ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
──生徒達に配信された動画には、首にギプスを巻いたアトムの姿があった。
彼はとても悲しそうな顔を浮かべながら、つらつらと経緯を話していく。
「昨晩、ディナーから帰る最中に、何者かに車を襲われましてね……ええ。それで、ドライブレコーダーを確認してみたのですが、これを見て下さい!」
映像が切り替わる。車の真正面に立つ女顔の華奢な少年。その傍には、バチバチと電光を放つネズミのポケモン──パーモットの姿があった。
そして、パーモットの放つ電光で、少年の顔が露になる。
それは今年の春に転校してきてから、快進撃を続けてきた転校生の姿だった。
「おかげさまで首を捻挫してしまいましてね……ええ……学園の頂点に立つ私を襲撃するとは即ち、この学園に対する挑戦!」
だんだん本性が隠せなくなってきたアトムは──あの薄ら笑いを全校生徒に向けて言い放つ。
「大方、私と対立するレモン風紀委員長と親密な彼が……邪魔な私を排除するために仕組んだのでしょう。しかし、正義は勝ちます。こうして私は今、生きているのですから!」
仰々しく、芝居がかった演技で彼は続けた。
「そこで、親愛なる全校生徒の諸君にお願いをしたい──反逆者・イクサを捕えなさい。捕らえた者には彼のオーデータ・ポケモン”イワツノヅチ”を献上した上で、更に生徒会から何でも1つ願いを叶えましょう」
※※※
「僕が……生徒会長を襲撃した……!?」
牢屋内で、例の動画を見せられたイクサは肩を落とす。全く以て記憶にないが、動画に映っているのは確かに自分とパーモットであった。
となれば考えられるのはメタモンのような変身能力を持つポケモンだろう、と推測する。しかし、こうなってしまっては最早イクサは全校生徒の敵であった。
レモンは溜息を吐きながら「安心なさい、貴方がやっただなんて思っちゃいないわよ」と、小鹿のように震えるイクサに呼びかける。
「結論から言いましょう。貴方、嵌められたのよ」
「そんな気はしてました……」
「幸いデジーがいち早くこの動きを察知して私に知らせてくれたの。だから、こうして貴方を逮捕という名目で保護出来たってワケ。今はバジルが事態の鎮静の為に動いてくれているわ。”貴方は風紀委員に捕まった”ってね」
レモンが、いつものような優しい顔に戻る。
「私が貴方を本気で疑うわけがないでしょう。ま、表向きにはああいう態度を取らざるを得なかったけどね」
「……誤解されて、辛くないんですか?」
「貴方を守る為なら、どんな罵詈雑言だって痛くも痒くもないもの」
「……守るのは僕の方なのに」
「でも、今はそうじゃない。このままでは、貴方はまともな学園生活が送れなくなる。いや……もう手遅れかもしれないけどね」
尤も、今までがまともな学園生活だったかと言われれば甚だ疑問ではある。
「……友達には悪い事しちゃったわね。ああでもしないと諦めてくれそうになかったから。でも、良い友達を持ったわね」
「これから僕はどうすれば……」
「アトムは、イクサ君の持ってるオーデータポケモンを餌に、全校生徒を釣るつもりよ。
「そんなバカな!! こんな見え透いたウソに騙される人なんて居るんですか!?」
そこまで言ってからイクサは──項垂れた。居る。多分きっと沢山居る。
これが嘘か本当かなどは関係ない。イクサの持つイワツノヅチを手に入れたいがためにイクサを追いかける者も大量に出てくるだろう。
「さて、事件現場の検証だけど、車に乗っていたのはアトムとAI運転手だけ。誤魔化そうと思えば幾らでも誤魔化せる。そして、車も見事に破損してるみたい。問題はドライブレコーダーの映像をどうやって作ったか、だけど」
「どっちにしたって……車丸々一台使った自作自演じゃないですか」
「その通り。だけど、今貴方は全校生徒から標的にされている。貴方を倒せば何でも願いが叶うみたいだし? しかもイワツノヅチも手に入る」
「ッ……その後でまた生徒会が掻っ攫う」
