ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】   作:タク@DMP

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第24話:レモン、倒れる

「……それで? 休日中も執務室に籠って徹夜で作業していたおバカさんが居るって聞いたデスけどー?」

「……校則には違反してないわ」

 

 

 

 ごっそりと隈の出来た目で彼女は言った。

 風紀委員長レモン・シトラス。

 彼女の美点は責任感が強いことだとすれば、欠点は責任感が強すぎる事である。

 溜まっていた仕事を休日中も学内で片付けていたらしい。それに加えて、来たるデジーとの決闘に向けた情報収集、更にレポート課題も仕上げていたのか、全く寝ていないようだった。

 目が死んでいる。エナドリの缶が捨てられないまま積み上がっている。

 

「私の権限で、貴女ではアクセスできない情報を掴んでやったのよ。むしろ感謝してほしいくらいだわ」

「はいはい、情報は貰ったデスよ」

「そっちも調べた資料を渡して貰うわよ」

「OK、きっちりと手書きで書き写したデスよ。それで何か……作戦らしい作戦は思いついたのデスか?」

「ええ勿論──ちょっとキケンな作戦と、もっとキケンな作戦、それとも……わ・た・し?」

 

 ダメそうであった。目の焦点が合っていない。そして言っていることも訳が分からない。

 

(うん……徹夜で頭がバグってるデスね!)

 

 当然、そんな頭で片付けた作戦が有効に働くとは思えない。

 此処最近ずっと根を詰めていたらしいレモンの顔は、既に限界だった。

 親友のバジルは、心を鬼にしてレモンの背後に回り込む。そして──手刀を首にぶつけた。

 ふらり、と彼女はそのまま机に突っ伏してしまうのだった。

 そしてメッセージアプリで保険委員長のガーベラに短文を送る。

 

『レモンが最近寝てないから、今日から丸一日ベッドで寝かせておいてくだサイ。縛ってでも保健室から逃がしちゃダメデスよ、OK?』

『承』

 

 1文字で了解の意が返ってくる。寮は違うが、共にレモンの身を案じる者同士。こう言った時の結束は固い。

 少々強引ではあったがこうでもしなければ、彼女は休みはしないだろう。親友を背中に負ぶい、バジルは保健室に向かうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「聞いてくれェ、テマリちゃんがよそよそしいんや。俺何かやってもうたやろか」

「まーた喧嘩したの?」

「いや、今回は全く覚えあらへん。俺を見るなり顔真っ赤にして逃げていくんやけど、何でやろ」

「社会の窓が開いていたとか」

「アホ!! それは無いわ」

 

 いつものように他愛のない会話をする二人。ハッカは寮に、イクサはテントに向かうので、途中で別れる。

 そして、すっかり慣れてしまったテントに辿り着くと、そこに立っていたのは──バジルだった。

 その表情は何処か呆れたようなものだった。何かあったのか、と思って駆け寄り問いただすととんでもない事を言い出したのである。

 

 

 

「レモンさんが倒れたァ!?」

「そうなのデスよ。生徒会長帰還まで残り2週間……その前に何か作戦を考えてくれるかと思ったデスけど、徹夜のし過ぎで、もう何言ってるか分からなかったデス」

 

 

 

 正確に言えば、本当にぶっ倒れる前にバジルが食い止めたといったところである。

 一先ずレモンは保健室に縛り付けているらしく、ガーベラと養護教諭の先生がその間面倒を見ているらしい。

 この局面で彼女が過労で入院でもすれば、いよいよ盤面が詰んでしまうので、その前に手を打ったのである。

 

「一番不安なのは学園の治安デスけど……風紀委員が一級警戒陣を出してくれてるデスからね。レモンの不在は、それだけデンジャラスなのデス」

「生ける抑止力、か……本当に終わってんなあ、この学園の治安……」

「まずはレモンが回復するのを待つしかないのデスよ」

 

 イクサは俯いた。

 此処最近彼女に直接会っていない上に、カイデンでの文通も止まってしまっていると思っていたが、此処まで重症とは思わなかった。

 元々仕事中毒気味なところがあったが、こうしてバジルが度々ストッパーになってくれているから今に至るまで彼女は死なずに済んでいるのではないかとすら思わせられる。

 此処まで彼女達が必死になっているのに、イクサと言えば毎日の学園生活に付いて行き、合間にポケモンを鍛えるので精一杯だ。

 

「……レモンさんは、そんなに頑張ってるのか……」

「悪いけど、あの子のはマネしない方が良いデスよ。……レモンは、生き急ぎすぎデース。イクサは、レモンの過去知ってるデショ? ……そう言う事デスよ」

「あっ……」

「……レモンは普段から頑張りすぎなんデス」

 

