ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】   作:タク@DMP

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第26話:厄介者

 漸くイクサも察した。

 シルシュルーが栄養価の高い果実を大量に摂取していた理由を。

 それは、進化による急激な成長に備えるためだったのである。

 体調は0.7mの小さな猿だが、目玉と指が突出して大きく、可愛さと不気味さが綯い交ぜになったような姿をしている。

 

【タギングル どくざるポケモン 毒/ノーマル】

 

「きゃいきゃいきゃいっ」

 

 そのままキルリアに襲い掛かるタギングルだったが、噴出した毒は全てキルリアの身体が弾いてしまった。

 オーライズで鋼タイプを獲得したためである。

 しかし、かと言ってキルリア側もタギングルに有効打があるわけではない。

 むしろ進化したことで跳ね上がった素早さに”かるわざ”が乗り、最早手が付けられない始末だ。

 そしてタギングル側もこれ以上長居する理由がないのか、踵を返すと脱出を図る。

 商品棚を足場にして、颯爽と窓から抜け出そうとするが──

 

「そうは問屋が卸さないのデース!!」

 

 すかさずバジルが取り出したのは──パチンコだ。

 それも子供のおもちゃではない。狩猟用の本格的なものである。

 狙いを定める時間はあまりにも短かった。

 しかし、彼女が引き絞った弾丸は真っ直ぐにタギングルに飛び、そして爆ぜて匂いを撒き散らす。

 

「きゃきゃきゃっ!?」

 

 悪臭に顔を顰めるタギングル。だが、そのまま窓を器用に開けると、そのまま逃げてしまうのだった。

 

「先輩、逃げられました……ッ!」

「No problem! 今、私のパチンコでニオイ玉を飛ばしたデース! あれの匂いは強烈、24時間は取れないデスよ!」

 

 そう言えば、元居た世界の師匠も狙撃の名人だったことを思い出す。

 あれだけの速さで動き回っていたタギングルを、偏差射撃で狙い撃った辺り、世界が変わってもそこは変わらないらしい。

 彼女は続け様にボールを投げる。中から現れたのは、小さな狐のようなポケモンだった。

 

「このゾロアが、ニオイ玉の匂いを追ってタギングルの居場所まで連れていってくれるはずデース!」

「こきゅっ!」

 

【ゾロア わるぎつねポケモン タイプ:悪】

 

 追跡に使うのはキツネ型ポケモン。人間よりも遥かに鼻が利くらしく、すぐさま匂い玉の方へ目掛けて走り始めた。

 イデア博士がそれを見て叫ぶ。

 

「よし、僕は後始末の手引きをしておくから……後は学生たちに任せるよ」

「勿論! 一度戦った獲物、必ず捕まえてみせます!」

「うん。オシアスって地方は本来、野生ポケモンが極端に少ない地方だ。もし奴が町中で好き勝手したら大騒ぎだからね」

「そうなる前に、ちゃちゃっと捕まえるデース!」

 

 スーパーでの事後処理をイデア博士に任せ、二人はタギングルを追うのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「きゃいきゃいっ? きぃきぃきぃっ」

 

 

 

 辿り着いたのは、路地裏だった。 

 生ごみ置き場になっているこの場所に、スプレーのように毒液を吹きかけるタギングル。

 食べた果物の色素によって分泌される毒液はカラフルに変色しており、それをまるでペンキのように塗ったくっていく。

 しかし、それを邪魔しに来た天敵の姿を見ると、露骨に機嫌を悪そうにするのだった。

 

「──そこまでだシルシュルー……いや、タギングル!!」

「きゃいきゃいっ」

「この町じゃ、君はきっと生きていけない……だからその前に、僕とパモ様が君を捕まえる!」

「ぱももももっ!」

 

 此処で戦う事にメリットはないようにタギングルには思える。

 しかし、これだけ距離を突き放したにもかかわらず追いかけた1人と1匹は、間違いなくこれからも脅威となりえる。

 ならば、此処で排除した方が後の為。タギングルは指に毒の唾液を吹きかけ、戦闘態勢を取る。

 第二ラウンドの始まりだ。

 

「きゃいきゃいきゃいっ」

 

 さっきと同様、目にも留まらぬ速さでタギングルは壁際まで移動し、パモットをおだてた。

 しかし──さっきは混乱していたはずのパモットは、真っ直ぐにタギングルを捕捉し、電気を大量に蓄えた電気袋を押し当てる。

 

 

 

【パモットの ほっぺすりすり!!】

 

