ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
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「あーあ、クエスターの市街は暑い暑い……汗が出てしまいますの」
白い日傘をさしながら、数人の生徒会メンバーと共にクエスターシティを練り歩くのは──フリーザー寮の寮長代理にして生徒会副会長のマイヅルだ。
現在も尚、学園に姿を現していないシャインに代わり、生徒会から派遣された彼女がフリーザー寮や文化委員を取りまとめている。
当然反発もあったが──そこはミカルゲお得意の”さいみんじゅつ”と、”処世術・金”により、大金持ちらしく解決した。
美しい銀の髪をたなびかせながら、物憂うように周囲を見渡す。何処を見ても庶民、庶民、庶民。
そしてその中に当然ターゲットの姿は見当たらない。無論、あのレモンが、こんな往来を出歩くようなバカな真似をするはずがないとは分かっているが、それでも追う者としては期待してしまう。
(まあ、暑苦しいのは天候や人混みの所為だけではないのですけども……)
「お姉様ぁぁぁーん♡ 暑いのなら、この私が秘書としてお姉様のお身体を扇ぎますぅぅぅ♡」
【フリーザー寮”文化委員長補佐(元・シャインの秘書)”キャンベル】
甲高い声が聞こえるなり、その少女はマイヅルに頬ずりした。
首輪をつけ、スカートの下から尻尾を生やし、興奮した様子で犬のように舌を出すのは──約1か月前まではシャインの秘書を務めていた眼鏡の少女であった。そう、暴走したりすぐに脱ぐシャインをいつも諫めていた
彼女の名はキャンベル。オーデータ・ロワイヤルでフリーザー寮の反乱を扇動した張本人である。だが、かつての真面目さだとか実直さだとかの面影は無い。
その後、実の親からは勘当寸前、それでも尚諦め悪く寮長の座とイテツムクロを奪う為にマイヅルの元を訪れた結果──ミカルゲの”さいみんじゅつ”を受けて昏倒。
更に暗示をかけられて、マイヅルの忠実な下僕となってしまったのだ。無論、1回や2回の催眠でこうなるはずはない。
律儀に動く手駒を増やす為、彼女が毎日催眠を掛けて暗示を続けた結果である。調教は一日にしてならず。千里の道も一歩から。
その結果、確かに忠実な奴隷は生まれた。生まれたが──なんかマイヅルが思ってたのと違った。
(正直、ドン引きですわ……これでは奴隷ではなく犬ポケモンではないのですの)
誕生したのは自分を「お姉様」と呼び、四六時中ついてくる駄ガーディ。マイヅルも予想し得ぬ事態であった。同級生たちも彼女の様子がおかしいのは分かっているが、キャンベルが主人にべったりと付きっ切りなので、下手に指摘することもできない。
(今日だって連れて来るつもりは無かったのに、勝手について来てしまいましたわ……元が後先考えずに裏切るような
単純と書いてバカとは流石に酷い言われようである上に、裏切りを企図したのにもちゃんと重い恨みつらみがあるからなのだが、そんな事はマイヅルが知ったことではない。
そして、自分の所為でとんでもないモンスターを生み出してしまったミカルゲの心境は──察するにあまりある。心なしか、ぼんやりと霊瘴に浮かび上がっている顔が、悲しそうに見える。こんなはずじゃなかったのに。
「ミカルゲ……試しに催眠解除してくださいまし」
「おんみょ~~~~ん……」
「ハッ!! 私はなぜこんな所に!?」
正気に戻ったようにキャンベルは辺りを見渡す。
そして己の痴態に気付く前に──宿敵・マイヅルを確認するなり、顔を怒りで真っ赤に染め上げた。
「ああマイヅル!! 私に何を……!?」
「うーん……やっぱり間違いなく催眠の賜物ですわ。少々変な方に効いてしまったようですわね」
「催眠!? 貴女、この私に催眠術を!? 一体いつから!?」
「1ヵ月以上前かしら」
「はぁーっ!? 1ヵ月ゥ!? 貴女何考えてるんですか!?」
もう1ヵ月以上、キャンベルからは催眠されていた間の記憶が飛んでしまっていた。その間はずっとマイヅルを「お姉様」と呼び慕う駄犬であったことを彼女が知れば、恐らくこの場で舌を噛み千切り自害する事は確実であった。
「やっぱり許せません──ひぐっ!? しかも、何この首輪!? それに尻尾まで!? これ一体何処から生えて──ってか、こんな往来でこんな格好をさせて──!! これが生徒会のやり方ですか!?」
