ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
※※※
──今日は音楽祭の前ということもあり、午前中は雑誌の取材。そして、その後は歌番組の収録だった。
護衛として5人も付き添うことになる。肝心のデジーはと言えば、眠そうな目を擦っていた。
収録の間、やはり目玉となったのはフィーナとメロエッタの歌声であった。
イクサ達も、固唾を飲みながらその様子を静かに見守っていたが、
「──いつか貴方と、見ていた夢が、粉々に砕け散っても──いつも貴方と、繋いでいた手の温もりが──永遠に──」
──やはり頭抜けているとしか言いようがない。
メロエッタと二人で歌っているというのもあるかもしれない。
しかし、彼女1人だけが歌うパートの時、確かにイクサは心を引っ張られるものを感じた。
切なく手を伸ばし、頬に触れてくるような感触。
思わずこちらが手を取ってしまいたくなるような脆く儚い歌声。
自分の居た世界に、彼女と同年代で此処までの歌唱力を持つアイドルが居ただろうか、とイクサは回想する。
メロエッタもそうだったが、フィーナは歌に感情を乗せるのが非常に上手い。
そしてポケモンであるメロエッタは、その技能を多少なりとも自らのサイコパワーで補強している部分があったものの、フィーナにそんな特殊能力は当然存在しない。
聞いたものを虜にする”悪魔の歌声”。
収録が終わった後も、イクサはずっと彼女の歌を思い出しながら物思いに耽っていた。
歌が頭からこびりついて離れない。
それを見かねたデジーは──思わずイクサの肩を叩く。
「ねえ転校生! もう行くよ」
「フィ、フィーナ!? ごめん、すぐに──」
デジーは一気に機嫌を悪くした。
「……バカ!! ボクはデジーだよ!!」
「あっ……ご、ごめん、ひぐぐぐぐぐ!?」
「フィーナとボクは間違えなかったのに、ボクはフィーナと間違えるんだ……ふぅーん、そうなんだ。あーあ、ご機嫌でいられる理由無くなっちゃったなあっと」
「いだだだっ!?」
一瞬とはいえ間違えられたことに腹を立てたデジーは彼の頬を思いっきり抓る。
完全に脳をフィーナの歌に焼かれてしまっている。イクサだけではない、他の護衛3人も同じだ。
メロエッタが居なければきっと、全員まとめてフィーナの声の虜になっていたかもしれない、と確信する。
「いつまでボクのそっくりさんの顔を思い出してるのかなあ、この色ボケ転校生!」
「ひ、ひぐぐぐ、痛い痛い、何するんだよ! 悪かったよ、間違えたのは!」
「もうお昼を食べに行くよ! 今日は皆で楽屋で食べるって話だったじゃない!」
「ごめん、そうだったね……」
「全くレモン先輩も、バジル先輩も、ゼラ先輩も、フィーナの歌で腑抜けちゃってさ……元に戻すの大変だったんだからねっ!」
口には出さなかったが「これが悪魔の歌声の力なの?」とデジーは言いたげだった。
しかし同時に、それが生まれ持った才能以外によって飛躍していることも彼女は理解しているようだった。
「……やっぱりアレはフィーナの才能と努力だよ」
「デジー……」
「それを利用しようとするヤツなんて、ボクは許せない」
「君も丸くなったね」
「うっさい!