 過去にポケモンを迷宮で喪ったレモン。彼女の心には未だに十字架が突き刺さっている。

 死なせてしまったポケモンの為に頑張らなければならない。自分は死なせてしまったポケモンの分まで生きなければならない。

 あの子の恥にならないように、あの子の為に──彼女自身が何処まで自覚的かは分からないのであるが、そうでなければトラウマを押して出撃したり、過労寸前まで自分を追い込むなどしない。

 

「私も何度も言ってるんデスよ? 貴女の悪癖は美点でも何でもないって……でも、レモンに降りかかる仕事はあまりにも多いデス。そして、レモンだからここの風紀委員ができてるようなものデスから」

「どうすれば良いんでしょうか……」

「私達であの子のハートを溶かすしかないんデスよ。私達はレモンが大好きで……レモンにはいつも通り元気で居て欲しいのデス。幾ら今が非常時でも! 全てが終わった後に、レモンが笑っていなきゃ意味がないのデス!!」

「僕に何かできることは無いでしょうか? 情報収集をお二人に任せてしまって、僕、何にも出来てないです……」

「何言ってるデスか! Youに出来るのは、決闘に向けて強くなることデス! しかも1年生は学園の事だけで手いっぱいデショ?」

「でも、このまま放ってはおけません! 決闘の前にレモンさんに倒れられたら困ります! 僕、やっぱりレモンさんに一言言ってきます!」

 

 保健室へ行こうとするイクサを、バジルが引っ張って止める。

 

「But! 貴方が思ってるほど聞き分けの良い子じゃないデスよ、レモンは。言葉だけでどうにかなってるなら、私がどうにかしてるデス」

「そうですけど……じゃあ、レモンさんができるだけ早く元気になれるように、何かしたいです」

 

 レモンの意志は固い。

 それならば、彼女が健康を害さない範囲でそれを最大限助けたいとイクサは考える。

 彼女が今抱えている案件は、むしろ自分にも直結しているのだから。

 

「レモンさんは……きっと、自分だけじゃなくて僕の為に頑張ってくれてるんです。でも、それで身体を壊されても僕は嬉しくもなんともない。盗聴を恐れて僕と会うのを遠ざけて、その間に無茶なことをされるなら、僕は盗聴されたって良いです」

「私も同じデスよ。レモンは完璧主義デスから……つい、どんなことでも徹底しちゃうんデスよね」

「何か買い出しに行こうと思います! レモンさんどうせ、ロクな物食べてないと思うし……」

「あの子下手したら3食エナドリの可能性がありマスからねー。エナドリの缶、この2日間でめっちゃ増えてたデス。捨てる時間すら惜しんでるのデスよ」

「死ぬんじゃないですか、それ……」

「ほんっとエナドリは禁止デスね……甘かったデス、エナドリだけに……!!」

「怒りますよ」

 

 曰く、一度禁止にした時に泣きつかれてしまったらしい。完全に中毒症状が出ている。あまりよろしくない兆候だ。いつかカフェインの多量摂取で死ぬ未来しか見えない。

 

「だから無理矢理保健室にブチ込んだのデスよ。今日は時間もあるし……イクサ! プライシティに行って、二人でレモンを元気付けるものを買うデスよーっ!」

「えっ、二人で?」

「勿論っ! Youにも来てもらうデース! ……レモンには内緒デスよ?」

 

 にやり、と悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女はイクサの手を引く。

 そのままテントを後にして、バジルは彼を学園の外に連れ出したのだった。 

 ──プライシティは、学園の近くにあるオシアスで最も大きな町である。

 イクサの世界にあったエジプトのカイロに相応する此処は、ビルが立ち並び、交通もレジャーもショッピングも充実している。 

 多くの学生は遊びたくなったらプライシティに立ち寄るほどだ。

 

「改めて来ると大きな町だなぁ……それで、レモンさんって何が好きなんですか?」

「エナドリ以外でレモンが好きな物?」

「エナドリを好きな物に含めないでくださいよ」

「ふふーん、あの子ってカワイイところがあるんデスよ? その昔、ある試合の後インタビューを受けてデスね──」

 

 

 

 ──好きなもの? 珈琲よ。朝に一杯飲むと落ち着くの。砂糖にミルク? 勿論入れないわ。何故そんな事聞くの。

 

 

 

「なーんて言ってたんデスけど、あの子ブラックコーヒー飲めないんデスよー、しかも猫舌だから熱いコーヒーなんてとてもじゃないけど飲めないデスね!」

「ちょっと、それ言って良かったんですか……!?」

 

