ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】 作:タク@DMP
「──決闘の申し込みで呼び出すなんて。ボク忙しいんだけどー?」
──屋上に呼び出されたデジーは怪訝そうな顔を向けた。
この前滅多打ちにした転校生と、彼に目を掛けている風紀委員長が揃って並んでいる。
「なぁにぃ? 秘密をバラすのをやめてほしいとでも、頼むつもり? それとも、寮生活を取り戻しに来たわけ? わざわざ保護者まで連れてくるなんて、そんなにボクが怖い?」
「そのどれでもないよ」
毅然とイクサは言い放つ。彼女の言う事は全て当てはまらないからだ。
「何でも良いけど……寮生活の対価に差し出せるモノは用意してるの?」
「いいや、寮生活は要らないよ」
「……は?」
デジーの声色が変わった。本気で理解出来ないとでも言いたげだった。
「──報酬になるのは君だ。生徒会庶務”いたずらウサギ”デジー。僕が決闘に勝った暁には、生徒会から脱会しサンダー寮に入ってもらう」
その場を沈黙が包み込む。
誰を報酬にするって? 本気でデジーは耳を疑った。
しばらくして、きゃはははは、と甲高い笑い声で返してやることにした。
冗談じゃない。侮られているのだろうか、と本気で彼女はイクサに嫌悪感を抱く。
「きゃははははは! 正気? ……冗談なら面白くないよ」
「いいえ、生徒会を辞めるだけじゃないわ。正式にこの私の傘下として貴女には粉骨砕身働いてもらう。というのはどうかしら」
「ッ……」
レモンの言葉で──彼らの言葉が「本気だ」ということがデジーにも分かった。
そして何処か警戒した様子で彼女は問いかける。引き受ける理由など微塵もない。
自分の身そのものを賭けた決闘など。しかし、それを敢えて持ち掛けてくるということは、こちらにそれだけの報酬があるということである。
「仮にこのボクを君達の所に引き入れるとして? その決闘にボクが勝った時の見返りは? ここの前提条件が足りてなきゃ──」
「──この私じゃ不満かしら」
「!?」
デジーの眼球が震えた。言った事が理解できないという表情でレモンを睨み付ける。この寮長は自分の立場を分かっていない。何故ならば彼女はサンダー寮の寮長で、シトラス家の御令嬢だからだ。それが自ら決闘の報酬となって前に進み出るなど、正気を疑う所業だ。
「何考えてんの? まだ今朝の盗聴データ確認してないんだけど……!」
「裏も表も無いわ。貴女を倒して私達の所に引き入れる。それだけよ」
この日の1限はデジーのクラスの体育の授業が入っており、彼女はどうやっても風紀委員長室の盗聴データの確認ができない。
それを知っていて、この日の朝、レモンは作戦決行をイクサ達に伝えたのである。
そしてその勢いのまま、次の2限にデジーを呼び出した。デジーが事前に対策することができないように。
「ど、どうかしてる……!! あんた、自分が誰か分かってんの……!?」
「ええ勿論。私はサンダー寮の寮長で、風紀委員長で、シトラス家の令嬢、レモン・シトラスよ。この私を生徒会の一員に加えることが出来るなら……いえ、もっと言うなら
「じょ、冗談でしょ!? ボクをサンダー寮に引き入れる為に、君、サンダー寮と風紀委員を傾けるつもり!?」
「今は分からないけど、貴女がアトムの旗下に居ると、遅かれ早かれ私達は傾くでしょう。厄介なのよ。敵方に貴女が居ると。だから……その前に私達が貴女を取り込む」
「ッ……ああ、そういう事。やっぱりボクの力が怖いんだ」
「あら、勘違いしないで。これはスカウトで引き抜き。どうせ生徒会での仕事なんて無報酬な奉仕活動なんでしょう? オマケに時間がある限り、作業させ続けられる」
「……!」
「大方、
デジーは顔を顰めた。何処で聞いた? と言わんばかりに。自分の領域を土足で踏み荒らされる程不快感は強い。
「……ボク、相当風紀委員長さんには嫌がらせしたと思うんだけどなー? しかも、ボクなんて仲間に引き入れたら内偵とかしちゃうかもよ? あるいは機密を漏らしたりとか──」
