ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
バジルとの通話を終え、レモンは──デジーの眠るベッドに潜り込む。
呼吸は穏やかだ。体を蝕んでいた霊瘴もすっかり抜けきった。
そんな彼女の身体を思わず、ぎゅっと抱き寄せる。普段の自分なら絶対に取らない行動に──レモンは自ら困惑した。
(ああ……やっぱり私、不安なのね)
こうして人肌の温もりを無意識に求めてしまうほどに、心細い。
頼りにしていた手持ちは居ない。敵はあまりにも強大で。
よしんば手持ちが戻ってきたとしても、今のままではアトムに勝つことすらできない。
そうでなくとも、乗っ取られた会社を取り戻す方法は? 家はどうなる?
何も目的を果たせずに、途中で追手に捕まる可能性も十二分に有り得る。
「……うーん、違うよぉ、そこを接合したらぁ……完成しなくなっちゃうからぁ……)
(どんな夢見てるのよ……)
「全くこの子は人の気も知らないで」
さらさらの彼女の髪を思わず撫でた。んぅ、とくぐもったような声が聞こえて、もぞもぞとデジーが身体をくねらせる。
そして──ゆっくりと目を開けると、隣で寝ているレモンを前に顔を赤く染めた。
「せ、先輩ッ……先輩!?」
「痛まない? ……外傷は無かったから、平気だと思うけど」
「……まだ身体がミシミシちょっと痛い。くっそぅ、マイヅル副会長めぇ……」
オドリドリの放った霊瘴を込めた風撃は、彼女の意識を一撃で刈り取っただけあって未だに響くようだった。
そして部屋を見回す也、自分が捕まったわけではないことを察した彼女は首を傾げながら問うた。
「……あの後、どうなったの?」
「トトさんが逃がしてくれたの。此処はその先にあったモーテルよ」
「……転校生は?」
「……流石に堪えてるわ。無理もないでしょうけど」
「イワツノヅチは……奪われたまま? ボールにも入らなかったってことは、連れていけなかったんだよね」
「……ええ、残念だけど……」
「おかしいよ、こんなの」
デジーが呟いた。目には、やるせなさすら滲んでいる。
「あいつらもうやりたい放題じゃん。……もうなんか違うじゃんっ! ……オーデータ・ロワイヤルの時から思ってたけど……ポケモンが手に入ればそれで良いのって……」
「……私にとやかく言う資格はないわ。決闘でポケモンが景品になる現状を座視していたもの。奪われたなら、奪い返すしかない」
自分を納得させるようにレモンは言った。
「そうだけど……そうかもしれないけど。なんかヤだ。あいつら、イテツムクロを弄ってた。ポケモンを……道具か何かと勘違いしてる……ッ」
シャインの忠臣だったイテツムクロは、今や見境なく他者の魂を啜る傀儡と化した。
マスカット家が積み上げてきたものは一瞬にして蹂躙されたのである。
「あんなの許せない。
「……そうね」
「なーんて……ボクが怒れる立場でもないか」
力無くデジーは目を伏せた。未だに生徒会に対して一方的に怒れる立場ではない、と思っているのだろう。
「貴女がそこで自信を無くしてどうするのよ」
「……あ、いや、ゴメン……」
「生徒会に与していた負い目が、まだあるのかしら」
「あるよ……多分、きっと、消えない」
「あら、意外と引きずるタイプだったのね」
「意外とって言うなぁ! ボクだって繊細な乙女なんだよっ!」
「それは失礼。でも……丸くなったわね、貴女も」
「ッ……まーね。前はボクも、アトム会長の言う通りだって思ってたから」
達成したい理想があるならば、どんな犠牲を払っても良い。
デジーもそうだと考えていた。しかしそれは結局の所、彼女自身もアトムの為に使い潰される事を意味しており、それを正当化するための詭弁でしかなかった。
「牙を抜かれた人食いウサギだなんて言われてたけど、私は……可愛げのある貴女の方が好きよ」
