22 祖母1
魔法使いになって良かったかどうかなんて、考えたことはないわ。わたしは魔法を選ばざるを得なかった、ってだけ。家業を継いだようなものよ。
生まれたときはまだ戦争をやっていたみたいだけど覚えてなくて、物心ついた頃には終わっていた。掘っ立て小屋みたいなのがいっぱいあって、みんな貧しくて、そういうボロボロの時代だったの。今にして思えば、だけどね。あのころはああいう風景が普通だったから。
魔法は、信じている人と胡散臭く思っている人が半々くらいで、良く思っていない人からは、それはもう蛇蝎の如く嫌われた。詐欺師同然みたいな扱い。学校の先生もあんまり良い顔はしていなかったわね。
だから、魔法使いになりたいと積極的には思っていなかったんだけど、わたしは選ばれてしまったの。
「おまえがやりなさい」
って父から言われてね。
うちは5人兄弟で、わたしは真ん中の次女だったけど素質が一番あったらしいわ。こういうのは普通長男が継ぐものだと思うんだけど、生まれた順番も男女の区別も魔法使いには関係なかったの。何せ魔力がある程度ないと魔法はできないし、難しい呪文を覚えなきゃいけなかったから、頭の善し悪しも関係してくるしね。
それで兄弟たちから妬まれたかと言うと、まったくそんなことはなくて、どっちかというと可哀そうな目で見られたものよ。自分たちでなくて良かった、って目でね。
だって、日がのぼる前に起きて、井戸から水を汲んできて、父にその水をかけられながら呪文を唱えるのよ? 夏は良いけど、冬は冷たくて寒くて地獄だったわ。あれが本当に嫌でね。
山籠もりなんかもやらされたわ。山の中の古びたお堂で、護摩壇みたいに焚火の前で延々と呪文を唱えるの。あれが熱いのよ。パチパチと火の粉が飛んでくる距離でやるんだから。
そういう苦行が役に立ったかというと、まあ、多分役に立ったんでしょうね。
結局のところ、魔法っていうのは集中力みたいなものだから。どんな過酷な環境でも自分の世界に引き籠れるかどうか、ってところがあるのよ。わたしは辛いことから逃れるために一生懸命呪文を唱えて、ひたすら魔法のことだけを考えていたわ。そうすると不思議なもので、周囲のことが綺麗に消え去って、ただただ自分が叶えたいことだけが心の中に残っていくのよ。で、最後に手のひらにポッと火が灯ったりするの。
あの瞬間は良かったわ。何度やっても良いものだった。
ただ、呪文を唱え終わった後は一気に現実に引き戻されて、寒かったり熱かったりするものだから、良いことばかりじゃないけどね。
そんなこんなで魔法の修行は順調にいって、わたしは中学校まで通った後、親の下で魔法使いの見習いになったわ。何をやったかというと、占い師みたいなものね。正確に言うと占いじゃなくて、「魔法を使って未来を視る」ってことになっているんだけど、実際にやっていることは相手を観察して、目線の動きとか、手が顔のどこを触っているとか、話す内容とか言葉の強弱とか、そういうことから心の内を探って、助言をするようなお仕事ね。
「魔法なんて全然関係ないじゃない!」って最初は思ったけど、意外と役には立ったわ。
初めての人とかはあからさまに、「こんな小娘に何がわかる!」なんて言ってきたりしたけれど、ひとつ魔法を見せてあげると、「おおっ!」って感じになって、心を開いてくれたりするのよ。まあ身分保障みたいなものね。
ただ、「この相手を探る」っていうことが魔法以上に難しくて、父に付いて長く勉強したわ。今でも勉強中よ。もう80歳を越えているっていうのにね。
魔法使いの仕事に慣れてくると、今度はわたしの結婚の話になったわ。
これがまた結構大変でね。高度成長期になって、魔法使いは「胡散臭いもの」から、「役に立たないもの」という認識に変わっていったのよ。これは急速に普及したテレビの影響ね。魔法使いなんてテレビ番組のネタにちょうど良いから、最初は芸能人みたく出演していた魔法使いたちがいっぱいいたのよ。でも次第に、「魔法は大したことが無い」という論調になっていって、魔法使いはテレビから姿を消していったの。
だから、わたしの結婚話が持ち上がった頃は「魔法使いと結婚するなんてとんでもない!」という感じになっていて、なかなか決まらなかったのよ。
