【昭和100年】次の「危機の芽」どこに?企業は「安全運転」から脱したか?◆遠藤俊英元金融庁長官(ソニーFG社長)に聞く(第3回)

2025年12月11日11時00分

 1926年12月25日に始まった昭和元年から数えて、今年は「昭和100年」の節目の年。29年の世界恐慌を経て第2次世界大戦に向かった「負の歴史」と、敗戦の焼け野原から復興した日本の成功体験としての「高度経済成長」、そして迎えたバブル経済の崩壊にリーマン・ショック…。翻って、格差の拡大が世界の「分断」を深め、生成AI(人工知能)の登場で劇的に変化する昨今の社会経済情勢の中で、「危機の芽」はどんなところに潜んでいるのでしょうか。

 90年代に相次いだ金融機関の経営破綻や不良債権処理への対応に奔走した元金融庁長官でソニーフィナンシャルグループ(FG)社長の遠藤俊英氏(66)に、激動の歴史を振り返りつつ、私たちは今、何をすべきなのか、当時の教訓を元に現代への処方箋を聞きました。(時事通信社経済部編集委員・豊田百合枝

 最終回となる第3回は、将来の「危機の芽」はどんなところにあるのか、直面した際の当事者の心理も含め、多面的にみていきます。

【第1回▶】バブル崩壊、リーマン・ショック…◆元金融庁長官に聞く「危機の芽」

【第2回▶】バブル崩壊は未然に防げたか?見抜けなかった不良債権

日本の危機に学んだアメリカ

〈2008年に米国の投資銀行大手リーマン・ブラザーズが史上最大級の負債規模で倒産したことを契機として発生した世界的な金融危機「リーマン・ショック」。米政府は矢継ぎ早に「大き過ぎてつぶせない金融機関」に公的資金を投入し、金融危機からの早期回復を図ったが、それに伴い高額報酬の経営者も守られることによる「モラル・ハザード」が問題となった〉

―日本の金融危機からの教訓か、アメリカの公的資金の投入は早かったのでしょうか。

 後から学んだアメリカの対応は早かった。金融機関が危機になった時は、もう公的資金を入れないと駄目なんだという歴史の事実を初めてつくったのが日本だった。

 ただ、日本の危機時に、もっと早くできたと思うこともある。危機は、金融機関の問題であるとともに、本当は企業側のバランスシート問題でもあった。負債まみれになってしまったような中小企業、大企業の立て直しをやらなければ日本経済の復活はないだろうということで、産業再生機構ができたが(03年設立)、金融機関の議論から数年ずれた。ある程度、金融機関に対する議論が進んでから、初めて「ああやはりこれは企業側のデッド(負債)の問題でもあるんだ」という議論になった。

 僕は1998年からIMF(国際通貨基金)にいたが、当時は97年から98年にかけてアジア通貨危機だった。私はタイを担当したが、アジア危機のフレームワークは、初めから金融機関に対する不良債権の処理と、企業に対する「コーポレート・デッド・リストラクチャリング(企業の債務整理)」が両立した形で進んでいた。

 日本は、企業の負債処理がだいぶ遅れた。今振り返ってみると、もっと早く国会を通して対策を実施できていれば、あれほどずるずる、ずるずる、日本経済の落ち込みの傷を深めるようなことはなかったのかもしれない。

―日本企業は、リーマン・ショックで大赤字にはなったけれども、乗り切ることができたのは、内部留保のおかげという面もあるのでしょうか。

 どうだろうか。リーマン・ショックは乗り切ったのだろうか。もちろん、アメリカほどではなかったが、アメリカだって、日本のバブル崩壊の経験を脇から学んでいるから公的資金の注入が早く、悪いインパクトは本当に最小限に抑えたと思う。

 むしろ、日本のほうが、いろいろと経済がやられたなという印象を持っている。ただ、いざというときのために、ちゃんとリザーブ(内部留保)は厚くしておこう、という行動はもしかしたらあるのかもしれない。

 資本主義の世の中には浮き沈みがある。それを乗り越えていくのが企業経営なのだが、最悪のことを考えて、とにかく身を縮めて安全運転、というのはやはり、企業本来の行動として期待されるものではない。

AIか忘却か?