「君も守らないと。顔が似てるから間違えて襲われるかもしれない」
「お構いなくっ! 生憎ボクは強いからね」
「悪かったってえ……」
んべ、と悪戯っ子のようにデジーは舌を出す。
当然このくらいで怒るほど彼女の器量は狭くない。
しかし、自分の機嫌を何とか取ろうとするイクサの事が面白いので、しばらくは拗ねたフリをしておくことにするのだった。彼女はイタズラウサギ。フィーナと違って良い子ちゃんではない。
「それにしても、レモンさん達もヘンになってたの?」
「うん。全員そろってボクをフィーナと間違えた。あの歌声はやっぱヤバいよ」
「君はどうだったの?」
「実は嫌な予感がして収録中はワイヤレスイヤホン付けてた」
「勿体ない! 折角の生音源なのに!」
「ほらぁ、もう虜になってる! 普段転校生も音楽には興味ないのに!」
「あっ……そっか……こう言う事なんだ……」
「これが完璧で救国の聖女の歌力ってヤツだよ」
そう言って二人は遅れて楽屋に出向く。
最初に飛び込んできたのは、バジルの黄色い声だった。
「そうっ! この私が天才名探偵のバジルちゃんなのデース! フィーナさんも何か困った事や気付いた事があったら、私に相談してくだサイね!」
「ふふっ、バジルさんって聞いていた通り面白い方なんですね」
「そこにいるゼラ先輩も、すっごく強くて頼もしいスナイパーデス! 不審者が近付いてきたら即座にズドン、なのデス!」
「……もう打ち解けてるよ」
(そして女子の中に1人で放り込まれたゼラ先輩は完全に硬直してるな……サンドイッチを食べる手が止まってる)
ずっと腕を組み、不動を貫くゼラ。
しかし彼がコミュ障であることを知っているイクサは──それが怯える小型犬にしか見えなかった。
そして、同じ男であるイクサがやってきたのを認めたゼラは漸く何処か安心したように息をつくのだった。余程居心地が悪かったらしい。
見るとメロエッタですら、バジルの何処まで盛っているか分からない話を聞いて感心しているようだった。
(メロエッタ、悪い事は言わないから、その人の話は話半分に聞いた方が良いよ……)
「あーっ! 遅いデスよ、イクサ、デジー! スケジュールはタイトなんデスから!」
「最悪車の中で食べますよ」
「人の車だということを忘れていないデスか?」
「あっ……スミマセン、急ぎます」
「ほんっと世話を焼かせるよねえ、転校生はっ!」
「……その世話を焼くのも好きでやってるんじゃないですか? デジーさん」
フィーナの問いかけにデジーは顔を真っ赤にした。彼女はすっかりデジーを揶揄う事に味を占めてしまったらしく、イタズラウサギのような笑みを浮かべてみせる。性格は違うが、根っこのところはどうも二人とも似ているらしい。
「ないない! 絶対ないっ! そっ、それよりも、レモン先輩が居ないけどさぁ、どうしたのかなーって」
席について辺りを見回すと、確かにデジーの言う通りレモンの姿が見当たらない。
(ほんとだ、レモンさん居ないや。何やってるんだろう)
「テレビ局の人たちに色々聞き込みしてたデスよ」
「それって本当はバジル先輩がやる事じゃないですか。探偵設定何処行ったんですか」
「私はフィーナとお喋りしたかったのデース! 後! 探偵は”設定”じゃないデースッ! いくらイクサでも怒るデスよ!」
「ハイハイ、スイマセンデシタ……」
色々フリーダムな先輩は捨ておき急いでサンドイッチを頬張っていく中、バジルが気になったことをフィーナに聞いていく。
「そういえば次はレッスンなんデスよね。そこの音楽教室ってどんなところなんデスか?」
「オクターヴさんがその昔、御友人と立ち上げたんですよ。今は息子さんに経営を譲ってるんですけどね」
「御友人ってどんな人なんデス?」
「フォルテさんよ。前衛的な創作音楽が大人気でね。昔は作詞を
楽屋の入り口の方に皆の視線が向く。そこには、マネージャーのシャープが立っていた。「やっほ♪」と気さくそうに手を振った彼女は、そのままレモンが立ち去って空いた席に座る。
「
「天使!? オクターヴさんが!?」
「俄かに信じ難いのデース……」
「ぶっふ……笑っちゃいけないのは分かってるけど……天使って……」
「ちょっとデジーさん! オクターヴさんに失礼ですっ!」
「ごめんってフィーナ、でも面白すぎて……だってあの鬼みたいな顔してる人が、天使って……」