「可愛い言うなし……そ、それに。あんまり今は近付かないでほしい。シャワー浴びてないから……変な匂いするかも」
「浴びて来る?」
「まだ、身体がキツい……」
枕に顔を埋めたデジーは──「ボクの事は良いんだよ」と恥ずかしそうに言った。
「心配なのは転校生と……イワツノヅチだ。あの子が敵の戦力になるのも危険だけど、それ以上にどうやって元に戻せば良いのやら」
それは、他のオーデータポケモンの洗脳を解除する方法も分からない事を意味する。レモンからしても他人事ではない。
「”がくしゅうそうちO”だっけ。多分、あれの仕組みは、プログラミングされた波形のオシアス磁気を大量にオーデータポケモンに流し込んで洗脳するんだと思う。イワツノヅチをどうやって取り戻すかは今の所……謎かなあ」
「あら、見ただけで大体分かったの?」
「まあね。ボクも技術と設備があるなら似たようなモノは作れそうかなーって思ってたんだよ。正直あんまり設計思想が好きじゃないのと、ボクよりも先に相手がそれに辿り着いたってだけ」
ぶつぶつとデジーは呟く。ポケモンを無理矢理従わせるのに強い不快感を抱いているようだった。
「大体、ポケモンを機械で無理矢理言う事聞かせるなんて、バチが当たるよ」
「私が貴女に好感を持っている所の1つは……ポケモンには只管真摯であるところかしら」
「……ありがと」
普段は食えない態度をしているくせに、褒める時はストレートだな、とデジーは顔を逸らす。
生徒会に居た頃は、自分の持つ技術力しか求められてこなかったので、改めて彼女の下について良かったと感じる。生徒会に居た頃は「甘い」と切り捨てられていた言葉だった。レモンは──自分のありのままを受け入れて、そこに好感を抱いてくれる。
「昔、お父さんもお母さんも仕事で忙しくって。ずっとミミロップ……てか、ミミロルと一緒に居たんだ。ポケモンだけは……ミミロップだけは裏切れないってずっと思ってた」
「そう……大事にしてあげて。きっとミミロップも、貴女の事……大好きだと思うわ」
「……ん」
優しく笑いかけながら、レモンはデジーの髪を撫でる。
「それ、ポケモンにするなでなでだよ、レモン先輩……」
「あらイヤだったかしら」
「イヤに決まってるでしょ。全く、皆してボクの事子ども扱いして」
「悪かったわよ、ふふ……イクサ君の話、しましょうか」
「……そうだね。気になってることがあるんだ」
頷いた彼女は──思い当たることを話し始めた。
「……転校生、悩んでるみたいだった。ギガオーライズの事で」
「ギガオーライズは、理性と本能のギャップが小さい程、扱いやすくなる。生徒会の連中にはおあつらえ向きじゃない。良心の呵責とかあいつらに無さそうだもの」
故に、ギガオーライズを簡単に扱いこなすことができたのだろう、とレモンは考える。
特に野心の塊であるアトムとは、相性が間違いなく良い。
しかし一方、善性の塊のようなイクサは違う。もし彼自身も自覚していなかった本性を暴かれたのならば、それで悩んでもおかしくはない。
「デジー……貴女はどう? 理性と本能のギャップ、本当に無いと思う?」
「無いとは言い切れないんじゃないかなぁ……だって、自分の事は自分が一番分かってるだなんて間違いだよ。理性と本能がある限り、人間の心に一貫性なんて無い」
「だったら分かるはずよ。イクサ君はきっと、トトにそれを突きつけられたんじゃないかしら」
「ボクらにも相談してくれればいいのに」
「相談できない事だとしたら?」
「できない事って?」
「本能、本性、後は欲望でしょう? イクサ君には悪いけど、あの年頃の男子ならセンシティブなあれこれの1つや2つ……いや、10や20は考えてるでしょうよ」
「……やっぱりやらしい事ってコト!?」
「あくまでも可能性の1つよ。むしろ、これならまだ健全ね」