〈暗号資産や生成AI(人工知能)が急速に広がる一方で、日本国内は人口減少に歯止めが掛からず、地方経済が維持できるかの瀬戸際でもある〉

―今ありそうな「危機の芽」は。生成AIなのか、はたまた分断・格差なのか、どこにあるのでしょうか。

 生成AIは、かなり大きなお金が動いているから、それに対して投資をして、やっぱりうまくいかないという形になると、逆戻り(巻き戻し)みたいな話にはなるかもしれない。

 分断に関しては、互いの憎しみをあおるから、大きな地域における戦争をさらに引き起こす恐れは確かにあるかもしれない。

 やはり、人間は忘れてしまうから。第1次大戦、第2次大戦の経験なんて、誰も分からない。世代がどんどん新しくなり、1990年代のバブル崩壊の経験も若い人達は知らない。ああいう危機をレッスン(教訓)として、二度と起こしちゃいけないということを口で言っても、腹落ちしない。情報として知っているかもしれないが、「ああ、こういうことがあったんですか」というぐらいだ。多くの人が歴史に学んで等しく感じ、学ぶことができなければ、世論の大きな動きにならない。そこはなかなか難しいところだと思う。

―人口減少社会の地域金融を巡っては、今、金融機能強化法の改正議論も進んでおり、経営統合や合従連衡も進展しそうで、そこまでいかなくともシステム統合などの動きも出てきそうです。

 地方の隅々までの金融機能は維持されると思う。担い手は、地域ごとに第一地銀なのか、第二地銀なのか、はたまた信金・信組なのかは分からないが。地域における競争やすみ分けが起こって、金融の利用者にとっていい形になればいいなというふうに思う。あまりにも顧客を抜きにして自分たちの利益に走ると、ちょっとおかしくなるかもしれない。

「ちょっとまずい」傍観せず

―そのあたりに危機の芽はないのでしょうか。

 僕は思うのだが「危機の芽」っていうのは、全然隠れているところにはないと思う。実は「これはちょっとまずいんじゃないの」ということがあって、それをちゃんとずっと見続ける必要がある。誰も知らないうちに、実は危機の芽があって、突如として爆発するなんてことはない。リーマン・ショックだって、1年前にBNPパリバがおかしくなった。

〈07年夏に、リスクの高いサブプライムローンを組み込んだファンドを仏金融機関大手のBNPパリバが凍結したことに狼狽(ろうばい)した投資家による資金の引き揚げが急激に起きていた〉

―パリバ・ショックで、世界的な資金の巻き戻しが起きました。

 そう。巻き戻した。

―パリバがサブプライムローンを組み込んだファンドを凍結した瞬間に、「あれはヤバイ」と皆が思いましたが、為替が10円、20円動いたところで止まったから、なんとかなったと。

 どうしてもそうなる。バブルだってそうだ。バブルが崩壊して株価が下がりだし、不動産の資産価格が下がりだしたけれども、「これはやはり一時的じゃないか」「ちょっとおかしくなったかもしれないけれど、今がちょっと違うだけだ」というふうにどうしても思いたくなってしまう。

 それをちゃんと追っていって、真剣に対応して、もうこれは本当により深刻な事態のファーストステップだと、それなりの対処が必要だと正しく認識して手を打てば、その後の経緯はだいぶ変わったものになると思う。

絶望が生む分断

―トランプ氏の登場で分断が深まり、民主主義や資本主義の根幹がもしかすると崩れるのではないかと揺らいでいるのではないでしょうか。

 なぜトランプ(大統領)が登場したのかについては、バンス(副大統領)の自伝「ヒルビリー・エレジー」を読んで、なるほどと思った。

〈「ヒルビリー・エレジー」は、アメリカの「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」の荒廃や貧しい白人労働者階級の悲惨な日常を描き、ベストセラーとなった〉

