ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】   作:タク@DMP

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第76話:修行開始

 ※※※

 

 

 

 ──その夜。

 イクサは知らない天井で目を覚ました。

 嫌な汗を垂らしながら起き上がる。

 そして「やってしまった」と確信した。ギガオーライズを発動した瞬間、確実に自分は飲み込まれてしまった、と。

 腕を押さえる。まだ鳥肌が立っている。自分の中に巣食っていた欲望の根源を目の当たりにして、すっかり気分は落ち込んでいた。

 頭の中で何度も反響した「声」。あれが自分の本心なのか、と思うと嫌になる。

 善意だとか倫理観だとかそんなものを引き剥がした、強欲な本性。それは、あまりにも醜悪で──彼自身の手に負えるものではなかった。

 純度100%の悪意。それを己の本性であるかのように突きつけられれば誰だって心が折れそうになる。自分はクソ野郎だと嫌悪してもおかしくはない。

 それほどまでに、強い欲望の塊だった。

 

「起きたか少年ッ!」

 

 そんな中、溌溂とした声が聞こえてくる。

 それで、宿の一角、小さな椅子に彼は向き合っていた。

 机の上には、仕事に用いるであろう書類が大量に置かれている。

 

「……アジュガさん──そうだッ!! パモ様はッ!?」

「無事だッ! 戦闘不能に追い込んだら、ギガオーライズは無事に解除されたッ! 君よりも早く目を覚ましたが、何も後遺症らしきものは無かったッ!」

「……良かった……」

 

 机の上に置かれたパーモットのボールを手に取ろうとする。

 半透明のボールの中では、相棒が手を振って「大丈夫」と言っているようだった。

 

(ごめん……結局君を傷つけてしまった……)

 

「君は良いトレーナーだッ! 真っ先にポケモンの心配をしてくれたッ!」

「……いいえ、僕は自分の事ばかりですよ」

「ポケモンを気遣えないトレーナーも世の中には居るッ! 上出来だッ!」

「ッ……何かに付けて褒めてくれますね」

「当然だッ! 相手の良い所を見つける。コミュニケーションの基本だからなッ!」

 

 ゲームの「スカーレット・バイオレット」で、言語学の授業でそんな事を言われたな、とイクサは思い出す。

 何処までも気持ちの良い性格の青年だった。

 

「此処は君の部屋……と言う事になっているッ! 既に手続きは済ませたッ!」

「……ありがとうございます」

「水を買っている! 後、町で買い込んだ食べ物もだッ! 腹が減っているだろうッ!」

「……正直、食べる気が起きなくって」

「それはいけないッ! 先ず、水だけでも飲むべきだッ!」

 

 ペットボトルのミネラルウォーターを紙コップに注ぐと、アジュガはイクサの元に持ってくる。

 上半身を起こし、水を受け取るとイクサは乾いた喉を潤した。

 

「ぷはっ……」

 

 生き返るようだった。それ程に喉はカラカラだった。

 

「良い飲みっぷりだッ! サンドウィッチもある、食べるか?」

「ッ……すみません、頂きます」

「ちゃんと食べてもらわねば困るッ! 明日から君達には修行をしてもらわなければならないのだからッ!」

「一体いつの間に……修行って、此処でですか!?」

「そうだッ! 既に少女たちとは話を付けた後だッ! 君もやるだろう?」

「……」

 

 正直自信が無かった。

 またアレと対面するのか、と思うと気が進まない。

 しかし、ギガオーライズを使いこなさなければ勝利は無い。

 

「きずなリンクの修行は……人によって試練は様々だというッ! 少年の試練は、黒い己と向き合い、御する術を身に着ける事!」

「……上手くいく気がしません」

「少年は、ギガオーライズ自体は上手くいったッ! 後は、出力の制御……力の奔流、己の剥き出しの本能の中で、正気を保っていられるかだッ!」

「正直、自信が無いです」

「初めてやったんだ、当然だッ! しかし、君には為さねばならない事が、倒さなければならない相手がいるのではないか?」

「……倒さないといけない相手……」

 