「また同じ手口よ。飽きないわね、アトムも。しかも、今回は全校生徒が実質的に貴方の敵。味方はほぼいない」
「……そんな」
「正直、デジーもバジルもゼラも、表立っては動けない状態よ。だって貴方の味方って分かった時点でリンチされるのが分かり切ってる。だから、表向きは貴方の敵を装ってる」
あの3人については今更敵対する事は無いだろう、とレモンは言う。既にオーデータ・ロワイヤル、そしてメロディーレインで苦楽を共にしているのだから。
かと言って、現時点ではイクサの味方として動くことが出来ない状態であることも確かだ。
「ただ、貴方……対外的な評価は正直よろしくないわ。逆恨みで狙う生徒も多いでしょう」
「一体どうして……!! 確かに、決闘で勝って恨まれてる可能性はあると思いますけど……」
「1つ。初日にラズを撃破した事。この時点ですでに一目置かれているわ」
「そうですね」
「2つ。オーデータポケモンの捕獲。更に、決闘で幾度となくその死守に成功している。オーデータ・ロワイヤルでも生き残った事で実力は完全に折り紙付き」
「ええ……確かに」
「3つ。生徒会の一員をリベンジで返り討ちに。更に、彼女にバニー服を着せた上で、夜な夜なテントに連れ込んでいる……」
「待ってください聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど」
他2つはまだ納得できる。問題は最後の1つであった。どう考えても不純異性交遊の疑いが掛かってしまっている。
流石にこればかりはイクサも座視できなかった。
「あら、本当じゃない」
「デジーにバニー服を着せたのは貴女達じゃないですか!!」
「……そうとも言えるわね」
「そうとしか言えないでしょう!? それに、連れ込んでるんじゃなくてあいつが勝手に寝床に潜り込んでるんですよ!!」
「大丈夫よ。その件についてはキッチリげんこつして、
「何も大丈夫じゃねえ!! 良くない風評が出回ってるんですよ!!」
「私達身内以外の貴方の評価は──学園内屈指の戦闘力を誇り、幼気な少女にバニー服を着せる事を要求して侍らせている……つまり武闘派の変態ヤンキーよ」
イクサは牢屋の床に手を突いた。
涙が零れそうだった。冤罪を掛けられたことではなく、学内に出回る風評の数々にだ。
「貴方がテント生活をしているのに襲われなかった理由を教えてあげましょう。皆、これらのウワサを恐れてるからよ。バックに私が居たからってのもあるけど」
「何もかもが間違ってる!! 弁護士は居ないんですか、弁護士は!!」
そんなものはない。
だが、箇条書きマジックとは恐ろしいもので、こうして今までの事を書き連ねると見事にイクサが恐ろしい奴みたいになってしまう。
「可愛い顔をして年上の女を食っている、みたいな噂もあるわ」
「誰も食ってませんよ!!」
そうね、とレモンはこの場では肯定した。しかし、何故か学内では「転校生の転校生がドラゴンタイプでメガシンカのガリョウテンセイ」等という不埒な噂が流れており、彼が女関係にふしだらである風評に一定の説得力を持たせてしまっている。レモンもそれを小耳にはさんでいたが──
(言わない──風紀が乱れるから)
──敢えて、言及しなかった。えらい。因みに「ガリョウテンセイのウワサ」の発生源が、今不在の寮長二名であることは言うまでもない。
「とにかく、私の手引きに従って頂戴。アトムに貴方のオーデータポケモンが渡るのは避けたい。それに、アトムは私がこうすることを予期しているでしょうね」
「僕の疑いは……」
「勿論、出来る限りの事をして晴らすわ。だけど……もしもの事があったら──」
彼女はふわり、と笑みを浮かべて言った。
「──何が何でも、逃げ切って」
※※※
「──と言う訳で、学園の反逆者であるイクサは……私が捕らえたわ、アトム」
風紀委員達を連れて、レモンはアトムの前に参上する。
生徒会長の席でふんぞり返る悪王は笑みを浮かべた。
その傍らには、生徒会役員たちも揃っている。