「ええ、同年代の人は皆言ってるわ。顔も声も可愛かったらしいわよ、当時はね……」
どうやら人間誰しも年数で変わってしまうものらしい。そしてシャープは興味津々と言った様子でイクサの方を見た。
「そ、丁度そこの君みたいな感じよ、イクサ君」
「なんかそう言われると複雑です……」
「イクサも将来あんなゴツい感じに……! それはそれで面白そうデス!」
「うーん、でも女の子と間違われるよりはマシなのかなあ」
「だめーっ! 転校生は可愛いままが良いの! ずっとボクのオモチャで居なきゃダメ!」
「最悪なんだよ理由が」
こうなったら是が非でもオクターヴのようにゴツくなってやる、と決意したイクサだった。尤も人間、体格はそう簡単に変えられるものではないのであるが。
「逆にフォルテさんはその昔から変わらない。作曲の天才”音楽の破壊神”って言われてたの」
「音楽の破壊神……?」
「そうよ。前衛的で奇抜で、だけど人々を惹き付ける曲を作ってた。保守的なうちのプロデューサーとは正反対よね。でも、これが不思議と噛み合ってたの」
「二人は仲が良く、よくオクターヴさんが仕事で外の地方に行く時もフォルテさんは付いていったみたいです」
「親友……ってことかあ」
「でも──ある時を機に、二人の仲は決裂。音楽性の方向の違いだったみたい。それ以来、フォルテさんは行方を晦ませてるわ」
二人を裂いたのは、音楽家にはよくある「方向性の違い」と言うやつだった。しかし、二人の付き合いは長い。本当はそれ以外にも何かがあったのではないか、とイクサは勘ぐる。
「……一説によれば、オクターヴさんがフォルテさんを裏切った……なんてウワサもあるけど、まあ所詮はウワサよ」
「そうです……オクターヴさんが、そんな事をするとは思えません。確かにオクターヴさんは沢山仕事を取ってきてくれて、私も忙しい思いをしてますし、うるさい、顔も怖いし……あれ? 良い所が思いつかない──」
「ちょっと。フォローするつもりが逆にディスってるデスよ、それは!」
「でも──優しい人なんです。いっつも私の事をいの一番に心配してくれます」
フィーナが襲われたと聞いた時の、尋常ではない慌て様をイクサ達は思い返す。あれが嘘とは思いたくないが──
「あの人も経営者。腹では何考えているか、私達下々の人間には分からないわ。でも、フィーナが信じたいなら信じてあげるのが一番よ」
「……シャープさん」
しかし──この場に居る全員は知っている。
彼女の歌が特別な力を持つことを。そして、犯人の狙いがその歌声であることを。
他でもないオクターヴが彼女の歌を狙っている線も捨てきれないのである。
(……今の話で気になる所は沢山あるけど)
イクサは腕時計を見た。もう直に出発しなければレッスン会場の音楽教室に間に合わない。
(オクターヴさんの気持ちは分かったかな。関係者の中に犯人が居るとは思いたくないよね)
※※※
「あら、皆揃ってるのね」
先んじてレモンはマイクロバスの傍で待機していた。イクサは駆け寄り──彼女に話しかける。
何かを調べ回っていたらしいが、気になるのは勿論その内容だ。
「レモンさん、何か分かった事は──?」
「追々話しましょう。興味深い情報も得られたわ。先にさっさとバスに乗り込むわよ。外にいる間に襲われたら大変だわ」
レモンはフィーナに目配せした。「早くバスに入れ」と言っているようだった。
彼女とシャープに両脇を固められながら、フィーナとメロエッタは急ぐようにバスに入っていく。
「じゃあ、周囲の安全も確保出来てるし、後は順番に乗りましょう」
周囲を確認しながら、イクサ達もバスに乗り込もうとしたその時だった。
脅威は、全員の死角から突如として飛翔したのである。
──マイクロバスが、いきなり浮かび上がった。
「あっ、あれ!? まだエンジン掛けてないのに──!? んなぁっ!?」
最初、運転手はバスが勝手に動き出したのかと思った。
しかしすぐにバスが重力から離れていることに気付く。
運転手が降りるように呼び掛ける間もなく、マイクロバスがUFOキャッチャーの景品の如くひとりでにふわりと浮かび上がる。
バスの重量など全く関係なく、空高く浮遊するまではあっと言う間だった。対応できたのは、次に乗ろうとしていたイクサだけであった。
「畜生逃がすか、待てッ!!」
「イクサ!?」
乗り降り口に手を引っ掛けてイクサも辛うじてバスの中に乗り込む。