 あれを読むと、僕らの知らないアメリカというのは、こういう社会なんだと思う。日本の貧富の格差どころじゃない。絶望だ。両親の家族関係はめちゃくちゃだし、お母さんがクスリでラリっているし、暴力は日常茶飯事。ラストベルトみたいなところに、そんな家がもうそこら中にある。確かに、こういうところに多くの人間が住んでいたら、その社会に絶望する。

 僕らなんて、アメリカに行くといえば、ロサンゼルスやサンフランシスコ、ニューヨーク、ボストンなど一番きれいなところ、地球上で最も素晴らしい発展した地域に行っている訳だ。でも、アメリカはそれだけじゃなくて、もっと下の人達がすごく苦しんでいる。

 おそらくアメリカみたいに広大な国は、そういった社会の底辺の話をなかなか拾いにくいし、それに関して州や連邦がどれだけ手を加えるかでは、日本ほど機動的に動いていないのではないか。

―アメリカほどでないにしても、日本でも同じようなことが起きませんか。

 ならない。全然違うと思う。日本みたいに狭い国だと、気の毒だからできるだけ平等化しようと引き上げる。日本はいい意味でも悪い意味でも狭い、相互監視してお互いにケアするような国だと思っている。

―(市販薬と成分や効能が似た)OTC類似薬の議論などでも、自助を促されて困る家庭も出てきそうです。

 確かに、自助うんぬんかんぬんという形で、ずいぶん冷たい社会になっちゃったなと思うかもしれないが、それは程度問題であって、日本の「冷たい」というのは、他の国においては、きっとかなり温かいと思う。

「国」よりも「人」

―そうした中で、目指すべき国際社会や日本の姿は。

 最初にも話したが、もう日本はあまり国がどうこうとか、政策を常に「もっともっと」と求めるような国であってはいけないと思う。民間企業が自分たちのアニマル・スピリットとか、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持って、常に新しいものをつくっていくということが重要であって、国の政策はあくまでそれを支えるための黒子という位置付けであるべきだ。

 そして、日本という国も大切だけれども、やはり日本に生まれた日本人が幸せになれることが大切だ。別に日本の国土にとどまっている必要はない。世界にどんどん散って活躍すればいい。日本人が自分たちのプライドを持って生きられることが重要であって、日本の領土がものすごく他を排するような形で繁栄することを目指さなくても、大切なのはそこで生きている人達だ。企業も、いい社会を作っていくとか、生活をもっといいものにしていこうという気持ちを持っていられるかどうかだと思う。

「チャレンジ精神、戻りつつある」

―遠藤さんが金融庁長官だった2020年に、銀行法を改正して、地銀の業務範囲規制や出資規制を緩和することを決めました。生き残るために何でもやってみてほしいという狙いで地域商社だけでなく、ITや広告業を営む道を開き、未上場企業への出資も緩和したと思いますが、あれから5年ほどたってどのように評価されますか。

 地銀の頭取は世代交代したし、彼らと今でも話をする機会があるが、だいぶ意識が変わってきている。(銀行に)より裁量を認めるような法体系になっているから、それを使って地域の企業や地域経済のためにチャレンジしていこうという意識を多くの頭取が持つようになったと思う。

―一方で、いわき信用組合のような、とんでもない不祥事も発生し、地域金融機関の金融機能の疲弊、限界が出てきているという印象もあります。

 企業として立ちゆかなくなるとそういう状態になる。金融機関は一般企業と異なり「貧すれば鈍する」では困るというのは正論だが、道を間違ってどんどんおかしくなってしまったのかなという感じはする。