「あら分かってないわね──
「……は?」
じり、とデジーは引き下がる。レモンの目は──据わっている。じっ、とこちらの両眼を見据えている。
「この私を恐れない胆力。戦車を単身撃滅する程の戦力。そして、未知の技マシンを完成させる程の技術力。私は貴女を雇いたいと考えている」
「ッ……ボクを雇う……!?」
「そうよ。正式に雇用契約を結び、貴女を将来的には我が社のエンジニアとして迎え入れたい。卒業までは、この私の部下としてその辣腕を振るってもらうわよ」
「……逆に、君は生徒会に来たら何をするのさ」
「
「……!」
デジーは、漸く話に聞いていたレモンの恐ろしさを垣間見た気がした。
この女は自分の価値を分かった上で、勝負となれば躊躇なく自分すらもベットし、相手を勝負の台に引きずり出す度胸があるのだ。
しかも、決闘をするのは自分ではなく、隣に居る「一度負けた新入生」だ。正気の沙汰とは思えない。
政治をさせれば、生徒会長の次に右に出る者はいない女傑。それが、レモン・シトラス。
安全圏から戦う事を好むデジーには一生理解が出来ない性質の女である。
「あはっ、きゃははははっ! サイコーにイカれてる!! 自分を決闘のリワードにするヤツなんて聞いたことないよ! それも寮長クラスが……! こんな裏があるのが丸分かりの決闘、ボクが受けるとでも──」
「ちなみに、この決闘の内容は既に生徒会に知らせてあるし、
「えっ……? 何その同好会──!?」
※※※
──同時刻、校内。
「速報ーッ!! 速報やーッ!! 何と何とッ、あの転校生が──生徒会庶務”いたずらウサギ”のデジーにリベンジマッチを挑むでーッ!!」
「後は、デジーが決闘を受けるか受けへんか!」
「もし転校生が勝てば、デジーは生徒会から引き抜き! そんで、デジーが勝てば……風紀委員長が生徒会の傘下入りやーッ!!」
ビラを校内でばら撒き、大声で喧伝するハッカとテマリ。
まさかのリベンジマッチ、そして衝撃的な決闘の報酬は聴衆を引き付けるには十二分だった。
すぐさま校内はお祭り騒ぎに発展する。転校生といたずらウサギ、どちらが勝つかという賭けも始まった。
決闘そのものだけではなく、勝敗の結果による学内の勢力図の更新も見所だ。
だが、大盛り上がりな生徒達の様子に対し、当のハッカは気が気でない。
「寮長直々にいきなりこの内容を印刷して大声で宣伝してくれ言われたけど……イクサの奴、とんでもない決闘しようとしとるやんけ……」
「うん……決闘で寮長さんを賭けはるなんて……」
「しかも、こんなに他の生徒煽ってどうするつもりや!?」
「正気ィ疑うんやけど……! これイクサ君負けたら、寮長さん生徒会に行ってしまうん!?」
「せやな……どう考えてもイクサの奴が独断で考えたんとちゃう……! 相手を釣る為の一世一代の賭けやで……!」
※※※
既に学内は「祭り」と化していた。
こんな絶対に勝てる条件で、簡単にこの私が手に入るかもしれない決闘を捨てたと知ったら生徒達は黙っておかない。デジーには臆病者の烙印が一生押される──という寸法だ。
「そう、そうなんだ……外堀を埋めに来たってところだね……!」
「生徒会庶務が格下の生徒に決闘を挑まれ、みすみす逃げたと知れば生徒会の支持率にも直結する。生徒会は座視することが出来ないんじゃないかしら」
「……あっはははは! ボクの負けだよ。まさか、此処まで迅速果断に動かれるなんてね。でもさ、1つ忘れてない?」
妖しい笑みを浮かべながらデジーは言った。
「獲らぬジグザグマの皮算用!! ……風紀委員長さんの言う引き抜きだとか何だとかは、全部転校生君が勝った場合の話! ボクが勝った場合は、君がこっちに来るんだ!」
「──レモンさんはそっちには行かないよ」
前に進み出たのは、イクサだった。その目は前回の決闘の時とは違う。内にある獰猛さが漏れ出した決闘者の目だ。
