「まるで中国」広がる経済圏
池袋・川口・千葉美浜

ニッポン華僑100万人時代

日本に中国経済圏が拡大している(2024年11月、東京都豊島区)

2025年2月17日 5:00

日本社会で今、「ニッポン華僑」の存在感がかつてなく高まっている。ビザ取得の要件緩和が進み、日本移住の門戸は中国人の富裕層から中間層にまで開かれた。2026年には在留中国人が大台の100万人を突破する見通しだ。その「波」は、日本の都市の風景、生活、教育、伝統にまで広がりをみせている。変われない日本を刺激し、再生する起爆剤の役目も果たす。光と影が交差する現場の最前線を追った。

日本全国の9割超に当たる約1600自治体に今、84万人もの中国人が住む。「SNSさえあれば不安はない」と、中国独自のSNSでつながる「中国経済圏」が生きる支えだ。安住の地を日本に求める中国人。新チャイナタウンが各地で増殖を続けている。

日本語は「要らない」

東京都豊島区・池袋駅北口。

「普段の買い物は池袋の北口にある中華系スーパーで済ませる。食事も中国人が経営するなじみの池袋の店が多いよ」

池袋駅北口周辺は、中国さながらの雰囲気が漂う(2024年11月、東京都豊島区)

そう話すのは、都内在住で出版社勤務の男性会社員の唐さん(35)だ。中国から来日して3年。だが、いまだに片言の日本語しか話せない。

それでも唐さんは、「全く不自由を感じたことがない」と明るく笑う。

「住居の確保からスマホの契約、運転免許証の申請まで、全て手伝ってくれる中国人はスマホで簡単に見つけられる」からだ。

友人など周りもほぼ中国人。「今の日本は付き合いも、買い物も全て『中国経済圏』の中で済ませられるから、気楽だ」という。

池袋駅北口周辺には中国の調味料や加工食品などが充実した物産店がある(24年11月、東京都豊島区)

実際、唐さんが住むそばにある池袋駅の北口周辺は今や、中国本土の味をそのまま提供する料理店「ガチ中華」をはじめ、中国物産店、中国人向けの携帯販売店などがひしめき合う「新チャイナタウン」と化す。

東京23区には現在(24年6月時点)、在留中国人全体の3割に当たる約24万人が住み、池袋や高田馬場、新大久保などが核となる。

ただ、池袋のように中国人同士で助け合い、生活を成り立たせる「中国経済圏」の誕生は、今や東京都心にとどまらない。「輪」となり、次々と今、郊外にも広がる。

中国人の居住地は郊外に広がる

(出所)出入国在留管理庁の公表資料を基に日経が作成。24年6月時点。東京23区と政令指定都市は除く

「ここは中国の団地」に

「バー(爸=パパ)!」、「マー(媽=ママ)!」

昨年12月下旬、埼玉県川口市の郊外。広大な敷地を構える団地の広場には朝から、幼い子供たちの中国語が響き渡っていた。

川口芝園団地の住民の半数が中国人で、あちこちで中国語が飛び交う(24年12月、埼玉県川口市)

都市再生機構(UR)の賃貸住宅「川口芝園団地」。総戸数2454戸を数えるこの団地の住民の約半数は中国人、雰囲気はまさに「中国」だ。

広場を囲む店も、中国一色。中国人向けの飲食店から、中国語の値札で商売する八百屋、中国人経営のドラッグストア、中国人向けの保育園といった具合だ。

「ここは中国の団地に雰囲気がよく似ていて、とても気に入っている」

住民の一人、都内の貿易商社に勤める中国人男性の張敏さん(31)はそう話す。友人を頼りに福建省から移住。3年前、中国のSNSなどで噂を聞きつけ、引っ越して来た。今はこの団地で妻と2人の娘に囲まれ、幸せな日々を送る。

都内の貿易商社に勤める張さんは妻と2人の娘と川口芝園団地で暮らす(24年12月、埼玉県川口市)

「大学で覚えた日本語は全部忘れてしまった。でも今では客の3分の2は中国人だから、もう心配ない」

団地の八百屋で働く男性の王有昆さん(39)も笑顔だ。遼寧省瀋陽市の出身。友人を頼って19年に来日、当初は苦労した日本語も、中国人が増えた今、「不要になった」。

川口芝園団地の八百屋で働く中国人男性の王さん。「日本語は全部忘れてしまった」(24年12月、埼玉県川口市)

