6. タクシー運転手・西廣弁護士の音声・メディアの女性たち

この章を各論の最後としたい。これらは「日本修正版においては」ほぼ「争点自体」を失っていると思われるからだ(2025年12月末現在)。

・タクシー運転手
撮影時には承諾がなかったことを伊藤さん本人が述べている。これも「被害者」としての証拠集め中の事と述べられている。ジャーナリストとして、映画監督としては…という問題は「捜査官A」での問題の本質と重複するので省略する。
伊藤さんは、半年以上にわたって承諾を得るために連絡を試みたが連絡が取れなかったため「国際的に広く認められている合理的な連絡努力の原則に照らし、この映像を承諾のないまま映画に使用しました」と書かれている。しかし、この判断が間違っていたことをご本人に謝罪しており、その謝罪が受け入れられ、新バージョンの承諾が得られたことが語られている。

この点について、果たして元弁護団の指摘がなくとも、再度同意を得るために制作サイドは動いていたのだろうか。私はこの一点だけにおいても、元弁護団の会見には底なしの価値があったと思うのだが、そのような語りはSNSでは見たことがなかった。伊藤さんの謝罪文を読むと、やはりご本人やご家族は「多大な心労や不快な思い」をされていたのだと分かる。元弁護団が会見を開いて彼らの権利侵害を主張していなかったら、この「日本版における解決」は実現されていただろうか。

さて、「日本版」についてご本人は承諾したということになる。しかし「海外版についてはどのように説明されたのだろう」というのはいまだに疑問だ。そこが最も重要な点だからだ。今の説明では残念ながら分からない。ただ、日本の観客にとっては「観てもいいよね!という安心材料」になっているのかもしれない。
最後に「国際的に広く認められている合理的な連絡努力の原則」について。私はこの仕事をやってきて、海外制作の作品にも関わってきたが「海外制作はここまで「許諾」を厳密に取るんだな」というのが実感で、「被写体の許諾が取れない映像」=「使えない」というのがむしろ「国際的原則」だと思っている。対象が一般市民である場合は特に撮影時の許可取りと、完成前の本人同意の確認は、むしろ日本より厳しいはずだ。


・西廣弁護士の音声
この音声についても、日本版においてはシーン自体をカットしたと述べられている。これで「日本の観客」は安心出来る(?)のだろうか。それは人それぞれの判断なのだと思うが…
西廣さんの2月の会見を見直してみれば分かる通りに、「無断で録音されていた」「それが確認も同意もなく(伊藤さん側は確認漏れを説明し、謝罪している)使われていた」こと自体による傷つきは、ご本人からすれば、シーンをカットしたこととは、また別の問題ではないのだろうか。


・メディアの集まりの女性たち
この問題は、元弁護団というより東京新聞による報道が主に注目されてきた。自分が気になっているのは、2025年2月会見時での伊藤さん声明の後にでた下記の記事で望月記者に答えていた方達が、今どう考えているのかだ。
伊藤詩織さんの映画修正声明に「ほっとした」 集会映像を無断で使われた女性6人が取材に応じたhttps://www.tokyo-np.co.jp/article/379195
私が経過を追ってきた範囲ではいまだによく分からない。「日本公開版では、明確に本件映画での映像もしくは声を使う同意を得た方以外はすべて個人が特定できないよう、修正しました。」と伊藤さんは説明している。
日本版では問題がクリアされたと考え納得しているのか、「海外版」についての修正内容と実施状況については納得されているのかが、よく分かっていない。タクシー運転手さんと同様にその点が最も気になっている。
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