 シーツを掴む。

 レモンを守り切り、圧倒的な力を誇る生徒会たちのギガオーライズに対抗しなければならない。

 しかし今のままでは、守りたいものを逆に傷つけてしまいかねない。デジーは「簡単に傷つけられてやらない」などと言っていたが、あまりにも大きな自分の黒い本性を見た後だと尻込みしてしまう。

 

「少女たちから聞いた話では、敵は数が多く、ハッキリ言ってとても強いッ! 俺一人がギガオーライズを使えても意味が無いッ! 何故なら、敵の中枢は皆ギガオーライズを使えるからだッ! 俺は、君達の全員がこの力を御せるようになるのが望ましいと考えるッ!」

 

 力には力。単純かつシンプルだが、今はそれしか手が無い、と彼は語る。

 

「それに、学生の内乱に部外者である俺は何処まで割り込めるか分からないッ! しかし、君達を強くすることなら出来る! 子供は……大人を頼れッ! ()()()()()()()()、強くなれッ!」

「ッ……!」

 

 意外な言葉に、イクサは言葉を失う。

 

「子供の君達が己の中の、自覚していない己を御する術を持たないのは当然……何かあった時は、俺が全力で君を止めてみせようッ! だから安心して付いて来いッ!」

 

 にっ、とアジュガは笑みを浮かべてみせる。何故か、とても心地の良い安心感が胸から湧き上がってくる。

 この人ならきっと、大丈夫だ──と思えてしまった。この逃亡生活の中で、信頼できる大人に出会えることがどれだけ得難い事か。

 気が付けば、ぼろぼろと涙が零れて、シーツを濡らしていた。

 

「……よろしくお願いします」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『隠れ里!? じゃあしばらくそこに滞在するんデスね……私達は、サースドシティの様子見が終わったら、近くの町に潜んでおくデスよ』

「良いの? 此処なら安全よ?」

『今動いたら、うっかりYou達の場所を教えかねないデス。何のためにバラバラに動いてると思ってるんデスか?』

「……全く、こういう時の貴女には頭が上がらないわ」

『相も変わらず、こっちにはアカデミアの生徒が沢山デスよ……これじゃあ、3人目に接触するのは夢のまた夢デース』

「じゃあ頼むわ。くれぐれも、捕まらないようにね」

『Yes。今の私達が、生徒会に勝つのは夢のまた夢。先ずは、イクサとデジーに身体張って貰わなきゃデス。私達は、3人が次に進む道を舗装する──デス!』

 

 サースドシティ周辺は、やはり学生たちが数多く出入りしている。

 いずれは自分の実家にデジーが戻ってくるだろう、と踏んでいる者が多いのだ。

 

『イクサとは──どうなんデース? これだけ距離が近いなら、何か進展があったんじゃないデスか?』

「切るわよ」

『ちょぉっ、ちょっとぉ!? 折角だし何か聞かせてくだサイよ!! もしかして、油断してる間にデジーに取られちゃったとか』

「貴女、口に気を付けないと次に会った時、その金髪全部毟り取るわよ」

『ヒッ!! マジでできそうなのやめてくだサーイ!!』

 

 レモンの身体能力はバジルも認める所。

 風紀委員達を自ら鍛え、時にはポケモンの技すらいなし、対人では負けることがない。

 そんな彼女の腕力で髪を掴まれれば、坊主コースまっしぐらであった。

 

「……悩んでるの、彼」

 

 進展の代わりに──彼女は、直近の彼の様子を話す。

 はっきり言って、今のイクサは非常に不安定だ。

 マイヅルに叩きのめされたことで、現状維持は出来ないと確信し、是が非でもギガオーライズを身に付けようとしている。

 だが、その一方でギガオーライズに必要な「己の解放」に酷く懸念を抱えているようだ、とも言った。

 

「デジーもイクサ君も今日の所は失敗したんだけどね? でも、イクサ君のそれは──彼の懸念通りだったとしか」

 

 予め「暴走するかもしれない」と分かっていたのがせめてもの救いである。

 もしも、何も知らない状態で、今日の暴走を経験していた場合、イクサは二度とギガオーライズ出来なくなっていただろう、とレモンは考える。

 

「私が戦えるなら、私が全力で抑え込むから安心してほしいって言えるのに。今はキャプテンのアジュガさんにそれを任せてしまってる状態よ……悔しいの。私は、応援する事しか出来ない」