 

 

 何が起こったのかタギングルには分からなかった。

 微弱な電気が流れて全身が痙攣し、倒れ伏せるしかない。

 一方、パモットはガリガリと何かを噛み砕きながら、構えのポーズを取ってみせる。

 

「貴方達の決闘に水を差すつもりはないデスけど……”キーの実”くらい援助しても文句は言わないでくだサイよ? そっちもたっぷり食べてるデショウから」

 

 後ろに立つバジルが悪そうな顔を浮かべた。その右手にはピンク色の木の実・キーの実が握られている。混乱を治療する木の実だ。

 先程のバトルを見ていた彼女が、イクサに渡していたのである。そして、パモットは予め口の中に木の実を含んでいたのである。

 

「毒状態よりも行動が制限される混乱の方が脅威。手持ちを交代させなきゃいけない分、素早い貴方相手にテンポを取られかねないデース」

「きゃい、きゃいっ……!?」

「これで特性”かるわざ”の分の素早さは無くなったも同然。そして、麻痺で行動が封じられる。逆転だ、タギングル」

「きぃきぃきぃ……!!」

 

 憎らしげにパモットを見つめたタギングルは、それでも尚衰えない速度で肉薄し、毒霧を吹きかける。

 それを腕で防いだパモットはすぐさま回し蹴りを見舞った。大きな頭にそれは見事に命中し、タギングルを壁に叩きつけ、ゴミ箱の中へと落とす。

 だが、すぐさまそこから飛び出したタギングルは、空中に大量の毒爆弾を浮かべて、ターゲット構わずそれを放っていく。

 

「”アシッドボム”デース!?」

「もうお構いなしか!! パモ様、速攻で勝負をつけるぞ! ”マッハパンチ”!」

「ぱもももっ!」

 

 足元を強酸性の毒液が溶かしていく中、パモットは弾幕を掻い潜り、タギングルへと到達する。

 空中で格闘戦が始まった。

 毒液をパモットに押し付けるタギングルと、捨て身の徒手格闘を挑むパモット。

 しかし、麻痺してしまったことで、タギングルは既に武器である機動力を大幅に削がれており、思っていたように動くことが出来ない。

 それでも──己の生存権を賭けて、二匹は殴り合う。

 壁を足場にし、ゴミ箱の蓋を盾にし、これまでにない速度と速度によるぶつかり合いが繰り広げられる。

 最後は、パモットの”マッハパンチ”に対して蹴りでクロスカウンターを決めるタギングル。

 両者は互角だった。互角だったが──既にタギングルは疲労を見せていた。

 幾ら素早くとも持久力まであるわけではないのだ。一方パモットは鍛えた甲斐もあって未だに戦えるようだった。

 

(弱ったッ!! 今だ!!)

 

 そこにイクサが思いっきりボールを投げ付ける。

 避けようとしたタギングルだったが、麻痺による痙攣が身体を襲う。

 そのままボールがぶつかり、中へと吸い込まれていき、何度か揺れた後、その場にはボールのロック音が響き渡るのだった。

 タギングル、捕獲完了──

 

「な、何とか捕まえられた……!」

「やったやったデース!! 捕獲完了デスよーっ!! 今回も私の推理で事件解決、デスね!!」

「は?」

「マジトーンやめるデス、怖いデス」

 

 ──結果。

 対ポケモン保険が店には降りるらしく、事後処理はイデア博士がやってくれたので、全ては丸く収まるのだった。

 彼曰く「後は大人に任せておいてー」とのことだった。

 大分時間がかかってしまったものの、あらかた買い出しを終えた二人は学園行きのバス亭に向かい、二人並んで歩いていた。

 買い物袋にはぎっしりと荷物が詰まっていた。

 

「それにしても、厄介なヤツでした……単純に速い、という事が此処まで強いだなんて」

「それだけに、デジーのミミロップの”素早さを奪う戦術”の恐ろしさが伝わってくるデショ」

「確かに……素早さはポケモンにとって最も重要なステータスとは誰が言ったか」

「その素早さをどう生かすか! あるいは相手の素早さをどう殺すか! それがトレーナーの貴方の手に掛かってるデスよ」

「素早いのは良いんですけど、タギングルに関しては正直御せるか心配ですよ……やんちゃなマリルだけでも結構手を焼いてるのに」

「あっははは……確かに、こっちもこっちでやんちゃそうデスからね……」

 

