ポケモン廃人、知らん学園に入学した。【完結】   作:タク@DMP

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第12話:悔恨

「──ッ僕は……一体」

「落ち着いたか?」

「うわぁっ!?」

 

 見慣れぬ人間にイクサは飛び退いた。

 何処かで見たような浅黒い肌にフリーザー寮の青いブレザー。

 思わずあの変態の姿がフラッシュバックし、イクサは別の意味で恐怖することになるのだった。

 

「……そんなに驚くな。少し傷つくぞ」

「あ、い、いえ、ちょっと知り合いの顔を思い出しただけなんです、何でもないんです」

「冗談だ。気にしなくて良いぞ」

「えーと……貴女は?」

「2年の保険委員長・ガーベラだぞ」

 

 がばっと起き上がったイクサは辺りを見渡す。

 白い天井。白い天幕。白いベッド。どうやら、保健室の中のようだった。

 そして自分に何があったのかを思い返す。バトル演習の途中でボールからポケモン達が現れた瞬間に頭が真っ白になり──

 

「ッ……そっか。僕、あのまま」

「ん。自分の名前は分かるか? 年齢は?」

「イクサ……15歳」

「そうか。記憶は混濁してないようだな。……ハーブティーは飲むか? 心が落ち着くぞ」

「……いただきます」

 

 遠慮する余裕も今のイクサには無かった。

 渡されたハーブティーを啜ると、不思議と胸が温まるようだった。

 

「今はもう動悸や恐怖感は無いか?」

「……今は、大丈夫です」

「とりあえず、今日は寮に帰って休め」

「……ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」

「謝るな。そして礼なら、友達に言うべきだぞ。ハッカ君と……テマリ君、だったな」

「あっ……!! 二人が運んでくれたのか……!!」

「二人はもう、とっくに次の授業に戻った。いや、私が戻らせたんだ。すごく心配していた。さっさと連絡してやるんだぞ」

「……そうですよね……」

 

 部屋中に漂う香りが妙に心地よかった。見ると窓際に「おはなのおこう」が焚かれている。

 何処か素っ気なさを交えた彼女の口ぶりも、とても話しやすかった。

 

「……保健室の先生っていないんですか?」

「ベラドンナ先生は養護教諭だからな。授業も持ってる」

 

(養護教諭……ああ、SVのミモザ先生は学校保健師だったけど、ベラドンナ先生はちゃんと授業あるんだ)

 

「だから、先生が不在で私も授業が無い時は此処に居るようにしてる。先生は、あたしのためにお菓子とジュースを用意してくれてるから好きだぞ」

「げ、ゲンキンだなぁ……」

「私も将来はそっちの道に進みたくて今勉強中だ。将来は先生みたいな養護教諭になりたいんだ」

「今の所、お菓子とジュースを用意してくれることしか情報無いんだけど……」

「会えば分かる。ちょっとクセがある人だが、皆先生が大好きだぞ。出来れば会ってほしかったな」

「……はあ」

 

 慕われているんだなあ、とイクサは考えた。

 

「だから間が悪かったな、今は私が代理だぞ」

「とんでもないですっ! こんなに親切にしていただけて」

「そうか……あたしも代理が板について来たってところだな。あ、菓子もあるんだが食うか?」

「えっ……そんなつもりで褒めたんじゃ」

「サービスだ」

 

 すっかり機嫌を良くしたガーベラはお菓子の入った鉢を用意する。

 

「君の事情は、あたしは大体聞いてる。月並みな事しか言えないが──辛かったな」

「……本当は分かってたんです。あの一件以来、ポケモンを見ると怖いんです。襲われるんじゃないかって。殺されるんじゃないかって。そうじゃないって分かっていても……手が震えて」

 

 そうなれば──もう学園には居られないかもしれない、とイクサは考えていた。

 元々稀人の彼に居場所はない。

 自嘲するようにイクサは言った。

 

「なーんて、こんな事言ったら……呆れられちゃいますね、レモンさんに」

「あの人に限って、そんなことで呆れるものか。それに、真っ先に君を救助しに行ったのは──彼女だ」

「えっ……」

 

 イクサは初めてそれを知った。彼女は、自分の救助に向かったのは知っていたが、真っ先に──とまでは聞いていなかったのである。

 

「普段は滅多にポケモンで戦おうとしないレモン先輩が、自ら君を助けに行こうと名乗り出たんだぞ」

「……何でだろ」

「あたしには分からないぞ。だけど、あの人は誤解されやすいだけで……というより、偽悪的な所があってな」

「偽悪的、ですか?」

「風紀委員は恨みを買いやすい。だから、自ら悪人のように振る舞って、自分にヘイトを向けていたんだぞ。自分が一番強いと自負しているからな。自分がトップに立つようになってからは流石に落ち着いたが……冷徹な鬼の風紀委員だったぞ」