『レモン……本当にそう思ってるのデス?』

「それは──」

『彼ならなんとかしてくれる、って思って連れ出したんデショ? それとも、後悔してるんデス?』

「……彼には一番辛い道を選ばせてしまったわ、下手をすればオシアス全てを敵に回しかねない選択を」

『それでも、イクサが頑張ってるのは──レモンを助けたいから、デショ?』

「……」

『レモンは、昔っから変なところで自己評価が低い所があるデスね……Heroを助けられるのは、Heroineの特権……デース!』

「ッ……ヒロインの、特権? 何よそれ。貴女の好きな小説じゃあないのよ」

『だとしても! 今イクサを励ませるのは誰デスか? イクサの事、好きなんデスよね?』

「……」

()()()()()()、通じない時もあるデスし、勇気を出してTry!』

「……そうね」

 

 戦えない自分に打ちひしがれてきたが、それでもやれることを探すしかない、とレモンは決意する。

 イクサは──今、もっと苦しんでいるはずだ。

 

『ところでレモン。1つ聞きたいのデスけど』

「何かしら」

『例のオージュエルって、ミイラが持ってたんデスよね?』

「ええ」

『もしかして、生徒会……ってか、アトムも……迷宮から古代文明に辿り着いたんじゃないデスか……?』

「……生徒会が持ってるオージュエルも、発掘されたものだってこと?」

『Yes。でも、眉唾デスねー……自分で言ってて。そんな古代文明の遺跡が迷宮から見つかったら大騒ぎデスよ』

「迷宮は異空間と異空間がアイアントの巣のように繋がってるだけ。その先に何があってもおかしくはないわよ。クラウングループが危険度の高い迷宮を独自に調べてたとか」

『ライセンスを持ってるトレーナーは、あの会社にもいっぱい居るデショウからねぇ』

「ただ、オージュエルはオージュエルよ。必ず、あの黒化した形に昇華させる方法があるはずだわ」

 

 そして──それを調べるのはレモンの役目だ。実家がメーカーである以上、オージュエルへの知識は豊富に蓄えている。デジーも居るので、技術面の問題は克服できるかもしれない。

 

 

 

「でも先ずは最初の一個で戦況をひっくり返せるようにならないと」

 

(そのために、私にできる事は……)

 

 

 

 目を閉じて考える。考えに考え抜き、彼女が出した結論は──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「鎖……」

 

 

 

 ベッドで1人、横になりながらデジーは天井に手を伸ばす。

 イクサへの好意は本物だった。しかし、その後に自分の心を鎖で縛られたように締め付けられる。

 何処まで「許された」としても。どんなに「本気で」想っていたとしても。

 心の奥底では、自分の気持ちにセーブをかけてしまっている。

 

 

 

(好きになっちゃいけないって……胸の奥では思ってる……って事なのかな)

 

 

 

 負い目。罪悪感──というよりも、自分は「悪い子だから」と、彼女は自らにレッテルを貼ってしまっている。

 そして、それとは比べ物にならないくらい、イクサも、レモンも、眩しくて──輝かしくて。

 

(どうすれば良いの、こんなの……)

 

 涙が出てくる。

 諦めて、吹っ切ってしまえば、どんなに楽だろうか、と。

 どんなに強がっても、鎖は兎の歯で嚙み切ることはできない。

 

「きゅるるるー」

 

 ぽん、と音を立ててボールからミミロップが飛び出してくる。

 そして、当たり前のようにデジーと同じベッドにもぐりこんできた。

 

「……ちょっと、狭いんだけどぉー……」

「みーみみ」

「……もう、良いよぅ、仕方ないなあミミロップは」

 

 ミミロップが抱き着いてくる。

 泣きそうなとき、寂しいとき、ミミロルの頃からこうして寝床に入り込んで来ることが多々あった。

 彼女の毛皮はふわふわで、一緒に居るととても癒される。

 

「ねー、ミミロップってさぁ。誰かを好きになったことある?」

 

(って、ポケモンに恋愛相談してるボク……人間としての尊厳とか投げ捨ててる気がする……)

 

「みぃ……」

 

 次の瞬間、ミミロップは顔を耳のもふもふで覆って隠してしまった。

 ミミロルの時から、恥ずかしがるともふもふの毛皮で顔を隠してしまう癖があったのだ。

 

「へぇー、誰々? ニドキング?」

「み”ッ」

「……ホルード?」

「み”ッ」

 

 好みではない、とミミロップはそっぽを向いてしまう。哀れ、他の手持ち達。以前から、アプローチを掛けるとすげなくあしらわれていたのを思い出す。

 

(2匹共……ドンマイ!!)

