ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
「──何だ、これは……!?」
イクサは思わずたじろいだ。
オオミカボシは歯車のようなポケモンだった。
その顔は、彼の知るギギギアルと呼ばれるポケモンに酷似している。
しかし歯車の配列は記憶の物とは異なっており、更に巨大な歯車の後ろには金盤が重ねられており、更に表面をプラズマが覆う事で天体絵図が浮かび上がる。
大きさは凡そ3メートル程度だが、アトムの底知れなさ、そしてオオミカボシの異質な見た目もあって、放つ威迫は凄まじいものとなっている。
故に彼は行動するのが一歩遅れた。
「
オオミカボシの姿が一瞬で消える。
そして、瞬きした次の瞬間には、空中に浮かび上がっており、天体盤から閃光を真っ直ぐに打ち下ろした。
──ミミロップに駆け寄っているデジー目掛けて。
「ギャッ!!」
光が会場を包み込む。
短い悲鳴が響き渡った時には、もう終わっていた。
焦げ臭い匂いが漂い、イクサは思わず彼女に駆け寄っていた。
制服が焦げており、顔や腕にかけて皮膚が火傷している。
「ッ……デジー!? デジーッ!! しっかりして!!」
「あっぐぅっ、痛っ……熱っ……!!」
「……プライドが惜しくて私の指示を反故にして負けたのならば、矯正が必要です。でも、笑って許して下さいね、デジー。これは貴女の将来の為を思っての教育的指導ですから」
にこり、と笑みを浮かべると──アトムは再び手を上げる。オオミカボシが二発目のラスターカノンを放とうとしていた。
そこにイクサが駆け付け、腕を開いて庇う。
二発目は放たれなかった。怪訝そうな顔でアトムが問う。
「おや、その少女は貴方を脅して決闘させた、不倶戴天の仇では。何故庇うのです?」
「やめなよ……生身の人間をポケモンで攻撃するなんて──ッ!!」
ポケモンから攻撃される痛みを、そして恐怖を誰よりも知っているイクサは強く強く彼を非難する。しかし、アトムは一切表情を変えずに穏やかな微笑みを携えるだけだ。
「これは校則に基づいた懲罰行為ですよ、イクサ君。……スカッシュ・アカデミア校則24条第2項目。”生徒会に所属する生徒は、学園と生徒会長の定める規定に従う”。これには罰則規定があり、裁量は生徒会長によって決められるのです。いかがでしたか?」
「いかがでしたか、じゃないだろ!? 裁量とかそういうレベルじゃない!! 火傷してる……怪我してる!! こんなの、おかしいよ!!」
「ッ……」
呻きながら、デジーが目を開ける。
そして、イクサが自分を抱きかかえていることに気付いたようだった。
全身が痛い。火傷で肌が赤くズル剥けており、血が流れている。
だが、此処までの仕打ちを受けても尚、彼女はぽつりぽつりと譫言のように零す。
「違うんだ……ボクが、悪いんだ……ボクが、会長を裏切ったから……ボクが……」
「な、何言ってんだよ!?」
「会長は本当は優しいんだ……ボクを援助してくれて、仕事もくれて……ボクが、会長を裏切ったのが悪いんだ……会長に、認めて欲しくって……君と対等なバトルがしたくて……オオミカボシを使わなかったから……」
「ッ……」
優しい? とイクサはアトムを睨み付ける。
意にそぐわぬ行動をした部下を「教育」の名の下に痛めつける、最悪の上司だ。