 

 あの人が不良じゃなくて良かったぞ、とガーベラは回想する。かつてのレモンは、今とは違う苛烈な一面を見せる事もあったらしい。しかしそれは、あくまでも「風紀委員」としてナメられないようにするための仮面だったのだということはガーベラの話ぶりから伝わってくる。

 

「それに、この学園であの人に助けられた人は多い。かく言うあたしもその一人だ」

 

 昔いじめられていたのを助けて貰ったんだ、と彼女は付け加える。

 

「何より……彼女はポケモンを誰よりも大事にしている。あのパモ様が懐いているのは、君以外だと彼女くらいだぞ」

「……そうだったんですか」

「……ま、だから気になるなら本人に聞けば良いだろう」

 

 ガーベラは天幕をめくる。

 そこに立っていたのは──レモンだった。

 

「理由はどうあれ……立ち聞きは良くないな、レモン先輩」

「えっ──レモンさん!?」

「ごめんなさい。通りがかったものだから」

「すぐにバレるウソは良くないぞ、レモン先輩。自分の気持ちにウソを吐くのもな。前にも言ったはずだ」

「……そうね」

 

 その顔は、いつになく曇っていた。

 いつもクールで掴みどころのない彼女が、今は──とても哀しそうな顔をしている。

 

「……付いて来て。転校生君」

「えっと」

 

 狼狽える彼の手をレモンは引いた。

 

「話したい事があるの。付いてきて。これは……寮長命令よ。良いわね?」

「あの、ガーベラさん……」

「……安心しろ。この人なら悪いようにしないぞ」

「……じゃあ、行きますね。ありがとうございました、ガーベラさん」

「うん。何かあったら、また来ると良いぞ」

 

 こうして保健室から誰も居なくなったのを見て──ガーベラは溜息を吐いた。

 

「……やれやれ、先輩も後輩も手が焼けるぞ」

 

 すっかり静かになってしまった保健室で、ハーブティーを飲むガーベラ。

 しかし、静寂はすぐさまブチ壊される。

 

 

 

「おーい、ベラドンナ先生ーっ、サボりに来たんだけどお菓子とジュース無い?」

「ドレディア、やどりぎのタネだぞ」

 

 

 

 保健室はサボり場ではない。

 そこに情けも容赦も一切存在しない。

 飛び込んできた生徒はやどりぎのタネで絡め取られてしまうのだった。

 

「し、しまったァ!! よりによって今はガーベラの時間かよ!!」

「悪いな。あたしは先生程甘くはないぞ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……此処って」

「綺麗でしょ? 仕事が行き詰まったり、嫌な事があったら……此処に来るようにしてるの」

 

 

 

 連れて来られたのは、学園の展望台だった。

 あまり人が来ないのか、他には誰も居ない。それどころかところどころ少し埃を被っている。

 だが、此処からはオシアスの沿岸部を一望することができる。

 丁度夕陽が沈もうとしていた。

 

「ごめんなさい、レモンさん。もう大丈夫だって言ったのに……全然、大丈夫じゃありませんでした」

 

 イクサは──迷宮で起こった事、そして演習で起こった事を改めてレモンに話す。

 

「……僕、ひょっとしたらもう、ボールを握れないかもしれません」

「……あんな異常事態、起こる事の方が珍しいのに。貴方はむしろ、よく死なずに戻ってきたわ。私は……貴方が死んだらどうしようかと」

 

 意外な言葉にイクサは面食らった。

 もっと冷たい言葉が返ってくるものだと思っていたが──やはり、ガーベラの言う通り、普段の振る舞いは仮面を被ったものだったらしい。

 

「……良かった、失望されたのかと思っちゃった」

「バカね。貴方は何処までいっても、只の新入生でしかないのよ。それとも……何か結果を出し続けないと、学園に居られないんじゃないかって思ってる?」

「……そ、そういうわけじゃ……いや、思ってました。僕は本来、此処に居ない人間だから」

「そんな事哀しい事言わないで頂戴。貴方はもう、この学園の生徒なのよ。学費もきっちり払ったしね──ラズがだけど」

「ああ……」

「安心して、あんな無茶ぶり二度としないわ。どうせもうすぐ、私の代理が復活するもの。あの時は……他に適任が居なかったのよ」

 

 溜息を吐くレモンは、寂しそうな顔で言った。

 

「ま、仕方ないわよね。私、こんな性格だし……周りからどう思われてるかは分かってるつもりよ」

「……」

「でもね……君には私のようになってほしくなかったの」

 

 展望台のベンチに深く腰掛けると彼女は続けた。

 

「……私ね、バトルができないのよ」

「えっ……」

 

 あまりにも意外なセリフに、イクサは何も言葉を返すことが出来なかった。

 

