はてなダイアリーの先輩について

それなりに擦れてきたつもりではいたけれど、はてなダイアリー時代からの付き合いがあり、いまだに年に数度はやりとりのあった同年代の友人の訃報となると、さすがにこたえるものがある。id:Geheimagentの話です。いまどきIDコールという時代でもないけれど、今回ばかりはそうせざるを得ない。

フミコさんが彼について書いているのを読んで、自分も別の視点からいくらか書いておきたくなったんですよ。自分にとってはちょうどよい「先輩」だったって話を。

delete-all.hatenablog.com

はじめて知ったのは2007年か2008年ごろ。実際に会ったのは、自分が上京した2009年のことだったはず。同人誌を出すからと誘ってもらい、小説らしきものをはじめて書いたのもその流れ。おかげで長く続く趣味になりました。

それ以前の自分にとって、インターネットといえばどこか遠くの個人サイトを眺めて私淑(というと大袈裟だけど)する場だった。それが学生時代にはてなダイアリーやらTwitterやらをはじめてみると、もうすこし近しい付き合いというものができる場に変わっていくことに。それなりに大きな変化であって、彼もそんな時期に知り合ったうちのひとりだった。

ダイアリーを読んでいればおおよそ同世代であることはすぐにわかったけれど、とにかくいろいろ本を読んでるなという印象がなにより強く、最初は件の「私淑」の延長のような気持ちもあった。一方で、実際に会ってみるとめちゃくちゃである(ほんまにめちゃくちゃや)。そしてそのわりに手堅くライフステージを進める人でもあると知ったのは、それからもっと経ってのことだ。

それこそフミコさんを含めた──いまどきだと「界隈」って言うのだろうか──そういう人たちのなかで、彼はいくぶん若いほうだった(もちろん他のコミュニティにも属していただろうが、それは知らない)。さらに自分はといえば、そこからもう一、二歩後ろを歩く最後発。なにかしらの意味でおもろいことを書く人たちがいて、自分はその周辺にくっついている。別のコミュニティでは別の顔もあったけれど、ここでの自分はあくまで「後輩」であり、したがって彼はもっとも歳の近い「先輩」という立ち位置だったわけだ。

それから何年も経ち、ダイアリーやらブログやらでやりとりするような時代はとっくの昔、なにかをいっしょに作ることもなくなって、それぞれの興味の方向が逸れていくにつれ、やり取りの頻度はたしかに下がった……とはいえ。

だから、そう、「先輩」の話です。先輩というものは得難い存在であって、齢を重ねるとなおさらだ。ロールモデルとも少し違う。自分に足りない部分について、ちょっとだけ先を行っている──本当のところ「ちょっとだけ」なんてのはうぬぼれが過ぎるわけだけど──もうすこし頑張れば追いつけそうな、気がする。時々のしょうもないやり取りがあるからこそ、そう思わせてくれる他人の存在は、文字通りありがたいものです。切磋琢磨ですらない。こちらから何かを与えたわけではなく、ただ「先輩と後輩」という関係性自体がある種の返礼になっていたのだと思いたい。

少なくとも自分はそんなつもりでいて、(順接でつながりはしないはずなのだけど)だからこそ、やり取りの頻度が下がったって気にしなかったのかもしれない。そこにいれば、あるいはそこにいた痕跡があったれば、それで学んでいけるし、なんらかさらに先へと引き渡していける(いけるだろうか……)関係の連鎖の中にいるような──ってのは、美化しすぎだろうか。

もっと声をかけておけばよかったというのは簡単だ。それこそ(冒頭で明示したとおり)対等な友人という側面だってあり、その点ではやっておきたかったこと、やるべきであったことなんていくらでもある。とはいえそれでも、自分にとっては「先輩」という位置づけが第一義であった以上、彼がそこにいたという事実だけで十二分だったのかもしれない。

こういうときに結局自分語りばかりになるのは良くないことです。とはいえ、自分がそんな人間でもなけりゃ、そもそも付き合いだってなかっただろうなと思えば、良し悪しではある。