更に、周囲の観客も決闘の敗者には何処までも冷徹になれるらしく「良いぞーッ!! 生徒会長ーッ!! もっとやれーッ!!」と野次が飛んでくる。
ここはスカッシュ・アカデミア。
勝者は全てを手に入れるが、敗者は全てを剥奪される。
その頂点に立つのがあの男──アトムだ。
「……決闘は終わりました、イクサ君。直ちに帰りなさい」
「誰が大人しく戻るか!!」
「何で」
ぎゅう、とイクサの袖を掴みながら──デジーは呟く。
「会長に勝てる訳無いのに……ボク、君に何度も酷い事したのに……何で、庇うの……!? 敗者に情けを……かけるなんて……侮辱も良い所なんだから……っ」
「確かに君は、僕達の敵だった。だけど……君は、これからサンダー寮の寮生だろ」
「ッ……それは」
「仲間になるなら──どっかで歩み寄らなきゃ、ずっといがみ合ったままだ。こうなるのは予想外だったけど……今日この時を、その第一歩にしたい」
「きゃいきゃいっ!!」
タギングルが肩の上に駆け上り、同意するように甲高く鳴いた。
「どんなに厄介な相手でも味方になればとても頼もしい」──そんなイデア博士の言葉をイクサは思い出す。
彼女の事を憎らしい、腹立だしいと思った事は何度もある。だが、それでも彼女の強さは本物だ。ポケモンバトルの腕も、技術力も、度胸も──敵としてぶつかり合ったからこそ、イクサも彼女を買っているのだ。
「何それ……ボクを懐柔するつもり……? そんなこと、できっこないよ……っ!」
「いいや、やってみせる。君の力を……僕達も欲しいって思った」
「結局……ボクの力が欲しいだけじゃん」
「それに──君は、バトルの時は汚い手を使わなかった。僕はそれを好ましく思ってる」
「──!」
「楽しかったんだよね、君とのバトル。決闘とか抜きにして、またやりたいよ」
「う、ぁ……」
不意にデジーの目に涙がにじむ。
退く様子が無いイクサを見て、アトムは肩をすくめてみせた。
「致し方ありません。二人まとめて──お仕置きです。オオミカボシ”ラスターカノン”」
「ッ……イワツノヅチ!! 受け止めて!!」
巨体が傘となり、降りかかる光を受け止める。しかし、想像以上にオオミカボシの火力は高く──めきめきと音を立てて、装甲に罅が入っていく。
「な、何で……!? ダメージが大きいのか……!?」
「オーデータポケモン全員が持つ特性……”オーライジング”。同じオーデータポケモン相手には攻撃・特攻が上昇し、それ以外のポケモン相手だと防御と特防が上昇する。貴方は、オオミカボシの前で火に油を注いでしまったんですよ」
「んなッ!?」
ぐらり、と音を立ててイワツノヅチは崩れ落ちる。デジーの小さな体を抱えたまま、イクサはその場を離れた。
だが、それでもまだ倒れたわけではない。イワツノヅチは地中に潜行し、オオミカボシの不意を突こうとする。
そして自らと同じプラズマの力を持つオオミカボシを察知し、突き上げるように飛び出した。しかし。
「ッ!?」
オオミカボシの身体は消えていた。
そして、飛び出したイワツノヅチを撃ち貫くように──
「”はどうだん”」
──青い弾幕を放つ。
岩と鋼に格闘タイプの”はどうだん”は弱点を突くことができる。
4倍弱点を受けたことでイワツノヅチは斃れ、そのままパーツがバラバラになってしまうのだった。
(ギギギアルよりも遥かに技範囲が広い……! 格闘技使えるのかコイツ! でもそれ以上に……あの質量でどうやって瞬間移動してるんだ!?)