 捕まえたのは良いが、躾けるのが大変そうだ、とイクサは考える。先ずは人の物を勝手に食べてはいけないというところから教えないといけないらしい。

 そんな事を考えていた時だった。

 大通りの方から声が聞こえてくる。

 

「キャーッ!! ひったくりよ!! そのモトトカゲの男はひったくりよーっ!!」

 

 民衆のどよめき。そして、遅れてバイクのような大トカゲ──所謂モトトカゲと呼ばれるポケモン──に跨ったフルフェイスの男が走り抜けていく。

 見ると、手には高級そうな鞄が握られていた。

 

【モトトカゲ ライドポケモン タイプ:ドラゴン/ノーマル】

 

「しゃっかりきーッ!! 不用心なババアだぜ!!」

「ブォォオオオン!!」

 

 何ともまあお手本のようなひったくりである。しかし、二輪車の如き速度で爆走するモトトカゲに誰も追いつくことができない。

 ……今しがたイクサが捕まえたポケモンを除いて。

 

「そっか、この子なら追いつけるかもしれない!」

 

 イクサはポケモンセンターで回復させたばかりのタギングルを繰り出す。

 ぱちぱち、とこちらを大きな目で見つめていた小猿のポケモンは、指をぺろぺろと舐めていたが──

 

「あのモトトカゲに思いっきり悪戯してやれ!!」

「ききききぃっ!!」

 

 にやり、と思いっきり悪辣な笑みを浮かべたタギングルは”かるわざ”を発動させたことで、モトトカゲを追い越す勢いで走り抜ける。

 そして疾走するモトトカゲの頭に掴まり、頭部に思いっきり毒液を吹きかける。

 視界を潰されてバランスを崩したモトトカゲは防護柵に激突。男も鞄諸共転倒するのだった。

 

「あ、あっががががが……!?」

 

 間もなくパトカーがサイレンを鳴らして駆け付けるのが見えた。

 モトトカゲ共々、ひったくり犯は連行されていく。

 そしてイクサの元に戻ってきたタギングルは誇らしそうに胸を張る。

 

「モトトカゲを追い越す勢いのスピード! 本当にすごいデース!」

「ああ、此処までとは思わなかった……」

 

 散々苦しめられたタギングルの素早さは、味方につけると此処まで頼もしいのだと思わされた。

 実際”かるわざ”でステータスは上昇しているとはいえ、モトトカゲに追いついたのは圧巻だった。

 

「……そっか。厄介者程、()()()()()()()()()()()……か」

「きゃい?」

「もっとシンプルに考えれば良かったな」

 

 先日のイデア博士の言葉をイクサは思い出す。

 けけけ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべたタギングルに向かって、目線を下げて改めて向かい合う。

 

「……これからよろしくね、タギングル」

「きゃいきゃきゃいっ」

「どうやらこっちも、一件落着みたいデスね!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──20時頃。保健室では、目を覚ましたレモンにガーベラがとうとうと説教を垂れていた。

 主に食生活、睡眠時間、そして労働時間についての話である。

 驚いた事にこのどれもレモンは守れていない。入院する一歩手前であったことは言うまでもない。

 

「と、これが普通の人間らしい生活というものだぞ、よろしいか先輩。働くなとは言わないが、せめてエナドリだけはやめるんだ、骨が溶けるぞ」

「分かったわよ……これ以上は耳にオクタンができるわ。ところでいい加減これ解いてくれないかしら。誰かに見られたら事件よ」

「逃げだして仕事をする気満々だからダメだぞ」

 

 そう言った矢先──がらがらと保健室の扉が開き、誰かが駆け寄ってくる。

 

(ああ、どうせバジルに違いないわ。これが解放されたら、ハタタカガチで雷落としてやるわ)

 

 しかし、入ってきたのは元凶たる親友ではなかった。

 

「レモンさんッ、大丈夫ですか──わぁっ!?」

「ッ……て、転校生君っ!?」

 

 カーテンが開けられたそこに立っていたのは、イクサだった。

 可愛い可愛い後輩に、手足を縛られた姿を見られ、ガラにも無くレモンの顔は紅潮していく。

 一方、予想し得なかったレモンのあられもない姿にイクサもまた、顔が真っ赤に熟れ上がっていった。

 

「な、何でレモンさん、縛られてるんですか!? ガーベラさんがやったんですか!?」

「転校生、解いちゃダメだぞ。この人は逃げて仕事をするつもりだ」

「ま、待って。やめて、見ないで」

 

