《平成10年1月、シャチの「ステラ」が出産したものの、子育てが行われないことに焦りを感じていた》
今でこそシャチの人工哺乳は海外例がありますが、このころは人がシャチに代わってお乳をあげるなど考えられませんでした。鳥羽山照夫館長のアイデアで、ステラのトレーナーが赤ちゃんを取り上げるふりをして母性を刺激する作戦となりました。
トレーナーにとっては重たいミッションでしたが、果敢にも任務を果たし、これが奏功します。赤ちゃんを取られまいとするステラの母性が目覚め、赤ちゃんに寄り添って泳ぎ始めました。出産から11時間がたっていました。
メインプールは、赤ちゃんシャチが泳ぎやすいように楕円(だえん)形につくられています。昭和62年に新設した際、将来の繁殖を見据えて設計されたものです。10年の時を経て、赤ちゃんを迎えることができました。
夜間の「ワッチ」(観察)はまだまだ続きます。出産から54時間がたったところで、ステラはようやく赤ちゃんにお乳をあげるようになります。赤ちゃんは「ラビー」と名付けられました。心配されたトレーナーとステラとの絆も、断たれることはありませんでした。このシャチの出産で、当館は日本動物園水族館協会(JAZA)の繁殖賞をいただきました。
《ステラはその後、鴨川シーワールドで平成13年に「ララ」、15年に「サラ」、18年に「ラン」を、24年にはオスの「ビンゴ」とともに移った名古屋港水族館(名古屋市)で「リン」を出産する》
2番目のララ以降はそれはもう立派なお母さんぶりでした。23年にはステラとラビーが同時期に妊娠していることが分かり、当館だけでは手狭になるため、ステラ、ビンゴ、ランを名古屋港水族館へ移しました。オスのビンゴは大きく、小さかったはずのステラは落水した床面をアザラシのように歩きまわる「ファイター」に成長していましたので、輸送には大変神経を使いました。
3頭が名古屋港水族館のプールに搬入されると、仲良く並んで食事をしています。まるで何事もなかったかのようなステラの顔を見ると、なんだか心配して損した気持ちです。そして寂しい気持ちと、安心感と。移送後も定期的に、また具合が悪いというときには、鴨川から高速バスと新幹線を乗り継いで名古屋へ駆け付けました。
ステラが無事にリンを産んだとき、私はお祝いに1枚の絵を描きました。当館で集まって戯れているセイウチたちが、今は遠く離れたステラがリンと仲良く寄り添う姿を想像し、出産をお祝いしている場面です。絵を描くのも趣味の一つ。パソコンがなかった昔、手書きのイラスト入りで動物たちの飼育日誌をつけていました。
《ステラの長女、ラビーは「オスカー」との交尾が確認され、19年に妊娠が分かった》
翌20年10月、出産が近い兆候としてラビーの体温が下がりました。13日朝に破水し、およそ3時間でオスの赤ちゃんが誕生しました。このときは営業中だったので、多くのお客さまが見守る中での出産となりました。ラビーは母のステラが妹たちの育児をするのを見て学習していたので、すぐに赤ちゃんに寄り添って泳ぎ、出産から25時間後にはお乳をあげ始めます。
赤ちゃんは「アース」と名付けられました。アースは27年、名古屋港水族館へ移ります。ぐんぐん成長し、ビンゴと同じくらい大きく威厳のある姿となりましたが、残念ながら今年8月に亡くなりました。
ラビーはまた、24年7月に当館でメスの赤ちゃんを産み、この子は「ルーナ」と名付けられました。(聞き手 金谷かおり)