「いや、その恰好、催眠にかかった貴女が自分からやったんですけども……ノリノリで」
「かくなる上は、此処で貴女を殺して私も死にますッ!!」
ボールを取り出そうとするキャンベル。
げんなりとした顔でマイヅルが「ミカルゲ”さいみんじゅつ”ですわ……」と命じた2秒後。
「私は御主人様の卑しいポケモンですぅぅぅーっ♡」
また、駄犬に元通りであった。
「……おんみょーん……」
「ミカルゲ……これは私には……救えないモノですわ……勿論貴方にも」
マイヅルもミカルゲも泣きそうになった。間違いなく催眠術の所為であった。催眠にかかったフリをしていたのならば、どんなに良かったことか。
催眠の所為で彼女の深層心理に埋め込まれていたドM根性が掘り出されてしまったのだろう、とマイヅルは考察する。出来れば永遠に胸の中に眠っていてほしかったところである。
だが、元はと言えば全てマイヅルが撒いた種であるし、催眠を解いてやれば全部解決なのだが──そんな選択肢はハナから本人には無い。一度支配したものを、どうして元に戻してやろうと言うのだろうか。
(とりあえず、傍目にこんな姿を晒してる時点で、もう二度と真っ当な生活はできないし、こんな状態では実家にも帰れないですわね! 元々自分の所の寮長を裏切ったこの女が悪いし、私も自分の身が可愛いし、催眠は一生このままにしておきましょう! うん!)
1人の少女の人生が狂わされたような気がするが、元々謀反なんてやらかした時点で狂っていたようなもんだし誤差である、誤差──べたべたとキャンベルに抱き着かれながら、マイヅルはそう己に言い聞かせる。
ちなむと全く誤差ではない。道行く人々の視線はキャンベルに注がれてしまっている時点で、立派な人生の汚点である。
恐らく彼女が催眠中の記憶を取り戻した日が命日になるであろうことは、マイヅルも容易に想像できた。自分でも即座に割腹するレベルの痴態をかれこれ1か月以上傍目に晒し続けていたわけなのだから当然である。
(ノブレス・オブリージュ……これもまた、高貴なるものの務め、ですわね……)
実際は臭いものに蓋をしただけである。しかも蓋出来ていない。
一連のやり取りを見ていた役員達も気が気でなかったが、漸くそのうちの1人が囁くように問いかける。
「ところで副会長。レモン先輩を探すアテがあるのですか?」
「此処からは手分けしましょう。1つ、覚えがある場所があります。貴方達は他の場所を当たって下さいまし」
「ハッ! 承知しました!」
「キャンベルは、お姉様に付いていきますぅぅぅー♡」
「あー、うん、はい……分かりました、分かりましたわ、ついて来て結構。でも騒ぎにならないように頼みますわよ」
目をハートにしてベタベタしてくるキャンベルを押しのけながら──マイヅルは笑みを浮かべてみせる。
アテならばある。むしろ、レモンが行き着きそうな場所ならば予想がつく。
「だって……
マイヅルはモンスターボールの1つを慈しむように撫でる。
その中には、暑きオシアスを一瞬で凍てつかせる冥界の番人が封じ込められている。
「……お終いですわ、レモン。ポケモンの居ない貴女等、怖くも何ともありませんもの」
※※※
──無限書庫のキャプテンは代々、非常に強力な予知夢と、自身の夢に現れた他者の記憶を追体験する超能力を持つ。
トトは、歴代の中でもその力が極めて強いとされており、夢に現れた人間の記憶を自在に深堀することも可能だ。無論、興味が無ければそのままスルーする事もできる。
ただし──
彼女の予知夢に現れたのは
彼を試練に選んだのは──興味があり、尚且つ自分の関心を満たすのに都合が良かった──という理由をより正確に噛み砕くならば。夢枕に直接主体として現れたイクサにのみ能力が使うことができること、尚且つ彼の記憶と彼の抱える捻じれた欲望に彼女が興味を持ったことである。
レモンやデジーといった他の人物の情報は、イクサの記憶経由で知った。そして、彼が此処にやってくることを知った上で、夢に現れた人物について調べられることはインターネットなどを駆使し、調べたのである。
「まあ、結局の所、貴方の抱える欲望の強さに私が関心を持った……これが全てですね」
「僕の欲望……?」
「正直、スカッシュ・アカデミアの危機だろうが、オシアスの危機だろうが、夢枕に現れたのが貴方でなければスルーしていたかもしれませんね?」
「な、何て人だ……!!」