 ふい、とレモンは顔を逸らす。

 耳まで真っ赤に熱を帯びているのが分かる。しかし、縛られているので顔を隠すことすらできない。

 

「……転校生君、幾ら私でもこの姿は恥ずかしい……」

「す、すみませんッ……」

 

 カーテンを閉めて、イクサはばくばくとする心臓を抑えて背を向けた。

 あのレモンが羞恥に悶える姿、そして手足を縛られて無抵抗になっている姿に──どうしようもなくいけない気持ちになってしまった。

 しばらくして、レモンの方から切り出して来た。少し怒気が籠っていた。

 

「……何しに来たの?」

「……レモンさんに、栄養のあるものを買ってきました。それと、どうしても言いたいことがあって」

「転校生君。盗聴の恐れがあるから、会うのはやめようって言ったじゃない。言う事を聞かない悪い子は好きじゃないわ」

「──盗聴されたって良いです。悪い子で構いません。それでも、言いたい事があるんです」

「貴女も私に無茶するなだの、生活を改めろだの、そういう話?」

「それは別の人が言ってくれると思ったから、僕の口からは敢えて言いません」

 

 胸を抑えながら、イクサはレモンの居るベッドに向き直り──言った。

 

「……どんな時でも、自分が傷つくのを恐れずに、誰かの為にやるべき事を貫くのがレモンさんです。僕は、そんなカッコいい貴女に惹かれたんです。でも……そんな貴女の為に戦いたいと思ってる人が居ることも分かってほしい」

 

 それをきっと止めることはできないし、止まってしまえばそれは──レモンではなくなってしまうとイクサは考える。

 決闘に負けたばかりで、何の説得力も無いことは分かっている。

 

 

 

「レモンさんが皆を守ってくれたように、今度は僕がレモンさんを守ります。不安になんてさせません。だって……僕はもう負けませんから」

 

 

 

 女王に傅く騎士のように、イクサは恭しく彼女に頭を下げる。

 しばし沈黙がその場に流れ──しばらくして、か細い声が返ってくる。

 

「生意気ね……転校生君の癖に」

「勿論、風紀委員の仕事も手伝います! 僕に出来る事なら何でも言ってくださいッ!」

「バカね。いきなり、そんなに意気込んで……こっちの世界に来たばかりの貴方に任せられる仕事なんて無いわ。だって仕事って責任が伴うのよ。貴方、分かってる?」

「うぐっ、そ、それは……」

「……安心して頂戴。今度から、今まで私がやってた仕事は他の人にもきっちり振るわ。貴方は決闘に集中してくれれば良い。だって、それが貴方のやるべき事なのよ」

「……そうですけど」

「だって──勝ち続ける事よりも難しい事なんて無いわ。それを覚悟して”この私を守る”って言ったんでしょうね? それとも……怖気づいた?」

「まさか!! 覚悟の上です!!」

「……ふふっ、その返事が聞きたかったのよ」

 

 もう、声色はいつも通りの物に戻っていた。

 

 

 

「……結局、もう少し私は……周りの皆を信じるべきだったのね。勿論、君の事も」

 

 

 

 だが、少しだけ──語調は優しく穏やかだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「とゆー訳で! 色々買ってきたデスよ、レモン!」

 

 

 

 話が一段落したところで、狙いすましたかのようにバジルが保健室に現れる。

 緊縛が解かれたレモンは恨めしそうに親友を睨み付けた。

 

「……私を縛らせた件については後で話があるけど、感謝はしておくわ」

「やっぱ、許されないデス?」

「貴女の所為で、転校生君に恥ずかしいところを見られたわ。貴女……全部計算してたでしょ? 推理はへっぽこな癖に悪知恵ばかり働くんだから」

「いやー、バレちゃいまシタ?」

「覚えときなさいよ迷探偵」

 

 野菜とハムのサンドイッチを食べ終わったレモンは、久々の固形物に何処か落ち着きを覚えたようだった。

 

「おいしかったわ」

「今度からは、ちゃんと食べてくださいよ、レモンさん。バジル先輩も心配してたんですから」

「そうね……徹夜はやっぱ良くないわ。続けると頭がおかしくなるものなのね」

「全くだぞ。先輩は根を詰め過ぎるところがあるからな」

「ガーベラ! 此処電気ケトルあるデスよね!」

「ああ、お湯なら沸かせるぞ」

「スープの粉も買ってるのデース!」

「熱いのは勘弁してよ」

「はいはい、ちゃんと冷ますデース!」

 