デジーはうきうきで目を輝かせた。何処までもメンタルが思春期の男子で止まっている少女であった。
「あの可愛い顔した転校生も、やっぱエッチな事考えるんだぁ。誘惑してもなかなか靡かなかったのにぃ」
「……貴女普段彼に何をしてるの?」
「大丈夫だって、ボクから襲ったりなんてしないよぉ。いずれは、転校生の方からガバッ……てね」
「……」
「ちょっとちょっと、怒らないでよ、レモン先輩っ。そもそも
「いえ、怒ってるわけじゃないわ。……ただ、冗談抜きで彼の悩みが
「え”」
彼女の行動を咎める程器は小さくないつもりである。むしろ問題は、自分達のアプローチがイクサの理性を直撃し、ギガオーライズを阻むほどになっているのではないか、と考える。
よくよく考えなくとも、年上美少女の上級生からの熱烈なアプローチと、幼さと可愛らしさを併せ持つ小悪魔同級生からの誘惑。この二重の責め苦に耐え抜く彼の理性の強さは、計り知れない。
「私も身に覚えがあるから……責任の一端はあると言っても良いのよね」
「身に覚え!? 何々っ、聞かせてよう! ボク、聞きたいっ!」
「怒るより先にそっちが出てくるの?」
「にっしし、他の女の子だったら怒るけど、レモン先輩だし。何ていうか、安心というか」
「……この話は一度、置いておきましょう。もしも違ってたら、私が只の恥ずかしい勘違い女だわ」
「えー、教えてよ……」
「大体……今はこんな事考えてる場合ではないはずなのよ。本当は」
「転校生を助けてあげようって話じゃん。それに、こういう逃亡生活だからこそ、フラストレーションとか溜まっちゃうわけだし? 矢面に立って戦ってくれた転校生を労ってあげたいわけじゃん?」
「貴女、風紀の乱れるようなこと考えてるんじゃないわよね」
「ざーんねんっ、学園から追われてる身だから、風紀も何もないよーっだ。こんなまともじゃない状態で、人間はいつまでもまともで居られない。転校生だってそうだよ」
レモンは何一つ反論が出来なかった。3人は今、只の逃亡者。そしてここが学園ではない以上、守る校則も何も無いわけで。
「転校生は、もっとボクらを頼ってくれればいいんだよ。転校生が辛そうだと……ボクも辛いよ」
「……言うようになったわね」
「自分勝手な言い分なのは百も承知だけどね……惚れた弱みってヤツだよ」
「……私も出来る事を探してみるわ」
ポケモンが使えない今、自分が一番の足手纏いであることはレモンは自覚していた。
皆は優しいので決してそんな事を言わない。だが、それでも、やれることはやりたいのだ。
修羅のように強張ったイクサの顔を思い出す。それだけで胸が痛くなる。
ポケモンが奪われて、持っていた倫理観も善性も踏み躙られ、仲間も傷つけられれば──ああなってしまうのは分かる。
だがそれでも──それでも彼には「自分」を強く保っていてほしい、とレモンは願う。自分勝手な希望だとは分かっている。
ギガオーライズの為ならば、それを捨てなければならない時が来るかもしれない。
しかし、レモンが惹かれたのは──彼の力強さだけではない。あの朗らかで日溜まりのような優しさなのだ。
「……彼には……変わらないでいてほしい。学園の悪意に……飲み込まれないでほしい」
※※※
「おっはよーっ!!」
──翌朝。
宿の前で3人は集合する。
そのまま勢いよく、デジーはイクサの腕に抱き着いた。
相も変わらず、彼の顔は晴れないままだったが、すっかり元気になった彼女に「もう大丈夫なの……?」と問いかける。
「うんっ、ヘーキ! ヘーキだから……転校生は、もっとボクらを頼ってほしいんだよねっ!」
「ええ。一人で抱え込まないで。何でも相談して頂戴」
「……こんな時にワガママなんて言えませんよ。それに、デジー。腕組むと目立っちゃうし──男子に軽々しくそう言う事をするのは……誘ってるって思われても仕方ないよ」
「あ……ゴメン」
思わずデジーは腕から手を離してしまう。