「全校生徒を動員する必要なんて無いわ。事は風紀委員だけで片付いた」
「……んー、いけませんね、レモンさん。それなら、早く事件の犯人であるイクサ君を引き出して貰わなければ困ります」
「あら、私の風紀は揺らがず、例外は無い」
「困りますね、実に困ります。外では既にデジーさんとバジルさんが”事態は沈静した”などと
「だってそうじゃない。風紀委員が反逆者を捕まえた。後は処罰を検討する。じっくりと、事件の詳細を調べに調べた上で……ね」
お前の偽装などすぐに暴けるんだぞ、と言外に告げながらレモンは一歩踏み出した。肩に羽織ったブレザーをマントのようにはためかせながら、彼女は帽子をキュッとかぶり直す。
「……その姿、委員で現役時代だった貴女の姿ですね。あくまでも、イクサを渡すつもりは無いと?」
「ええ。だって、彼はまだ容疑者。風紀委員の管轄よ」
「……貴女も頑固ですねぇ。でもまあ、そんな貴女が私は好きですよ」
「やめなさい、寒気がするわ」
「ふふっ、結構。ですが、彼は既に学園の反逆者……貴女がそれを匿うとするならば、こちらにも考えがありますよ?」
「匿うなんてとんでもない。処罰が確定するまで、こちらで捕縛するだけの事だわ」
視線がカチ合う。
その瞬間に、生徒会役員達と風紀委員達も一触即発の空気になる。
「……貴女があの転校生と密な関係であることは分かり切ってるんですよ」
「あら、残念。私、もっと大人っぽい人が好みなの」
「推薦組に選び、決闘代理にも選んでいた辺り……相当彼に入れ込んでいることは明らかなのに」
「……」
「私の受けた被害は、生徒会への被害、即ち学園への被害。処分は生徒会が直々に行います」
「校則でもあるのかしら?」
「ありません。だから──此処で決闘をしましょう、レモンさん」
ざっ、と役員達が道を開ける。
そして名も無き庶務たちが机を片付けていくと──現れるのはバトルフィールドだった。
更に、ドローンロトムが数機現れ、会場を撮影していく。
「……私が勝てば、風紀委員としての貴女の権限を頂きます。生徒会が、風紀委員を吸収するんです。ついでに──ハタタカガチも私が頂きましょうか」
それは、レモンの持つ権力を全て簒奪するという事実上の宣言だった。
当然それは風紀委員達にとっては到底受け入れられるものではなく。
「ふざけるなーッ!!」
「そんな事認められるわけがないだろう!?」
「でたらめを言うなーッ!!」
「それならば、生徒会役員で強制的に風紀委員に立ち入り捜査をするまで。なんせ、レモンさん。貴女と転校生の繋がりが強い事は明らかですからね」
「……成程、つまりアトム。貴方は私が転校生君と共謀した……と言いたいのね」
「そう言われても仕方がありませんよね? 協力する意思があるならば、転校生を引き渡せば良いだけの話です」
つまり、決闘を受けなければどの道生徒会は風紀委員に疑いをかけると言っているも同然だった。
そうなれば下手をすれば生徒会だけではなく全校生徒が風紀委員に乗り込んできてもおかしくはない。
イクサと繋がりを持っている時点で、レモンも「反逆者」の誹りを受けても仕方が無いのだ。
尤も、元より彼女はアトムの言う事に大人しく従ってやるつもりは無いのであるが。
「それだけ大きな賭けを吹っ掛けてきたなら……こちらからも、要求をしましょう」
「ほう?」
興味深そうに眉を動かすアトム。
そのしたり顔に、レモンは指を突きつけてやった。
「──宣言するわ。私が勝利すれば、生徒会長の席を退き、役員も全員解散してもらう」
「ッ……!!」
面白くないのは役員達だった。
彼らはボールをすぐさま握り締めてレモンを睨み付ける。
しかし──それをアトムが制した。
「やめなさい。貴方達ではどうせ、3人束になっても本気を出したレモンさんには勝てませんよ」
「ですが会長……ッ!!」
「まさかと思いますが皆さん……この私が敗れると、本気で思っているのですか?」
思ってませんよね? とアトムは念押しするように3人に告げる。