1978年、日本の高度成長期を象徴するかのように誕生した、この巨大な川口芝園団地。だが、団地完成とともに開校した近くの小中学校は少子化のあおりで既に閉校に。代わって流入したのが、多くの中国人たちだった。

「日本人は高齢者ばかり。すっかり、ここは中国の団地になってしまったよ」

同団地に完成当初から40年以上住み続ける、自治会長の真下徹也さん(86)は寂しげだ。

川口市内に一軒家を買った劉さん。今でも「週末は子供と川口芝園団地に遊びに来る」と話す(24年12月、埼玉県川口市)

この川口芝園団地には、既に「卒業組」もいる。IT企業でエンジニアとして働く劉宝才さん(44)もその一人。同団地に2020年まで5年間暮らしたが、家族と一緒にさらに快適な生活を求めて団地を離れ、「同じ川口市内に一軒家を買った」。「今ではそんな中国人も増えてきた」という。

賃貸の団地より一戸建て。日本に腰を下ろし、根ざし始めた中国人たち。劉さんも「近く永住権が取得できる」とほほ笑む。

そんな川口市には現在、約2万5000人もの中国人が住む。横浜市など政令指定都市を除くと全国最多だ。都内へのアクセスの良さや物価水準などから、隣接する埼玉県蕨市にも約5800人が居住。市内全人口に占める中国人の比率は8%と、全国でも群を抜く。

増えるチャイナタウン

東京都心から川口市と同心円状に位置する、千葉市美浜区。

「うちの客の8割は、中国人ですよ」

同区内の住宅街にある中国総菜店。ここに約7年住むという中国北部・黒竜江省出身の女性店員は淡々と話す。

千葉市美浜区の総菜店には多くの中国人が集まる(24年11月)

何も驚くことはないと言わんばかり。それもそのはず。店の周辺には、URが運営する高洲第一団地(4689戸)、千葉幸町団地(4287戸)など全国的にみても大規模な団地を抱え、多くの中国人が住むからだ。

「礼金なし」「仲介手数料なし」「更新料なし」「保証人なし」。URがこんな触れ込みで、この美浜区にも多くの中国人を引き寄せてきた。

川口市と並び、美浜区は中国人の急増エリアとなっており、現在約5700人にまで増加。日本経済新聞の調べによると、区内全人口に占める比率は4%にまで上昇し、全国でもトップクラスの集積度を誇る。

中国人が急増した千葉市美浜区。レストランは多くの中国人客でにぎわう(24年11月)

全国的にみても、中国人は身近な存在になってきた。

日本経済新聞が、日本に住む在留中国人の居住分布を調べたところ、下記の地図が示す通り、今やその居住地は、日本全国の市区町村・全1741自治体の92%に当たる、1603自治体にまで広がっていることが分かった。「1001人以上」が居住する自治体は、首都圏を中心に128市区を数える。

一方、集積度でデータ分析を試みると、北海道や長野県など、地方の特徴ある村などで多くの中国人が居住していることが分かった。

北海道のほぼ中央に位置する占冠(しむかっぷ)村では、全人口約1600人の5%を中国人が占める。スキーリゾートを楽しむなどの目的で移住した富裕層が少なくない。

同じ北海道の北部に位置する猿払(さるふつ)村では、2004年に「外国人研修生受け入れ特区」の認定を受け、ホタテの加工技術を学ぶ研修生が増加。現在でも村民の3.4%を中国人が占める状況にある。

名古屋港の一角を占め、事業所が集積する愛知県の飛島(とびしま)村や、日本一のレタス産地の長野県川上村でも中国人技能実習生の姿が目立ち、村内の中国人比率を押し上げている。

在留中国人は現在、日本全体では84万人に達し、政令指定都市に匹敵する規模に膨らんでいる。特に、日本に長期にわたって住み続ける中国籍の「永住者」が増えているのが特徴で、33万人を突破し、他国籍の永住者を圧倒する。16年から8年間で約10万人増えており、勢いは止まらない。

◇◇◇

中国籍を持ったまま日本など海外に住む人を華僑と呼ぶ。「ニッポン華僑100万人時代」の次回は、2月25日公開の予定です。


取材・編集
綱嶋亨、浅沼直樹、岩崎邦宏、釜江紗英、中村裕


「ニッポン華僑100万人時代」〜新中国勢力の台頭で激変する社会〜が書籍化されました

  • 著者 : 日本経済新聞取材班
  • 出版 : KADOKAWA
  • 価格 : 1,980円(税込み)

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