漫画感想/[特別読切] 螺鈿の楼閣(作:戸桝有馬)
芸術の本懐とは何か。それはある種の美しさが伝わることだろう。
では美しさとは、何か。それはある一瞬を切り取った時の衝撃なのだろう。
題目通りです。読みました。それは芸術でした。表現の自由の本懐、その一粒を舐めとるように味わいました。ほんとうによかった。
あらすじ
となりのヤングジャンプ 掲載ページより引用
『自身の趣味嗜好を人に言えない男の子 主税(ちか)は、 友達の姉である華子(はなこ)に徐々に惹かれていき──。』
『露のように消えていく 何にもなれない私の想い』
感想(ここからネタバレに抵触)
総評
雨天の湿度感がずっとじめりとじんわりと包むような雰囲気の中、淡々とお話が進んでいきます。つまり湿度がある。晴天であっても、です。
こりゃあ、すごいですね。
あらすじにある通り、思春期の小学生男子が友人の姉に惹かれていく…
インモラルで性的な恋愛ストーリーかと思えば、そうではないお話。
端的に、読み切り故の完成度の高さがこの物語を天才の芸術に仲間入りさせていると言っても過言ではないでしょう。この物語の続きを想像する人もいるでしょうが、それは想像だからよいのです。はっきり言って、この物語には前も後も蛇足です。ここで切り上げたからこそ、この物語の持つ、どこか淫猥で艶めかしいインモラルな空気感は、物語の結末を以て、星空に光る淡い星のような輝きを放つひとひらの芸術になったと言えるでしょう。
キャラクターの対比
人に言えない秘密を抱えているのは…男の子(チカ)だけではなく、実はお姉さん(華子)も同じ。華子との交流を経て、引っ込み思案という名の自分自身の皮を脱ぎ、生来の輝きを放つようになっていくチカ。
対して、その名の通りのどこか華やかな大人の女性の姿であった華子は、じめったくてぬめり、からめとって逃がさない、そんなおどろおどろしさを携えたような、そんな華子の本性が露わになります。
絵の表現も素晴らしい。美しかったはずの華子の黒髪は、彼女の本性と共に美しさが綻び、グロテスクさでコーティングされたかのような印象の変化も受けます。絵柄を大きく変えて表現するのではなく、ままに描き続け、しかしストーリーの変化と共に受ける印象が変わるのは、作者の画力ひいては表現力の賜物でしょう。とってもすごいですよね。
そして、このキャラクターの対比こそが、華子の感じたであろう切々さを読者にも感じさせる大きな要因であると思います。
結末について
こういった物語は、それこそ特定の属性の人間を鼓舞するものであったり、あるしゅ消費物としての側面を強くもつものであったり、そういった場合はやや都合の良い幸福な結末や、強く悲観的な結末、物理的にグロテスクな結末を選ぶことも多いでしょうが、本作は違います。ビターな味わいです。
時に、本作を読んだ人の感想の中には、『社会的道徳的に許されない人々を肯定的に描いている』だとか、『”愛”ではないのだ』だとか、『おねショタ』だとか、『男女逆だったら日本でも磔にされそう』だとか…全く味わいなく、祈りの無い白湯のような感想も散見されます。しかし、この結末を読んで共有する言葉がそれっていうのは、正直そりゃあないでしょう、という想いがあります。
主人公の相手役として登場したかのようにも見える華子。しかし思い返してみれば、表紙を飾るのは華子。ならばこの話は、はじめから彼女のための物語だったのかもしれません。
作中、華子の内心には自分自身の強い欲望に対する自制心と否定的な感情が見て取れます。彼女の『子供が好き』という言葉の意味が変化したとき、少年チカと華子が共に過ごした時間は、平静を装いながら転がり込んできた非日常を甘んじて享受してきたのだという、華子の打算的な想いも同時に感じられることでしょう。読者がどこかインモラルな雰囲気を感じながら読み進めてきたチカ少年の淡い恋心の日々が大きく覆り、グロテスクさが首をもたげてきます。
そして、それを打ち砕くのはチカ少年の言葉。
『ずっとは無理だよ』という華子を、
『今だけでいいよ!』とチカ少年が打ち砕きます。
「大人になったら好きになれない」という華子を、
『大人になったら 嫌いになっていいよ』とチカ少年が打ち砕きます。
そして、『大人になってわたしと何がしたかったの』と問いかける華子を、『ただ好きだからずっと一緒にいたかっただけ』とチカ少年が打ち砕きます。
目元を赤く染め、涙を流しながら語っていた華子はその言葉にはっと我に返り、暗い面持ちでしばし間を置いてから、チカ少年を抱きしめます。好意を抱いているお姉さんに抱きしめられたチカ少年はその頬を赤く染めたまま。
そしてラストのセリフに繋がりますが、この結末は本当に美しいものだと思います。まるで汚い自分自身がついぞ認められたかのような思いがしていたことでしょう。しかし、ぬか喜び。自分自身に言い聞かせてもいたでしょう『わたしたちは何にもなれないのに』という言葉がひっそりと舞い戻ってきていて、華子の心を穿ったかのようです。
前段で述べたようなキャラクターの対比もあり、この時の華子とチカ少年の内心の差の大きさは、繊細な絵柄を飛び越える強いコントラストで読者にも伝わってきます。そして華子の言葉によって、読者の想いもまた締めくくられてしまうのですが、その衝撃たるや。本作のようなテーマを取り扱った作品は様々にあるでしょうが… そこから想起されるストーリーをこのような形で漫画として切り取ることで、どこか儚く、キャラクターの持つ切々さを確かに感じさせる芸術へと昇華させた見事な作品だと言えるでしょう。
タイトル「螺鈿の楼閣(らでんのろうかく)」
螺鈿とは
螺鈿(らでん)とは、貝殻の真珠層を用いた漆器や着物などの加飾方法のこと。「螺」は巻き貝を表し、「鈿」とは貝や宝石を施した飾りのことを言います。
螺鈿には、夜光貝やあわびなどの貝殻のきらきらと輝く部分が使われ、見る角度や向きによって美しく表情を変えることから多くの人を魅了しています。
楼閣とは
高層の立派な建物。比喩表現としては、空中楼閣や砂上の楼閣のように、根拠のない空想・実現不可能な計画、土台がしっかりしておらずすぐに崩れてしまうもの・長続きしないもの、などに例える表現が一般的でしょうか。
物語を読み終えて改めてタイトルを振り返ると。高く美しく聳え立つも、不安定で長続きしない。しかし、見る角度によって異なる輝きを放つがゆえに見るものを魅了する。そんな風に思いを馳せてしまいます。
性愛渦巻く
こういったテーマは、単純に肯定や否定を描くと陳腐になってしまうテーマだと思います。肯定するも否定するも、それだけでは政治です。地図上に描く国境線、分水嶺の取り合いに他ならないでしょう。芸術性を伴わないやり方を良しとするならば、性的消費物として作成し消費してしまえばいいでしょう。しかし、本作はこの幕引きを選んだことによって哲学性を帯びたような気さえします。確かな愛さえ、あったと思います。
永遠に続くことなどありえないとはじめからわかりきっている禁断の愛。それを抱えることの悩ましさ。口に出せば断じられようその愛に、行く末を描かず噤むことで、物悲しくも確かなきらめきを表現しきった本作は、まさしく『螺鈿の楼閣』なのでしょう。
面白かったです。名作です。ぜひ読んでね。



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