 情報爆弾が炸裂する音がした。コーヒーが飲めないくらいで今更イクサからすれば鬼の風紀委員長のイメージが崩れ落ちはしないが、どちらかと言えば見栄を張ってインタビューで自信満々に言い放っていた事実の方が重い。

 そして、知らぬうちに爆弾を炸裂させていたことに気付いた迷探偵は口を噤み──笑顔で誤魔化した。

 

「……誤差デスね!」

「何が!? 何が誤差なんですか!?」

 

 ひょっとして、最もレモンが恐れなければいけない情報爆弾は、デジーではなくバジルなのかもしれない。

 

「あの子が一番好きなのは、甘いもの……スイーツ、デスね!」

「それだけ言えば良かったんじゃないですかね!?」

「因みに私、前にレモンの楽しみにしていたオヤツを食べた所為で、ハタタカガチに()落とされたことがあるデース……」

「何やってるんですかマジで」

 

 

 

 ──あら生きてたの。もう一発お仕置きが必要かしら。

 

 ──こ、これ以上は、黒焦げデース……ッ!!

 

 

 

「いやー、名前書いてないのが悪いデース! って言ったら、名前ちゃんと書いてたんデスよね!」

「そりゃあ怒られますよ……」

 

 取り合えず甘いもの関連で彼女を怒らせるのだけはNGであることがひしひしと伝わってくる。

 

「あの子は可愛くて女の子っぽいところが沢山あるんデス! それを必死に隠そうとしてるところが逆にCute! デモ、そういう所……嫌いじゃないデショ?」

「まあ……」

 

 そう言われてしまうと、反論できない。だが、それはそれとしてこの探偵の信頼性もだんだん怪しくなってくる。この女、探偵に向いているとは思えない。

 そして、それは元の世界に居た「師匠」も同じだった。一方で本当にバラしてはいけないことには口外しないという信頼性もあったのであるが──普段の態度が信用ならないのである。

 

「それが良い事に働くこともあれば、悪い事に働く事もあるのデス。だから、私だけでもあの子の本当の姿を知っておけば……何かあった時に、あの子の背中を支えられるデショ?」

「……先輩にとって、レモンさんは──」

「歳は違うけど、大親友デス! だから、あの子の大事なモノは、私にとっても大事デースっ♪」

「あの、先輩!?」

 

 ぎゅう、とバジルは抱き着いてみせる。暗にレモンにとってイクサは「大事なモノ」であると伝えるかのように。

 しかし柔らかいものが鼻先に押し付けられ、苦しくなってしまう。

 そこから解放されたイクサは、バジルを睨み付けた。毎回事あるごとにハグされてしまうと、そろそろ良くない気持ちが芽生えてしまいそうだった。

 

「ねえ、先輩。誰彼構わず抱き着くのはマジで良くないと思います……ッ! 男はバカだからすぐ勘違いするんですよ?」

「うん? 勘違いしてくれても良いんデスけどね」

「先輩ッ!!」

「あはは、悪かったデスよぉ。以後気を付けるデース」

 

(本当に……何から何まであの人にそっくりだ……)

 

 へらへらと笑って返すバジルにイクサは眉を顰めた。

 何から何まで記憶の中にある「彼女」と合致していて、しかし──違う存在。それがとても歯痒く感じる。

 

「ねえ、イクサ。あの子はハッキリ言って、一筋縄じゃいかないデスよ?」

 

 こうして急に──真面目に話すところも、そっくりだった。内心はとても不安だったとしても、決してそれを表に出すことはしない。彼女としても、レモンを案じていて、自分の力だけではどうにもならないことを悔しいと思っているのだろう。

 

「……ずっと一緒に居た私が言うんだから間違いないデス」

「分かってます……それでも、僕がレモンさんを守らなきゃいけないんです」

 

 だからこそ、今戦える自分がやるしかない、と彼は目を閉じて決意する。戦う理由など唯一つ。

 

「レモンさんは僕の傷を受け止めてくれた。僕に進む道を示してくれた。だから今度は……僕がレモンさんを引っ張り上げる番だ」

「うん……それが聞けて安心したデス」

 

 それで、と彼女は続ける。

 

「……イクサって、レモンの事が好きなノ?」

「ふぇっ!?」

 

 彼の顔は一瞬で真っ赤になる。

 

「そりゃあ、好きですよ。色々お世話になりましたし……」

「LIKEじゃなくって、LOVEの方の意味でデス」

 