間もなく、デジー、バジル、ゼラの3人を置いてバスは手が届かない場所まで浮かんでしまうのだった。
あまりにも非現実的かつ超常的な現象を前にデジーも困惑するしかない。
あれほどの質量の物質をひとりでに動かせるのは相当強力なサイコパワーを持ったポケモンだ。
「何が起こってるの!? ポケモンの仕業!?」
「ああーっ! あれを見るデース!!」
バジルが上空を指差す。
そこには、全身が鋼鉄で組成され、四本の鋼鉄のアームを携えたポケモンがマイクロバスをUFOキャッチャーの景品のようにがっちりと掴んでいた。
その周囲からは常にサイコエネルギーが放出されており、それによって自らとバスを浮遊させているのである。
更に、その横には先日フィーナを襲撃した二匹のメタングに加え、小さなダンバル達が護衛するように大量に浮かび上がっていた。
「ガガガガガガーンッッッ!!」
【メタグロス(メタングの進化形) てつあしポケモン タイプ:鋼/エスパー】
メタグロスは2機のメタングが組み上がる事で、その姿に至るとされている最終進化形だ。
頭脳はスーパーコンピューター並み。金属生命体であるメタングたちを統べるに相応しいポケモンである。その力は鋼タイプの中でも最上位、サイコパワーはエスパータイプの中でも最上位。生態系では、全身鋼鉄の身体に由来する強靭なボディと、卓越した頭脳を併せ持つが故に最上位捕食者であるとされているのだ。
「やられた! 流石に
そもそも、バスを直接攫えるほどの念動力が扱えるポケモンなど早々居はしないのである。メタグロス、そして随伴のメタングが伴っているからこそできる芸当であった。
「あいつがバスを浮かび上がらせたのデース!!」
「ダンバルの群れまで──ゼラ先輩ッ!! メタグロスを撃ち落とせないの!?」
「──ダメだ、護衛が多すぎて射線が通らない──!!」
「それに、メタグロスを落とす程の電撃弾を撃ったらバスにも通電、中のフィーナ達も感電するデース!!」
そうでなくとも、メタグロスがショックで念動力を中断した場合、バスは落下する。
そうなれば中に居るイクサたちの無事は保証できない。
「そんなぁ!? ……バスの中に居る二人に任せるしかないってこと!?」
「それと──メロエッタだな」
こちらからはもう車内の様子は見えない。
こうしている間にもメタグロス、そしてメタングの群れはバスを何処かに連れ去ろうと飛んで行く。
「……俺達も追いかけるぞ。デジー、プロデューサーに連絡を頼む。バジル、デリバードの出番だ」
「了解、デース! って、どうやって空を飛ぶデース!?」
デリバードは鳥ポケモンの中では小柄。
とてもではないが背中に乗ることはできない。
だが、そこは抜かりが無いいたずらウサギだった。
鞄の中から彼女はハーネスのような器具を取り出す。
「ふっふっふ! こんな事もあろうかと、バジル先輩の為に天才のボク特製
「ライドギア……? もしかして、ゼラ先輩がいつもクワガノンで飛行する時に使ってるアレデース!?」
「そうっ! 勿論、安全性はバッチリ! 信頼してねっ!」
「……」
「信頼してねっ!? ねぇ!?」
「分かってるデスよ! 四の五の言ってる場合じゃないのは分かってるデスけどぉ……」
バジルはデリバードを、そしてゼラはクワガノンを繰り出す。
ゼラは自前のそれを、そしてバジルはデジーが作製したというそれを二匹のお腹に括り付ける。
ハーネス状になっているそれらは、ポケモンとトレーナーをハンググライダーのように強靭なベルトで繋ぎ止めるのだ。
言わば、デリバードやクワガノンのように身体状の問題(サイズ、ないし構造)で背中の上に直接飛び乗ることができないポケモンを使って飛行するための器具だ。
ただ、それはそれとしてバジルはポケモンを使って飛ぶのは初めてだ。
デリバードの浮力があれば問題なく人を運べるのは知っているものの、いざ実践するとなると勇気が要る。
そんな彼女の背中を押すように──ゼラが言った。
「──万が一の時は俺が受け止めてやる」
「そ、そう言われても──ああもう! やってやるデスよ! デリバード、”そらをとぶ”デース!!」
「クワガノン、”そらをとぶ”だ」
クワガノンがデンヂムシから電力を受け取り、そしてデリバードが浮力を使って思いっきり浮かび上がる。
二人は、メタグロス達によって未だに空中散歩をしているマイクロバスを追うのだった。