「あの時、寮長3人掛かりでもあっさりとオオミカボシに敗北した貴女に……勝ち目などありません」
「あら。貴方一つ勘違いしているわよ」
「──?」
「……今の私は、最強よ」
(勝てるかどうかなんて正直分からないわ。でもね……イクサ君。貴方の未来は……私が持っているもの全てを賭して守る価値があるもの)
ハタタカガチの入ったボールを握り締め、レモンはコートに立つ。
(いいえ、価値があるとかどうか、風紀がどうとか関係無いわ。……どうしようもなく、貴方に焦がれていて……私、今……冷静じゃないのかも)
ボール越しに、自らの相棒に呼びかける。
「ハタタカガチ。これは私の自分勝手なワガママ。きっと天国の父さんと母さんは怒るでしょうけど……最後まで戦ってくれる?」
答えは──肯定だった。
かたかた、とボールは震え、今すぐにでも出せと言わんばかりだ。
「大好きよ、ハタタカガチ。私をいつも見守ってくれて……ありがとう」
ちゅ、とボールに軽く口づけすると、彼女は思いっきりボールを投げる。
そこからは臨戦態勢に入った電球蛇が蜷局を巻いていていた。
「そう言えば……あの迷宮崩落事故以降、例のピカチュウの姿が見えませんね。何ででしょう?」
「……本当は分かってるくせに」
「貴女が相棒を喪った事など、察しが良い人間なら皆気付いていますよ。それで今の今まで代理を立てていた事くらいね」
風紀委員がざわめく。表向きには──彼女の相棒のピカチュウは生きており、療養の為に実家にいるということになっていたからだ。だが、もうそれでレモンは動じはしない。
「御託は良いわ。さっさとポケモンを出しなさいな」
「あの特異的に強いピカチュウならまだしも……ハタタカガチなら幾らでもやりようはあります。オオミカボシ、教育してやりなさい」
がちゃがちゃ、と歯車を回す星見盤が姿を現す。
「試合は1対1で決めましょう。オーカードの見せ合いなんて、今更必要ないわよね?」
「ええ勿論。しっかりとドローンロトムで撮っていますとも……! 今頃この決闘は全校生徒に中継されていますからね。生徒会長の座を賭けた決闘として──歴史に残る一戦となるでしょう」
「じゃあ、私がこの手であんたを葬ってやるわ、アトム。歴史から……永遠にね」
両者は同時に──叫んだ。
「巻き付いて”10まんボルト”ッ!!」
「”だいちのちから”です」
地面が赤熱し、爆ぜた。だが、その時には既にハタタカガチは電光となって宙を舞っていた。ちろちろ、と舌を出すと、そのままオオミカボシ目掛けて巻き付こうとする。
だが、オオミカボシもまた、その姿を一瞬で消してしまい、移動するなり牽制の”ラスターカノン”を放つ。
しかしそれも命中しなかった。すぐさま電光に姿を変えたハタタカガチは地面を這いずり回り、オオミカボシに電撃を見舞う。
「ッ……オオミカボシの速度に追いついている!? この間とは動きが違いますね……ッ!!」
「言ったはずよ。私は最強。そんな事は……去年の学園最強決定戦で分かり切ってるはず。貴方も、重々その身で分かってるはずだけど?」
「──ッ」
その挑発に──アトムは敢えて笑顔で応えてみせる。
「流石です! そうでなければ、オオミカボシを戦わせる意味が無い! やはり貴方には、あの寮長共では釣りあいません! 貴女の相手はもっと強く、もっと速く、もっと堅くなければならない──ッ!! もっと私に、貴女の戦いを見せて頂きたいッ! 貴女はやはり、こうでなければならないッ!!」
「──あら、もう興奮してるのかしら。まだ戦いは始まったばかりよ」
「なぁに、この日を、この時をどれだけ待ち侘びたかッ!!」
オオミカボシの速度が急上昇していく。ハタタカガチもそれに合わせ、速度を上げていく。
「──その上で、私が
「あら、随分とお可愛いプロポーズね」
レモンがそう言った時。フィールド上全てが電気に包まれた。
遂にダメージを受けて倒れ込んだオオミカボシを眺めながら──彼女は自らの唇に人差し指を宛がう。
「でも……私は貴方のものにはならないわ、アトム」