攻撃するにせよ、防御するにせよオオミカボシは一瞬で消え、そして一瞬でまた現れる。
機械のような容貌に反し、非常に動きが速い。
「タギングルッ!! 君のスピードなら追いつけるはずだ!!」
「──”ほうでん”です」
一瞬で消えたオオミカボシは、空から大量の電気の雨を降り注がせる。
それは、水タイプにオーライズしていたタギングルに集中して降り注ぎ、そして黒焦げにしてしまうのだった。
「ッ……ウソだろ……!?」
「そこの悪い子のお仕置きをしなくてはなりません。退きなさい。邪魔をするならば、貴方諸共──ズドン、ですよ」
恐怖心が心の中から湧き上がってくる。
ポケモン達から痛めつけられてきたあの忌まわしい記憶が蘇ってくる。
呼吸が荒くなり、心臓が強く強く脈動する──
「……退かない……ここで止める」
「ダメ……ダメ!! 殺されちゃう……ッ!!」
──だがそれでも、今此処で自分が逃げればデジーはまた傷つけられてしまう。
それをイクサは見逃すことが出来ない。
しかし容赦なくオオミカボシは近付き、”ラスターカノン”を撃ち放つ。
思わず彼女を抱き寄せ、背中で庇おうとしたその時だった。
「よく言ったわ、転校生君」
強烈な閃光を受け止めるのは──颯爽と現れた巨大な蛇。
頭に巨大な電球を冠として乗せたハタタカガチだった。
電気タイプに鋼技は効果がいまひとつだ。更に、駆け付けたデリバードが大吹雪を巻き起こしてオオミカボシの表面を凍り付かせる。
イクサの前に立っていたのは、寮長・レモンと──バジルの二人だった。
「──レモンさん!?」
「……と、バジルちゃんも居るのデース!!」
「おや、風紀委員長のお出ましですか。……貴方、自分のやっていることが分かっているので?」
「今の私は寮長のレモンよ。私の寮に入る子を──これ以上傷つけさせない」
帽子を深く深く被りながらレモンは言った。足は震えている。胸を手で押さえている。
だが、それでも彼女は此処に立っている。
横でバジルが手を握り締めたのが見えた。少しでも彼女の恐怖を和らげるために。
「ははは、これは困りました……まさか、此処で学園最強のトレーナーである貴女を相手取る事になるとは」
「……見ない間に随分と大きなオモチャを連れてきたじゃない。交換留学と言いながら、そいつを探していたのね。見つかっていなかった
非常に機嫌が悪そうにレモンは巨大な星見盤を指差す。
長らくオシアス三社が探していた第4のオーデータポケモン。
出現して以降、行方を晦ませていたと聞いていたが、それを手にしたのは海外からやってきた余所者であるクラウングループ。
それだけならば良かったのだが、よりによって最も食えない人物であるアトムの手に渡ってしまっていたことを彼女はこれ以上ない脅威と取っていた。
「ええ、可愛いでしょう? オオミカボシと名付けました」
「……これ以上の狼藉は私達が許さないのデスよ!」
「そんなに彼女が大事ですか? 貴女たちの機密を握り、脅して決闘を挑んだ彼女が」
「ええ、大事よ。将来うちの社員となるんだもの。大切な人材を傷つけるなら、貴方からしょっ引くわよ」
はっきりとレモンは言ってのける。
「それに、この事件の数々は──貴方の指示でしょう、アトム。大方、
「ええ、そうですとも。次のゲームは少々特殊ですから……転校生君には今のうちに強くなってもらおうと考えまして。寮も無く、風紀委員長の後ろ盾も無く、全方位から攻撃に晒される……良い経験になったと思います」
(何言ってんだコイツ──!?)
イクサは青筋が立ちそうだった。そんな事の為に寮を追い出されたのか、自分は。
「更に、サンダー寮にオーデータポケモンを偏らせないため──でもあるのよね」
「その通り。戦力は分散させるに越したことはありません」
ニコニコと当たり前のように言ってのけるアトム。
だが、それに続くようにして──
「──だとしたら失敗だったな、アトム」
「……ああ。私達を少々ナメ過ぎだ」
──取り囲んだのは、燃え盛る黄金のマンタイン──アマツツバサ。そして、冷気の髑髏より現れたヨノワール──イテツムクロ。
それを従えるのは、無論ファイヤー寮の寮長であるラズ。そして、フリーザー寮の寮長であるシャイン。
ここに三寮長と、オーデータポケモンが集結したのである。普段こそ仲が悪いが、利害と目的が一致した時、三人は躊躇なくその手を取り合う。
決して本人たちがそれを肯定することは無いが──