「僕はもう負けない。レモンさんの決闘代理人として……今度こそ君を倒す」
「ッ……むっかつく。もう勝った気になってるのが!! 前回は手も足も出ないまま、負けた癖に!!」
「”男児三日会わざれば刮目して見よ”。ランセ地方の古い諺よ。油断すると手も足も出ないまま負けるのは貴女の方かもしれないわね」
「……」
ぐるり、と踵を返した彼女は言った。最早何も言う事は無かった。
「分かったよ……決闘は受けてあげる。日時の指定はこっちがするよ」
「あら、話が早いわ」
「此処まで言ったからには相応の準備が出来てるものだと思って良いよね? ……今日だ。今日の放課後!! 全校生徒が注目する中で、二人まとめて踏み潰してやる!!」
──こうしてここに、正式に決闘の誓約が結ばれた。
決闘の時間まで、残り7時間。
史上最大規模の勢力変更が行われかねない決闘が始まろうとしていた。
「……今度は負けない。勝負だ、デジー」
※※※
──1時間半前。自分を報酬として賭けると言い出した寮長に、バジルは顔を真っ青にして止めに入る。
「正気デース!?」
「……いいえ、これしか方法はない。転校生君は相手方からすれば要らないだろうし、イワツノヅチもきっと……わざわざ決闘で取らなかったのには理由がある。報酬としては弱いわ。この私自身を賭けた方が相手も乗ってくる可能性が高い」
「でも……だからと言って、そんなの無茶苦茶デス!」
「相手が決闘に乗らなければ、この作戦は破綻してしまう。だから、確実に乗せるしかない」
此処まで立てた情報爆弾無力化作戦は、全て決闘が前提となる作戦だ。
故に、如何にして彼女を決闘に乗せるかをずっとレモンは考えていたらしい。
「……デジーという少女は非常に強かよ。生半可な賭けには乗って来ない」
「そういえば、あの子の情報、調べてたんでしたっけ」
「ええ。デジーは元々小さなアカデミアの工学科に通ってた。田舎町に生まれた突然変異的なタイプの天才よ」
しかし、家がそこまで裕福ではなくアカデミアの設備も良くなかった上、資金難で思ったようなものが作れず、日の目を浴びなかったらしい。
「燻ってた、ってところか……」
資料を読み上げながらレモンは「そうね」と語る。彼女の力は地元の小さな工学科で生かすにはあまりにも大きすぎたのである。
「オマケに天才過ぎる頭脳が災いして理解者が居なかった。浮いてたのよ。それに目を付けたのがアトム。生徒会権限で推薦状を出して、燻っていた彼女に”大仕事”を任せた」
「だから、デジーは生徒会に所属していて、生徒会の言う事を聞かざるを得ないんだ」
デジーからすればアトムは恩人そのものだ。自分の才能を見つけ、資金面での問題を解決してくれた上にやりがいのある仕事をくれる神様のような存在である。だから、どんな命令にでも喜々として従っているのだろう。それが人道から外れたものだったとしても。
「庶務は生徒会の何でも屋。生徒会は……いえ、アトムは彼女に首輪をつける代わりに、資金を援助することにしたのよ」
結果的に彼女の発明は高度かつ独自性の高いものばかり。自力で技マシンの開発・量産まで行っている辺り、才能は本物だったと言わざるを得ない。
と、此処までがレモンの調べたデジーの過去だった。
バジルが調査したのは、現在のデジーの状況だ。
「でも、その代わり現在の生徒会での彼女の作業量は膨大そのものデス。授業に出てる時以外はずっと、作業をやらされてるみたいデス。折角新しいパソコンを買ったのに、ゲームもできないってボヤいてるみたいデスよ。多分、好きな発明品も此処最近は作れてないデス」
「例の技マシンの量産か……仕事はあるが時間が無い、と」
「後、技マシンの量産じゃなくって、学内に置く”技マシンマシン”の開発と製作を行ってたみたいデス」
「何なんだこの子マジで……」
技マシンマシンとは、パルデア地方の技マシン自動生成装置である。大量生産は出来ないが、野生ポケモンの落とした素材を投げ込めば、誰でも簡単に技マシンを作れるというものだ。どうやらそれを生徒会の指示で調整し、開発をしているらしい。しかし、元々高度な機械だからか、かなり苦戦しているのだという。