両親が何とか伝手をたどって探したのが、今の旦那さん。
役所勤めだったんだけど融通の利かない性格で、あの人もなかなか相手が見つからなかったらしいわ。
まあ気難しい人でね、お見合いの席でわたしとふたりになるなり、
「僕は魔法なんてインチキは信じていない。だから、残念だけど、あなたと結婚するわけにはいかない」
って言ったのよ。
あの人は魔法が役に立たないとかじゃなくて、魔法自体がインチキだと思っていたの。手品の技術が上がって、そういう思い違いをしている人がいるってことは知っていたけどね。でも、さすがにそれはないんじゃないかって、腹が立ったわ。
だから、目の前で色々と魔法を唱えてあげたのよ。火とか水とか風とかね。
最初はそれも「手品だ」って言ってなかなか認めなかったけど、最後にあの人が言ったのよ。
「じゃあ、僕の心を読んでみろ」って。
読心術とかじゃなくて、本当に魔法を使って相手の心を読むこともできなくはないんだけど、普段はあんまり役に立たないから使わないの。
その瞬間に思っていることしかわからないし、10秒しかもたないから、大したことがわからなくてね。使ったところで、「早くしろよ」とか「どうせインチキだろ」みたいな嫌な気持ちしか読み取れなかったりするのよ。
でもまあ、言われたから使ったわ。売り言葉に買い言葉よ。呪文を唱えるのに5分かかって、10秒しか相手の気持ちがわからない魔法をね。
そしたら、あの人、「綺麗だ」って思っていたのよ。わたしのことをじっと見つめてね。最初は何のことかわからなくて、思わず周囲を見回したわ。料亭の綺麗な和室でね、床の間に掛け軸の絵と花瓶が置いてあったから、そのことかと思ったわ。
だから、言ったの。
「あなたは『綺麗だ』と思っています。多分、あの掛け軸か花瓶のことだと思いますけど」
あの人は目を見開いたわ。
「驚いた。あなたは本当に人の心が読めるのか」
ほっとしたわ。魔法が嘘ではないことを証明出来て。お見合いが上手く行くなんて、もう思ってもなかったから。でも、あの人は、
「しかし、まだ修行が足りないようだ。僕が綺麗だと思ったのは、掛け軸でも花瓶でもない」
言われて、わたしはまた周囲を見回したわ。でも、他にそれらしきものがなかったから困ってしまって。その様子を見て、あの人はしかめっ面をしたわ。
「何て勘の悪い人だ。あなたのことに決まっているじゃないか」
まさか自分のことだなんて全然思わなくて、ビックリしたわ。そもそも、わたしのことを綺麗だとか思っているような態度じゃなかったから。
きょとんとしていたら、
「最初に言ったじゃないか。『残念だけど、あなたと結婚するわけにはいかない』と。僕はあなたのことを美しいと思ったけれど、それでもインチキな魔法使いと結婚するわけにはいかないから残念だと思っていた。しかし、魔法がインチキでないとわかった以上、残念なことは何もない。僕はあなたと結婚する」
って言い出してね。もう何て言って良いのかわからなかったわ。
そしたら深々と頭を下げて、
「魔法のことをインチキと言って申し訳ない。この通り謝罪する」
そう言ってくれたのよ。あんなに誠意のある謝罪を見たのは、後にも先にもあのときだけよ。だから、結婚して良いと思ったの。
プロポーズよりも謝罪する姿が気に入ったのね。謝るってなかなかできることじゃないのよ。特に昔の男の人は女性に対して、あんな態度は取れなかった。
杓子定規で気難しい人だけど、自分が間違っていることは間違っていると認められる潔さがあったし、不器用だけど思っていることはちゃんと話してくれたわ。
結婚の話が進むと、うちの父が。
「子供ができたら魔法使いにしたい」
って要求したんだけど、
「子供がその道を進みたいなら止めません」
とだけ、あの人は答えたわ。実にあの人らしい答えだと思った。
それで真面目で一本気な役人といかがわしい魔法使いの婚姻が成立したの。
あの人はわたしが家業を続けることにも嫌な顔はしなかった。家事と育児をきちんとすることが前提だったけどね。でも、意外と子煩悩で子供の面倒は積極的に見てくれたわ。あの時代の男の人にしては珍しいことよ。
「ふたりとも仕事があるのだから、当然のことだ」って言ってくれてね。