「ふふ、冗談ですよ。流石に、あのレモンさんの頼みとあらば……普通に恋バナを聞いて終わりだったんですけどね? でも、貴方はそうじゃない」
トトは欲望の強さを否定はしない。むしろ、欲望が強く本能に正直な人間はポケモンと共感し、共鳴しやすいとまで考えている。一方で、理性でポケモンを制御しようとするだけではポケモンは動きはしないと考えている。
現に、各地方のチャンピオンや強豪たちの性格のアクの強さは証拠とも言える。それは勝利への探求心で現れるもの、好きな趣味への執着で現れるもの、と様々であるが──常人や凡人ではその領域に辿り着くことが出来ないのは、狂気的とも言える欲望や執着心が足りず、途中で折れてしまうからだと考える。
その意味では、レモンにバジル、ゼラ、そして──アトムに至るまで、学園の強者は、大抵この特徴に合っていると言える。
レモンの欲望は、自らの強さで全てを比護すること。人間の身には余るレベルの欲望だが、彼女はそのまま折れることなく強くなり、そして到達してしまった。
バジルの欲望は、名探偵に近付き賞賛を浴びること。憧れのヒロイックなものに近付きたいという願望こそが彼女の原動力。強さはあくまでも、その過程でついたものに過ぎない。本来の探偵の在り方としては何もかも間違っているのはさておき。
ゼラの欲望は、己の道を究め、正確な唯一つの弾丸へと成ること。ストイックな求道心もまた欲望。己の理想へ近付く為に只管進み続ける。完璧であろうとする欲求こそが、彼の原動力である。
そして──アトムの欲望は無論、支配欲。学園の全てを掌握し、最終的にはレモンをも支配下に置こうとしている。
では、イクサはどうなのか。
全ては”欲しい”、自らの手元に置きたいという強欲さに収束していく。
それが本人の気質の穏やかさと、倫理観、元の世界の価値観で雁字搦めにされていたことで表出しなかっただけだ。
そもそも、ポケットモンスターはポケモンを蒐集するゲーム。無欲なものに極められるはずがない。
だが同時に──彼は、理性と倫理観によって、その欲望を雁字搦めに抑圧している。現代日本に生きてきたので当然と言えば当然なのであるが。
「……言うに事欠いて、伝説のポケモンまで”欲しい”と言い切るとは恐れ入りましたよ。十二分に、強欲です」
「いや、ちが、今のは──」
「龍とは古来より、賢さと強さ、そして強欲さの象徴。貴方にピッタリじゃないですか」
「……ッ」
「そも、勝負人の貴方なら分かりますよね? 勝負への執着がない人間は、戦いの場に立つ資格無し」
「……分かります、けど……ッ」
「草食ぶりたい気持ちは分かりますけどね?」と彼女は続ける。
「……貴方は近いうち、否が応でも自分の中に眠るものを引き出して戦わなければならない時が来る」
【──エイパム達の さいみんじゅつ!!】
「その時……きっと今のままでは、蹴躓く。抑圧された、今のままでは」
周囲のエイパム達の目が怪しく光った。
「うぁっ……!? 急に眠──」
「──此処からはオマケです。己の欲望を自覚してもらう事で顕現した……己の中の己と対峙してもらいましょう」
「ウキキキキ」
「オココココ」
エイパム達が甲高く笑う中、イクサの意識は遠のいていった。
だが、すぐに視界は明るくなる。
そして気が付けば──周囲は冷たいコンクリートの空間に本棚が立ち並び、床は霧に覆われた、だだっ広い異空間であった。
「な、何だ此処……!?」
「──ようこそ、無限書庫ならぬ夢幻書庫へ」
トトが本を片手にそう語る。
「エイパムの力で貴方を強制的に眠らせ、その夢の中に私がアクセスしました。貴方とは既に1度繋がっていますから」
「……夢の中!? 一体、これ以上何をするって言うんですか!?」
「今、貴方が己の中の欲望を自覚した事で……貴方を象る根源である存在が浮かび上がっている」
轟々と竜巻でも起こるような唸り声が響き渡る。
それが、本棚を吹き飛ばす勢いで天へと舞い上がっていく。
──それは龍。黒く、そして赤い目を光らせる天翔ける龍。そのシルエットは、イクサが一番知っている物だった。
「──レックウザ……!?」
「きりゅりりゅりぃぃぃぃぃぃいいいいーっっっ!!」
【レックウザ てんくうポケモン タイプ:???/???】
しかし、ある意味イクサにとっては納得のできる姿となってそれは現れた。
自分が生まれて最初に出会ったポケモンとも言える存在。
これを見た時──イクサは、強く、強く、この龍が刻まれたカードを「欲しい」と感じた。