 ガーベラと次の品物を取りに行ったバジルを流し見すると、ベッドに座る可愛い後輩にレモンは問いかけた。

 

「それで? 勝算はあるの?」

「あります。此処まで僕もパモ様も鍛えてきましたから。それと──勝算と言えるかは分からないけど、1つ思いついた事が」

「何かしら」

 

 イクサはレモンに耳打ちした。

 彼女は──目を見開き、イクサの肩を掴む。

 

「えっと、レモンさん? 確かに僕も無茶苦茶とは思いましたけど」

「……奇遇ね。私も同じ事考えてたの。所謂”最も危ない作戦”ってヤツよ。バジルに調べて貰った資料、そして私のデータから考えても、活路はこれだけしか見出せなかった」

「でも、あいつを誘い出すだけの決闘の報酬が用意できるでしょうか?」

「それについては追々、明日関係者の前で話しましょう」

「良かった、アテがあるんですね」

「ええ勿論」

 

 それでも尚、彼女は浮かない表情をしていた。何処か憂い混じりだ。いつも通りと言えばいつも通りではあるのだが。

 

「ただ、1つだけ不安があるのよ」

「何ですか?」

 

 再び耳元に顔を近付けると、こっそりと彼女は囁いた。

 

「さっき、縛られた私を見て興奮していたけど……意外に狼さんだったのね、転校生君。これじゃあ、決闘を任せられるか不安だわ」

「あ、いや、それは──」

「……えっち」

 

 悪戯っ子のように、彼女は微笑んでいた。やられっぱなしは性に合わない。

 どうやってもレモンには勝てないのだ、とイクサは思い知らされる。現に何も反論ができなかった。

 イクサは顔を俯かせると手で隠してしまうのだった。

 

「スープを持ってきたのデース! ……あれ?」

「惣菜コーナーのおかずも持って来たぞ──どうした?」

「ナンデモナイデス……」

 

 そっぽを向いて顔を隠してしまったイクサを眺めて、くすくすと笑いながら──レモンは言った。

 

 

 

「いいえ、何でもないわ♪」

 

(こっちは貴女の所為で何でもなくないんですけど……ッ!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──翌日。 

 風紀委員長室に、バジルとイクサの二人は並んでいた。

 そして、すっかり目の隈が無くなったレモンがいつも通り座っている。

 

「来たようね。先日は貴方達には心配をかけて悪かったわ。それに……改めて礼を言う。ありがとう」

「今度からは、きっちり管理しマスからね!」

「面目ないわ……気を付ける」

「それでレモン。その顔は、何か思いついたって顔デスね?」

「昨日保健室で話した──あの作戦ですよね、レモンさん」

「そうよ」

 

 それは、情報爆弾・デジーを完全制御するための戦術。

 とはいえこれですら確実性は無いのであるが、他のどの作戦と比べても──彼女を効率的に無力化できると考えた。

 

 

 

「──デジーを、生徒会からサンダー寮に引き抜いて()()()()()()。それしか方法はない」

 

 

 

 彼女の言葉に、ある程度覚悟はしていたもののバジルは衝撃を受けたようだった。相手は”いたずらウサギ”。味方に置けたとしても、その後も手に余りそうな手合いだ。

 

「だ、大丈夫なんデスか、それって──」

「何のために彼女の資料を私と貴方で調べ回ったと思ってるの?」

「そうデスけど……じゃあ、レモンがここ数日働き詰めだったのって」

「勿論、彼女を効率的に管理するための準備をしていたの。転校生君が負けた場合は全てが水の泡に帰すけどね」

 

 つまりレモンの作戦はこうだった。

 イクサがデジーに対し「生徒会を抜けてサンダー寮に入る」ことを要求する決闘を申し込むというものだ。

 そして、これはイクサも辿り着いた結論で、彼自身も異論はない。

 

「──それでこっちは何を賭けるんデス? やっぱりオーデータポケモンのイワツノヅチとかデスか……?」

「バカね、あんな天才を幾らオーデータポケモンと言えど引き換えにできるわけないじゃない。こっちはデジー以上の価値があるものを賭けなきゃ相手も乗ってくるわけがない」

「ちょっと待ってくださいレモンさん。僕はてっきり、他に報酬が用意できるアテがあるのかと──」

「いいえ、()()()()()()()()わ」

 

 彼女の目は真剣そのもの。何処か覚悟を決めた顔で──宣言する。

 

 

 

「イクサ君──次の決闘は、この私……レモン・シトラスを賭けて頂戴」

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