 

 そしてレパルダスは同性、ゴビットはタマゴグループが違う。

 そうなると思い当たるのは……やはり1匹。

 

「……タギングル」

「……みぃー……」

 

 悶えるように、枕に顔を押し付けるミミロップ。

 

(えっ、何で? セクハラされて怒ってたんじゃ……もしかして、バトルが強いのに惚れたとか? 確かに転校生との模擬試合を含めても、ミミロップのキルスコアが一番多いのはタギングルだし、2匹はライバルみたいなもんだけど……)

 

 気丈に振る舞ってはいるが、やはり「自分よりも強い相手」に惹かれるのだろうか、と考察してから──そんなものに意味など無い、とデジーは思い直した。

 恋が理屈ではないことなど自分が一番分かっている。

 

「うん、分かるよミミロップ。ボクも……痛いくらい分かるよ」

 

 相棒を抱きしめながら──デジーは微笑んだ。

 

 

 

「理屈じゃどうしようもないから……辛いんだよね」

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──自分は只々ポケモンが好きなだけだと思っていた。

 多くの対戦ゲームで王者の座を掴んだ天才中学生──という称号を賜りながら、ポケモンに傾倒していたのは「単純に子供のころから好きだったから」と自分では思っていた。

 だが、今思えば──満ち足りて何一つ不自由なかったはずの子供時代も、何処かイクサは飢えのようなものを感じていた。

 彼自身の育ち、そして倫理観によって表出する事こそ無かったが──満ちることのない所有欲を満たすのは、ゲームの中でポケモンを蒐集することだった。

 色違い、対戦で使える強い個体。証付個体。何でも集めた。

 足りてもまだ尚足りない。それは、彼に元の世界での安寧を捨てて、ポケモンの居るこの世界での冒険を選ぶには十二分であった。

 しかし、そんなもので抑えられるような欲求ではなかった。

 全てを引き剥がされた後に残ったのは、黒い砂鉄の龍。

 あれが何処から来たのか、あるいは最初からイクサ自身の中に居たのかは分からない。

 日本に住む、ただの穏やかないち少年でしかなかった彼に潜む悪魔。

 その正体は、彼自身にも分かるはずが無く──

 

「転校生、転校生っ! しっかりしてよっ!」

「あう……」

 

 引っ張り起こされて、漸く意識が戻った。

 周囲には、村人たちの繰り出したポケモンが取り囲んでいた。

 アジュガ曰く──

 

「言ったはずだッ! 此処はポケモン使いの隠れ里だとッ! 村民は皆、数少ないポケモンを育て上げ、時に外から来た人間にバトルを挑み、ある者は村やオシアスを出て強豪トレーナーとなって帰ってくるッ!」

 

 ──とのこと。オシアスは野生ポケモンが少なく、ポケモンを所持していない人口もそれなりに多い。アカデミアがわざわざ他所の地方からトレーナーを募り、迷宮を探索できる人材を育成しているのもそのためだ。

 しかし、この村は例外の1つ。古来より、ポケモンと共に生活する「ポケモン使い」が隠れ住む秘境だったらしく、子供は皆、ポケモンを育てるのが習わしとなっているらしい。

 故に、アジュガの課した課題は、多人数戦を想定したトレーニング。

 ポケモンを変えながら、1匹だけで複数体のポケモンを相手にして戦うのである。

 

「……さあ、まだ訓練は始まったばかりだッ! 立て、少年ッ!」

「──」

 

 鼻血を腕で拭い、イクサは立ち上がる。

 彼らの前には、スコルピ、サンドパンといった砂漠に僅かに生息するポケモンや、バクーダ、ドードリオ、バンバドロといった家畜として古くから買われていたポケモン、プクリンやラッキーのように普段は愛玩用として飼われているであろうポケモンが取り囲んでいた。

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