「おやおや、不倶戴天同士の皆さん、お久しぶりですね」
「……そのスカした気に食わねえ態度は相変わらずだなアトム」
「良くないなあ、婦女子を虐めるのは……流石の私も看過できない」
「まさかと思うが、オーデータポケモンを手に入れたくらいで調子に乗ってんじゃねえだろうな!」
「では、試してみますか?」
バジルが、転校生と粛清対象を逃がすのを横目で流し見しながら──アトムは呟いた。
「……貴方達は3人そろえば、生徒会に対抗できると思っていたんでしょうが……それは間違いだ」
「アマツツバサ!! ぐっずぐずに煮込んでやれ、”かえんほうしゃ”!!」
「イテツムクロ、”シャドーボール”だ、狙い撃て」
「……ハタタカガチ……お願い。”10まんボルト”!!」
オオミカボシに3体の一斉攻撃が突き刺さる。
だが、次の瞬間には歯車機械の姿は無い。
「消えた!? どうなっているんだい!?」
「ッ……何処に逃げやがったァ!!」
「”ラスターカノン”」
真っ直ぐに閃光がイテツムクロの氷の髑髏を打ち砕く。
「貴方達では……オオミカボシには勝てない」
「させねえ!! アマツツバサ、”ひかりのかべ”!!」
だがそれを展開しようとした時には、既にオオミカボシの身体はアマツツバサの腹面に張り付いていた。
そして、強烈な電気を放ち──その黄金の身体を感電させる。
ぐらぐらと落ちていくアマツツバサに、ラズは驚愕の表情を浮かべるしかない。
あまりにも、そして圧倒的に強すぎる。
「ッ……”10まんボルト”よ! ハタタカガチ!!」
「”だいちのちから”」
すぐさまハタタカガチの足元が隆起し、赤熱して罅割れ、砕け散る。
地面タイプの技はハタタカガチに対して、4倍弱点の大ダメージを与える。
そして、特性だけでなく元々の高火力が合わさり、耐えられるはずもなかった。
こうして3機のオーデータポケモンは一瞬で、オオミカボシ1機に制圧されてしまったのである。
後に立つのは、アトムとオオミカボシのみ。
エースを倒され、膝を突く寮長に観客たちがどよめく。
圧倒的とされてきた彼らのエースが──為す術もなく倒された。
それは少なからずこの学園の生徒達に衝撃を与えていた。
「……これでお分かりになられましたか? 貴方達はもう、この学園で絶対的な存在でも、ましてや生徒会に仇なす反逆者にもなり得ない。君達もまた、貴方達と同じゲームの駒でしかない」
アトムは笑みを浮かべてみせる。戦力は圧倒的。
普通は覆せないと言われている3対1に関わらず、オオミカボシは3機を沈めてみせる。
「これで分かったでしょう、全校生徒諸君。……彼らは絶対的な存在ではないなら、
「何をナメた事言ってやがる……!!」
「……」
「ふふっ、今は分からなくて大いに結構ですよ。今回はオオミカボシを貴方達に見せる事が出来ただけで十二分です」
従者たちと共にアトムはその場を去っていく。
「おい待てや!! まだ手持ちは残ってんぞ!!」
「……やめておきたまえ。今の私達では……アトムに勝つことはできないよ」
「……」
「レモン、君もお疲れだったね。久々の共闘も──」
シャインは顔をこわばらせた。
レモンが、膝を突き腕を押さえている。
眼球は小刻みに震えている。
「レモン、レモン!! しっかりするんだ!!」
「おい具合が悪いのか!? テメェも保健室に──」
「……ッ!」
レモンは差し出された手を払い除けた。
そして、自分がやってしまったことに気付いたのか、蒼褪めた顔で「あっ、いや、違うの──」と、取り繕う。
ふらりと立ち上がると、そのまま「大丈夫、平気よ」と告げて、彼女もまたおぼつかない足取りで去っていくのだった。
「……おいおい、大丈夫かよアイツ……」
「……本人が良いって言ったんだ。彼女を心配してくれる人は他に居る」
「しかしだなァ」
「それよりも、あのオーデータポケモン……どうする?」
「どうするもこうするもねぇよ。学園のパワーバランスはお終いだ。完全に生徒会に傾いちまった。悔しいが──勝てる未来が浮かばねえ」
ラズは歯噛みする。
生徒会は確かに権力としては強いが、戦力的には三寮長が力を合わせれば拮抗する程度の実力でしかなかった。
アトムも、1対1ならばレモンに敵わないくらいの実力でしかなかった。
だが今日、それは覆されてしまったのである。
「……荒れるぜ……この学園……」
「元々荒れてたでしょ」
「うるせぇ」