を預けてくる。

 

「……居なくならないで」

「……勿論です」

「アトムの奴はぶっ潰してほしいし」

「当たり前ですよ」

「──卒業する前に私を倒してほしい」

「やってみせます」

「お願い、1つだけって言ったけど……結構あるわね……私も、貴方に負けず劣らず欲張りだったみたい」

「全部叶えてみせますよ。今までだってそうだったじゃないですか」

「……そうね」

 

 ぎゅう、とレモンは抱き着いてくる。

 普段抑圧されていたのは、どうやらイクサだけではないようだった。

 あの人を食ったような態度の数々はきっと、寂しさの裏返しだったのだろう、と今は思う。

 我儘を言えるような相手も今まで殆ど居らず、風紀委員長としての体面を保つために誰かに甘えることすら憚られていた。

 

「……ずっとこうして2人っきりで居たい気分だけど……アジュガさんとデジーを待たせちゃってるわね」

「まだ時間ありますよ」

「善は急げなの。立ち止まってる場合じゃない」

「……そうですね」

「でも、こうして互いが止まり木になれる関係は……悪くない気がするわ」

 

 そうして二人は同時に部屋を出て行く。

 既に集合の時間は過ぎようとしていた。

 様子を見に来たのか、デジーがこちらに向かって走ってくるのが見える。

 

「あっ、二人とも! 丁度良かった……なかなか来ないから心配して」

 

 一緒に部屋を出た所を見られなかっただろうか、と肝を冷やした二人だったが、彼女の様子からしてどうもそうではないようだった。

 

「悪かったわよ、すぐに行くわ」

「もうー、アジュガさんも待ってるんだからねっ! 早くっ」

「次のキャプテンは──君の知り合いなんだっけ、デジー」

「うん。知り合いっていうか、腐れ縁?」

「まあ何だって良いわ。また1つ、ギガオーライズの謎に迫れるかもしれないからね」

 

 恐れはある。

 だが、それでも再び外へと踏み出していく。

 次なる目的地へ進む為に。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「随分と性急な手段に踏み切りましたわね」

「おや、良心が痛みますか? 私はどちらかと言えば、貴方がレモンさんを連れて帰ってこなかったことに心を痛めていますがね」

「チッ……悪かったですわよ」

「これでも私は貴女の手腕は認めてるんですよ、マイヅルさん。あまり失望させないでください」

 

 生徒会長の椅子に座るアトムは笑顔を絶やさぬまま、マイヅルに圧を掛ける。

 たとえナンバー2であっても、使えないと判断すれば容赦なく彼は切り捨てる。

 そんなことはマイヅルも分かり切っていた。だが、それよりも今はシトラスグループのCEOが事故で入院した件だった。

 尤も、彼女はこれがクラウングループの引き起こしたものであると語る。

 

「……邪魔なシトラスのCEOを黙らせた件。貴方の会社に警察の手が入ったりしませんわよね?」

 

 

 

「バカだなぁ、()()()()()はこれだから困るよ……マイヅル先輩」

 

 

 

 生徒会室の一角で、今まで居眠りしていたと思われていた少年──ツクバネが欠伸をしながら起き上がる。

 ストレートな罵倒に、流石のマイヅルも額に青筋を浮かべた。ただでさえイクサに敗北した後なので機嫌が悪いのである。

 

「ツクバネ……貴方喧嘩売ってますの? 会計の分際で……」

「ふぁああ、僕ねぇ、将来はお父さんみたいな警察官になりたいんだよねぇ。だって、平和ならずぅっと暇な職業だし」

「! ……ああ、確かに。貴方のお父様、警察のトップでしたわね」

「そうだよぉ。だから……()()()()()。絶対に覆らない」

 

 ツクバネはダルそうにソファに手を掛けると、笑みを浮かべてみせる。

 それが意味するのは、この地方の警察の根腐れであった。

 

「──お父さんと僕が守りたいのは、()()()()()()()()()()()()()()()……って訳さ。この地方の司法なんて、お父さんが頂点に立った数年前に死んでるよ。皆気付いてないだけさ。秩序は守られているしね」

 

 ──病巣は、あまりにも根深い。

 誰も気づかないうちに、腐食と増悪は進んでいく。

 オシアスは既に──王の手に落ちている。

 

「じゃあさっさとその権限で逃亡者を指名手配してくださいまし。適当な罪状を付ければ良いでしょう」

「いけませんね、マイヅルさん。それではフェアなゲームではありません」

「……あくまでも、自分の手でレモンに勝ちたい、と。それなら貴方自ら出向けばいいのでは? アトム」

「そうしたいのはやまやまですが、如何せん私も暇ではない。親からは子会社の経営を任されてますからね。私の代わりに、私の動かす駒が彼女達を追い詰める」

「あーあー、良い御身分ですわホンット……」

「私はね、早くレモンさんが捕まらないのではなく、貴方が仮にも私に告ぐナンバーツーでありながら、情けない姿を一介の転校生に見せた事に……苦言を呈しているんですよ」

「……」

 

 それ以上マイヅルは何も反論しなかった。しかし、珍しく余裕が無いように見えるアトムに、ツクバネは問いかける。

 

「随分とイライラしてるんだねぇ、会長さん。珍しくない?」

「探し物が見つからないんですよ。ごく個人的な探し物ですが」

 

 

 

 

 

 

 

 

(──12年前、何処の世界に消えたんでしょうね。()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 ──第五章「ポケモン廃人、逃亡者になる。」(完)

 

 

 

 ここまでのぼうけんを レポートにきろくしますか?

 

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