おまけに彼女が作業に没頭しやすいのを良い事に、生徒会はデジーを働かせ放題な状態にしているらしい。
「ならばこの私がもっと良い労働条件を提示してやろうっていうのよ。この私自身を餌にしてでも釣り上げるわ」
「でも、結局それってイクサが勝てなかったらレモンが……」
「そうね。私がアトムの傘下になろうものなら、サンダー寮は寮長不在で大変なことになるでしょうし、勢力図は大きく変わる。実家にも迷惑が掛かる……まあ見方を変えれば、私が直々にアトムとクラウングループの動向を探れる状態になるけど」
「強かデース……」
「……大丈夫。私は生徒会に行かないわ。
「さ、最悪デース……ッ!! 流石サンダー寮きっての性悪女!!」
「貴女にだけは言われたくないわよ」
「こんなの、イクサのプレッシャーが……! どうするんデス、イクサ!?」
「やります」
イクサは決意を滲ませた表情で言った。
「……正直、言いたい事は色々あるけど負けないって宣言しましたから……僕が、レモンさんを守ります」
それを聞いていたバジルはへたり込んでしまった。
「……二人共、滅茶苦茶デース……」
※※※
──学内、生徒会総本部。
スカッシュ・アカデミアの中央に座すスパークリングタワーの頂上にある一室だ。
決闘を引き受けたデジーは、生徒会の幹部から召集を受けていた。
「……生徒会長の帰還前にとんでもない事になったな」
「だが、お前と引き換えでレモンが手に入るなら、それも悪くないかもしれない」
「ちぇっ……所詮ボクは只のエンジニアっていうのかよ」
「お前が勝てば万事解決だ」
決闘に乗り気な他の面々にデジーは不満をこぼす。自分が失われるリスクよりも、レモンが手に入る利益を優先している。
「組織の御旗には、それだけで価値がある。お前が抜けても生徒会の権威は失墜しないが、レモンが抜ければサンダー寮の権威は失墜する」
「だからお前には確実に勝ってもらう。我らが会長が、お前に──
「何だって!?」
「先程パソコンで会長が送信してきたのだ」
目の前に置かれたのは、モンスターボール。
ボール越しだが、凄まじい威圧感を感じる。
一瞬それに手を伸ばしかけたデジーだったが、すぐさま引っ込めた。
「……ボクを侮ってるの? こいつを使わなくても、ボクは──」
『デジー、そのオーデータポケモンに何か不満があるのですか?』
何処からともなく声が響き渡る。
目の前のモニターに──人の顔が映し出された。
その声を聞いた途端、デジーの肩が震える。
腸を直接揺さぶるかのような透き通る声。
本能的に逆らってはいけない、と思わせる声。
直接害を受けたわけではない。むしろ、彼には恩義しかない。
にも拘らず──聞けば、恐怖感すら感じさせられた。
諭すような超然とした態度に、人の域を超えたかのような声。
それを前にデジーは頭を垂れるしかない。
「不満なんてありません!! 無いから、無いからこそ、言ってるんです……!」
『ビジネスの基本は、チャンスをモノにすることですよ、デジー』
「で、でも、ボクは一度……転校生に勝っています……ッ! 生徒会長の切札を煩わせるまでもありません!」
一方、デジーにもプライドというものがある。
生徒会長からの施しを受けて、一度勝った相手に挑むのはどうしても許せなかった。
(冗談じゃない! ここでアイツを使って勝ったなら、ボクは一生自分を許せない……ッ!)
「オーデータを使わなくとも、転校生に勝ってみせます……ッ! ボクは一度、あいつのオーデータに勝ってますから!」
(ここで自力でもう一度転校生を捻じ伏せて、ボクの力を証明する……ッ!!)
何より生徒会の他の面々から侮られるのはもっと我慢ならない。
『そうですか。……期待していますよ、デジー』
天使のような穏やかな返事が返ってくる。
これに報いねば、と強く強くデジーは痛感させられる。