明らかに声に覇気が無い──というよりは、嵐の前の静けさを思わせるような冷淡さだった。
何かを押し殺したかのような声だった。そのまま1人でイクサは踵を返すと歩き始めてしまう。
「急ごう。キャプテンが仕事を終えて帰ってしまうかもしれない」
そんな彼を見て──レモンは肩を落とした。流石に一晩で回復するダメージではないようだった。
一度ポケモンを喪っており「生きているならばOK」とまで到達しているレモンとは訳が違う。
そしてそれ以上に、これまでのアイデンティティの否定が余程堪えたようだった。
(ダ、ダメだありゃあ……相当参ってる……ってか、すっごく怖かった……)
(あれだけ言われれば心が折れても仕方ないのだけど……どうすれば良いのか自分でも分からないって顔だわ……変な方向に暴発しなければ良いのだけど)
※※※
──モイスシティは、カルラカン湖の畔に出来た町。
大河周辺と、各地に点在する湖の周辺。オシアスでは数少ない野生ポケモンの生息圏だ。
それでも、他の地方に比べれば、その生態系は乏しいと言わざるを得ないのであるが。
その代わり、大河から水が引かれたこの湖によって、農耕地は非常に広大で肥沃。この地域一帯の食糧庫としての役割を果たしている。
(湖に居るのはバスラオかラブカス、たまにドジョッチやミガルーサってところかしら。今から鍛え直すにしたって、時間があまりにも無いのよね。せめてコイキングなら……ううむ……)
そう思ったが、仮にコイキングが生息していたとしても元居るギャラドスに対して申し訳が立たない。
彼女にとっては、それくらい手持ちの面々は大事で、思い入れがあるのだ。ピカチュウを喪った後であるが故に猶更、ポケモン達への愛着は強いのだった。
(ポケモンよりも、先ずは……やるべき事をやるのが先ね)
先ずは、変装した姿が割れてしまっているので、新しい服をブティックで調達。そして腹ごしらえを済ませる。
朝早いからか、まだアカデミア生らしき姿は見えないので動きやすいのが幸いだった。クエスターからもかなり離れているので、まだ誰も辿り着けていないのかもしれない。
「ソルタウンのキャプテンは、学芸員。普段はソルタウンの方に居るらしいけど、珍しい化石がモイスシティの方で出たからすっ飛んできたみたいね」
「化石?」
「うん。モイスシティのカルラカン湖を西に進むと、オシアス大渓谷ってのがあるんだ。昔その辺りは海だったみたいで、色んな水ポケモンの化石が出てくるんだよ」
「へぇ……復元できたりするのかな」
「復元できる化石はごく一部だけどね……後、自然保護区に指定されてるから、化石は持ち帰れないよ」
「……残念だなぁ」
となれば、戦力の補充はできそうにないな、とイクサは諦める。
「そして、その近くには博物館があるの。キャプテンならきっとそこに居るはず」
「じゃあ探してみようよっ!」
「……ところで探すのは良いんですが、何か特徴はあったりしないんですか?」
「うーむ、私も会ったことがないけど……こんな話を聞いた事があるわ」
レモンは──指を立てながら言った。
「──
「真面目に言ってるんですか?」
「残念だけど大真面目よ」
「他にはないの?」
「スカッシュ・アカデミアの卒業生らしいわ」
「何で不安要素しか無いの、この時点で」
アカデミアのOB=危険人物ではないか、という疑惑が既にイクサ達の中に出来上がりつつあった。そこに元気が良いという要素も合わさると、嫌な予感しかしない。
それはあまりにもあんまりな偏見であったのだが、如何せん今までが今までなので、仕方が無いのかもしれない。
(でも、不安要素がどうだとか関係ない。キャプテンを利用してでも……ギガオーライズの手掛かりに辿り着いてやる)
イクサの目にまた──黒い炎が宿る。
あまりにも一瞬だったので、レモンもデジーも気付くことはなかった。