エピローグ
わたしは動画を通して、ずっと桜子のことを見ていた。
綺麗な魔法を唱える動画も好きだったけど、魔法のための長い修行の動画もわたしは好きだった。
好き──というのとは少し違うのかもしれない。何というか胸が苦しくなるような、でも目が離せなくなるというか、それに執着のようなものを感じるのだ。
(これはわたしが見なければならないものだ)という。
修行の風景の動画を見ると、決まってわたしは涙を流しまうのだけれど。
だけど、動画がアップされるたびにわたしは食い入るようにいつも観ていた。
それは誰かが課した、わたしへの責務のようでもあった。
桜子を取材した本が出ると聞いたとき、絶対買おうと心に決めていた。
ずっと楽しみにしていて、発売日の土曜日の10時、書店が開くとともに中に入って、平積みになっていたのを一番に買ったくらいに。
そのまま他の買い物も済ませると、お昼ご飯をがーっと作って、洗い物をがちゃがちゃと終わらせ、ようやく本を読める時間が訪れた。凛桜は、気を遣ってくれた一馬君が公園に連れて行ってくれている。
『現代の魔法使い』というタイトルで、桜子を取材したノンフィクション。
どんな内容なのかドキドキする。ひょっとして、わたしのことも書いてあるかな、という期待もあった。小学校から中学校までは仲が良かったから、ちょっとくらいは何か言ってくれているかもしれない。
──
「お母さん、何で泣いているの?」
いつの間にか帰ってきていた小さな凛桜が、心配そうにわたしを気遣ってくれている。
一馬君はどうして良いのかわからず、おろおろしているみたいだ。
それはそうだろう。帰ってきたら、妻が本の最後のページを開いたまま滝のように涙を流していたのだから。
わからない。何で泣いているのかがわからない。良い本だったけれど、泣くようなものでもなかったはずだ。
どうして、桜子は本の最後にあんなことをわざわざ書いたのだろう?
確かに今は疎遠になっていたけれど、そんな、わざわざ本に書くようなことでもないじゃない。
けれど、わたしも会いたかった。本当はずっと会いたかった。
何でだろう? メールとかLINEとかではやり取りしていたし、たまには顔を合わせていたはずなのに、もう10年以上会っていなかったような気がする。
「ごめん! 桜子のところに行ってくる!」
わたしは適当に身支度を整えると、一馬君の返事も聞かずに家から飛び出した。
電車に飛び乗った後、ふと冷静になって考えれば、「会いたい」と本に書かれたからといって、本当に会いに行くヤツもどうかと思った。桜子は有名人だし、家にいるとは限らない。住所は大分前に教えてもらったものだけど、引っ越していないとは限らない。
そもそも行く前に電話やメールで知らせるのがマナーだと思うのだけど、何故かそんなことはしたくなかった。
今はただ、桜子に一目会いたかった。
ちょっと都心から離れた場所にある駅。その近くに桜子の家はあった。
平屋の和風の大きな家。表札には南雲と書かれている。
インターフォンを押したら、門が開いて人が出てきた。
桜子じゃないけど、同じくらいの年齢で可愛らしい女性だった。
「中に入って、玄関まで行ってください。わたしは少し外に出ていますので」
彼女は泣き笑いみたいな顔をして、そのままどこかへ去っていった。
言われるままに入って、玄関に続くちょっとした道を歩く。
そこは修学旅行のときに京都で見たお寺のお庭みたいになっていて、妙に落ち着く空間になっていた。
わたしが玄関にたどり着くのとほぼ同時にドアが開く。
桜子がいた。その顔は何故か初めて会ったときのことを思わせた。
「久しぶりね、桜子!」
わたしは努めて明るい声をかける。
桜子の端正な顔がくしゃりと潰れた。
いや、潰れたのはわたしの視界だったかもしれない。
「会いたかった、ずっと……」
どっちの言葉だかわからなかった。
桜子が初めて魔法を成功させたときと同じように、
わたしたちはただただお互いを抱きしめた。