 ずいっ、とバジルはイクサの顔に近付いた。耳まで熱くなるのを感じた。さっきまで真面目だったのに、急にふざけだすのも彼女の悪い所だった。

 

「何でそんなこと聞くんですか!?」

「だってぇ、気になるじゃないデスかぁ」

「面白がらないで下さいッ……!」

「あははっ、Sorry! 人様の恋愛事情程面白いものはないデスからねー♪」

「……最悪だ……」

 

 とはいえ、元の「師匠」もこんな人物だった、とイクサは思いだす。

 探偵であるが故に他者の恋愛関係だとか、事情には常日頃からアンテナを張り続けているのだ。

 

「さっ、気を取り直して買い物に行きマショウ! 甘いものだけでは身体を壊しマース。ゴハンも必要デスよね。栄養のある物を買っていきまショウ!」

「待ってくださいよ、先輩ーっ!」

 

 最初に訪れたのは、大きなスーパーマーケット。

 市場と違い、客引きも無く、定価で安定して商品を買うことができる。

 一先ず胃に優しそうなものや身体に良さそうなものを選んでいく。

 

「ちゃーんと選ばないと、すぐにレモンは偏食するんデスよ」

「もうお母さんみたいじゃないですか」

「……いないんデスよ、レモンには」

「え」

「あっ、何でもないデス! それよりも、こっちにはフルーツが──」

 

 

 

「きゃーっ!! フルーツがポケモンに齧られてるわーッ!!」

 

 

 

 その時だった。

 スーパーの中に女の人の叫び声が聞こえてくるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──同時刻、保健室。

 

「ねえ、ガーベラ。どうして縛ったの。何故手足を縛ったの。動けないのだけど」

 

 手足を縛られたレモンは無理矢理ベッドの上で寝かされていた。下手人はガーベラ。保険委員長である。きつく紐で結ばれており、解こうにも解けない。

 

「──悪く思うな。全部バジルからの指示だぞ」

「なっ、何でバジルが──!? ……致し方ないわ、ハタタカガチ!! 電気でこれを焼き切りなさい!!」

 

 レモンのポケモンは、彼女の呼びかけで勝手に飛び出すようになっている。

 しかし、棚の上に置かれたボールからポケモンが出てくる様子はない。

 

「……ど、どうして」

「簡単だぞ。日頃のクソみたいな生活習慣を見兼ねて、ポケモン達も今回は私に味方してくれてるんだぞ」

「そんなバカな事があるわけないじゃない」

「……ハタタカガチ、出て来い」

 

 仕方が無いので証拠を見せてやると言わんばかりにガーベラがハタタカガチのボールを取り出した。

 中から現れた電球蛇はベッドに縛られている主人をジッと見つめると──ふるふる、と首を横に振る。

 

「ポケモンにすら呆れられる……先輩は風紀委員長の癖して、生活がまるでなってないのだな」

「あ、そんな……ッ! ねえ答えなさい、何故縛るの。せめて解いて頂戴」

「縛っておかないと風紀委員長が保健室から逃げるからだぞ、先輩もう今日は保健室で泊まれ

「今なら怒らないから解いて頂戴。仕事が──」

 

 ドンッ!

 

 ガーベラがベッドに縛り付けられたレモンの耳元に手を叩きつけた。

 顔と顔が接近し──彼女の目が呆れ混じりの怒りに燃えているのがレモンにも分かった。

 彼女は保健委員。生徒の不健康は誰よりも見過ごせない。

 

「ここ数日エナドリ生活だったらしいな先輩。死にたいのか? バカは死ななきゃ治らないというが、それが先輩だとは思わなかったぞ。前に言ったはずだ、エナドリは寿命の前借、濫用は厳禁だと」

「バジル……余計な事を言ったわね」

「従って、先輩には健康的生活を送ってもらうための教育的指導が必要だと判断したぞ」

「……この私を教育? 冗談じゃないわ、ガーベラ」

「このあたしが付きっ切りで人間らしい生活というものを叩き込んでやる。だがその前に問おう──最後に寝たのはいつだ?」

「7徹までは誤差よ」

「よし、このバカに強制的に睡眠を取らせるぞ」

「ちちちちちちぷい」

 

 ドレディアのつぶらな瞳が妖しく光った。レモンは全てを察し、努めて冷静に──しかし内心では焦燥を抑え切れず懇願した。

 

「ねえ、ドレディア──やめるのよ。良い子だから。良い子は”ねむりごな”は人に向けて撃たな──すぅー」

 

 秒殺。鬼の風紀委員長は見事に”ねむりごな”で陥落した。

 

「これでしばらく起きない、よくやったぞドレディア」

「ちちちちちちぷい」

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