 やはり、二極化していくと思う。(マイナス金利が解除された)「金利のある世界」において、メガバンクなんかは、すごく元気だ。あんな元気なメガバンクは今まで見たことがない。

―企業のほうはどうでしょうか。

 日立製作所もソニーグループもそうだが、かつてのうみを出し切って、リカバリーしている企業も目立っている。個別の企業によって明暗が分かれるところも当然あると思うが、構造的に自分たちのビジネスを変えないといけないんだと、足元で大赤字を計上せざるを得ないことに関しても、将来を見越して大きな決断をし、乗り越えた企業がいくつもある。

 こうした動きは、民間企業自身が自分たちで自覚して動かなければ、政治や行政がいくら言ったって駄目だ。そろそろ、失われた20年、30年を過ぎて、企業として進取の気性やチャレンジ精神を持って、再び成長し始めたと思う。

―リーマン・ショック後も続いた、身を縮めた「安全運転」から脱却したのでしょうか。

 かなり脱却したのではないか。だからといって、それが今の株価に反映しているとは思わないが。ちょっと過熱気味だなと思うが。

取材を終えて

 昨年のちょうど今頃のことだ。時事ドットコム取材班で「2025年はどんな年?」というオムニバス記事を仕込む際に、他のメンバーが選ばなかった「昭和100年」の担当になった。短い原稿だったが、100年前を調べていくと国産マヨネーズの販売や梶井基次郎「檸檬(れもん)」の発表とともに、治安維持法の公布やヒトラーの「我が闘争」の出版といった大戦前の不穏な空気をまとった時代で、歴史探索に没頭した。

 2025年は1月の第2次トランプ米政権の発足に始まり、各国はトランプ関税に翻弄(ほんろう)。一方で、日米の株式市場は「AIバブル」の様相で過去最高値の更新を繰り返している。

 昭和100年の節目の年に、戦前のブロック経済が大戦へ向かった歴史や、戦後のバブル崩壊を振り返ることが、次の危機への備えにつながらないか。そんな問題意識からのインタビューを遠藤さんは快諾してくれた。

 遠藤さんの話は明快で、人は忘れやすいこと、そして危機に直面した際に「今だけだ」「大したことない」と思いがちなこと、世論や政治の力が迅速な判断を鈍らせる、ということが率直に語られた。

 「失われた30年」を経て、日本の企業や金融機関はチャレンジ精神を取り戻しつつあるとの指摘が定着し、地に足の付いた市民社会と両輪になって、分断の絶望を乗り越えることができたら、と感じた。まずは過熱気味の市場とどのように向き合うのか、早くも課題が待ち受けている。

【第1回▶】バブル崩壊、リーマン・ショック…◆元金融庁長官に聞く「危機の芽」

【第2回▶】
バブル崩壊は未然に防げたか?見抜けなかった不良債権

遠藤俊英氏・略歴】1982年東大法卒、大蔵省(現財務省)入り。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)留学(経済学修士)後、広島国税局米子税務署長、IMFアジア太平洋局審議役、財政局審議役を経て、2002年金融庁証券取引等監視委員会特別調査課長。その後、監督局銀行第一課長、総務企画局信用制度参事官、検査局総務課長、総務企画局総務課長、監督局参事官、監督局審議官、総務企画局審議官、検査局長を歴任。15年監督局長となり、18年7月長官。20年7月に退任し、同年11月からソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)のシニアアドバイザー、23年6月ソニーフィナンシャルグループ社長兼最高経営責任者(CEO)。山梨県出身、66歳。

豊田百合枝(時事ドットコム取材班・編集委員)

 仙台支社、経済産業省、重化学工業、流通、銀行・証券・金融庁、財界、自動車などの担当を経て、2024年4月から25年5月までデジタル編成部「時事ドットコム取材班」編集委員。25年5月から経済部デスク・編集委員。

 東京都出身。1児の母。趣味は、ラグビー観戦、文楽、落語、ジャズ、舞台全般。

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