ずっと昔、幼少期の頃だったが、その記憶が蘇ってくる。
──ん? あげるよ……どうせ、もう必要のないモノだ。この世界では使い物にならないからな。
──これ? これは……ポケモンさ。集めて育てて……強くするんだ。
「ッ……!?」
男の声が何処からか聞こえて来る。
今まで忘れていたはずなのに、鮮明によみがえってくる。
イクサの背中に冷や汗が流れて来る。
「何だ……これは……!?」
「見知らぬ男の方から譲り受けたカード。それが全ての始まり、ですか」
「……こんなやり取りだったのか……小さい頃だったからもう覚えてなかった」
記憶の映像は薄れていく。
轟々と音を上げる黒いドラゴン。
それは、無数の砂鉄が集合し、集まったかのような姿をしてレックウザの形を成している。
(でも何だろう、このレックウザ……こんなにも恐ろしいのに……砂鉄で出来ているからか、とても虚ろで……
だがそれでも、龍は非常に獰猛で──手に持ったボールを握る間もなく。
「ッ……!?」
一瞬だった。
気が付けば、イクサの左半身は、龍の咢によって噛み砕かれていた。
※※※
「な、何だったんだ……今の……!?」
「ふーむ……なかなかの強敵のようですね……取り付く島もなし、ですか」
「あれが……僕だっていうんですか?」
「そうですね。凶暴で、獰猛。貴方、相当なバトル馬鹿でしょうし、戦ってる時には無自覚にアレが頭を出してるのかも」
何も出来なかった。
問いかけることすら出来なかった。
イクサは、自らの左半身が残っていることを確認する。
辺りを見渡すと、元の書斎に戻っていた。
「……以上で、無限書庫の試練を終わりとします」
「え、良いんですか!? えーと、結果は……」
「合格という事でオーケーですよ? お二方を連れて来て下さい」
あっさりと言ってのけるトトにイクサは首を傾げた。結局何がしたかったのか、何が起こったのかも分からない。
「……釈然としないなあ」
パンパン、と手を叩くトト。
彼女の指示のままに、イクサは扉を引く。
すると──ずっと聞き耳を立てていたのか、デジーが雪崩れ込むようにして部屋に入ってきた。
「……ねえ、何やってんの」
「あ、あははは……つい、気になっちゃって……でも大丈夫! 何にも聞こえなかったから!」
「信用していいわよ。その扉、というかこの部屋、防音バッチリ。私も試したから」
「ええ。音楽を掛けることもあるので、その辺はバッチリです♪」
「ちぇー折角転校生の恋バナ聞きたかったのに」
「ちぇーじゃないよ……全く、本当に困った奴だなあ……」
改めて席につく3人。
トトは──彼らの顔を見回すと、何処か得心したような顔をして指を組んだ。
「良いお話も聞かせて貰いましたし……先に貴方達の欲しそうな情報から与えましょう」
「どういう事かしら」
「私は、イクサ君の記憶からギガオーライズなる現象も確かに確認させてもらいました。確かに、既存のオーライズとは真逆とも言える現象。興味深かったですね」
3人は顔を見合わせた。
「類似した現象を私は知ってるんです。ギガオーライズの際に起きた、あの光は間違いありません」
「メガシンカ、かしら?」
「いいえ、メガシンカとはまた違う。ポケモンと人間のシンクロ、即ち同調によって起きる現象です」
一度前置きすると、トトは言った。
「オシアス地方の”ぬしポケモン”とキャプテンにのみ起こる現象──
「きずなリンク……? また知らない単語が出てきたんだけどぉ」
(きずなリンク……もしかしてきずなへんげみたいなものか……?)
イクサの脳裏に浮かんだのは、とある特殊なゲッコウガだった。メガストーンやキーストーンといったアイテムを介さずにポケモンがトレーナーとの絆のみで変化する珍しい現象である。
「百聞は一見に如かず! 下の階に来てください。直接、バトルして体感すれば良いでしょう」
「そうね。書物を探すのはその後でも遅くはないかもしれないわ」
彼女が立ち上がると、エイパム達がその肩によじ登っていく。
バトル、と聞くとイクサも自然と身が引き締まる。それを察したのか、トトは振り返りながらイクサに問うた。
「イクサさん。今度は、ぬしポケモン相手に腕試し、してみませんか?」
「……分かった。バトルなら自信があるんだ」
全く要領を得ないイクサだったが、その申し出に頷いて承諾した。バトルならば──受けない理由は無い。
(この人の考えてることはよく分からないけど……僕も確かめたい)