「学園最強のトレーナーというのは……本当()()()のよ。あくまでも最後の戦績からそう言われてるに過ぎないだけ。今やったら分からないわね」

 

 きっとラズとも本気でやったら負けちゃうかもね、と彼女は続ける。

 

「元々私、バトルがあまり好きじゃなかったの。自分のポケモンが傷つくのが嫌で嫌で……小さい頃は泣いてバトルを嫌がったくらいよ」

「そうだったんですか!?」

「それでも、此処に入学してからはちゃあんと決闘だって受けてたわ。負けたことなかった」

「……強かったんですね。好きじゃないことで結果を出すなんて」

「私も周りの期待に応えなきゃいけなかった。だって、シトラス家の令嬢がバトルが弱いだなんて笑い者も良い所じゃない。それに私、自分の手持ちが大事なの。だから……傷つかないように鍛えることにした」

 

 家のプライド。周囲の評価。そこから板挟みになったレモンが選んだ結論は──傷つかない程に強くなる、ことだった。

 

「結果的に、好きじゃないバトルもそれなりに楽しめるようになって、去年は……学園最強大会でも優勝したわ」

「……本当に強かったんですね」

「ええ。だからちょっと調子に乗ってたのかもね。分不相応の成果を手にしたから、バチが当たったのかも……その後の迷宮演習だったかしら」

 

 彼女が鞄から取り出したのは、傷だらけの空のモンスターボールだった。

 

「……トレーナーが一番やっちゃいけないことを私はやったのよ」

「え?」

 

 その時のレモンは──見たことが無いような顔だった。

 

 

 

「……私ね、自分のポケモンを死なせたの」

 

 

 

 自分の力を過信したから。

 あるいは、自然の悪戯だったのか。

 多くをレモンは語らなかった。

 しかし──その時の彼女の無念に満ちた顔を、イクサは今後ずっと忘れられないと思った。

 

「ポケモンを死なせるトレーナーなんて、トレーナー失格だわ」

「ッ……そんなことが」

「……病院で死んだから、あの子が死んだのを知ってる人はあまりいない。だけど……察してる人は察してるんじゃないかしら」

「ッ……ラズさんや、シャインさんは」

「勿論言ってないわよ。あいつらに弱い所見せるなんてゼッタイ嫌。ラズに至っては未だに私の事ライバル視してるし。それに家の次期当主がこの有様だと、威信に関わるんだから」

「そんな……誰にも相談できないなんて」

「だからきっと、知ってるのは限られてる人だけ。でも、バトルの為にボールを握ったら手が震えるのよ。頭が真っ白になるの。だから、色々理由を付けてトレーナー科からビジネス科に転科したのよ私。社長業を継ぐから、とか言ってね」

 

 ──それが、決闘で代理を立てる理由だった。

 挑まれた決闘は受けなければならない。しかし、バトルにトラウマを持つ彼女は戦えない。

 だが敗北は家と寮の名を穢すことを意味する。自分を信じてくれている後輩たちを裏切ることになる。

 そこで、代理制度を利用するのが彼女に残された唯一の道だった。

 わざわざ「弱い相手とは決闘したくない」というお題目まで掲げて。

 

「逃げてることは分かってる。バトルがまたできるようになるまでって決めてたけど……ずるずる今になって引き延ばしてるのも分かってる。でも、他に道が無いの」

 

 救いだったのは代理人である「彼女」が信頼の於ける相手であり、すこぶるバトルが強いことだった。

 故に今日に至るまで、レモンは家の威信、寮の威信を守ることができていたのである。

 そうなるとひとつ、気にかかることがあった。

 

「じゃあ何で──僕を真っ先に助けに行ったんですか?」

「正直ね、バカな事したと思ってるわ」

 

 何であんなことをしたのか自分でも分からない。

 

「もしかしたら、今まで必死に隠してた事が全部明るみになるかもしれない。()()が出たら二人に迷惑を掛けるし、ミイラ取りがミイラになるかも、ってね」

 

 だが、あの時のレモンはいつものように平静を保つことは出来なかった。

 

「でもね──冷静になれなかった。君が私のように、心の傷を負うのは見過ごせなかったのよ」

 

 しかし、結果は──間に合わなかった。

 イクサは重傷を負い、ポケモンに対するトラウマを抱えてしまった。

 

「ごめんなさい。君には、心身ともに深い傷を負わせてしまった。肝心な時に何もできないなんて──寮長失格よ」

 

 本当は分かっている。聞かれてもいない身の上を話し、結局謝罪に終始するだけの時間は、ただの傷の舐め合いだということを。それでも放っておけなかった。今更自分にできることなんて無いのも分かっていた。

 

「……自分の所為、みたいな言い方しないでください」

「え?」

「僕、レモンさんの事、少し誤解してたかもしれません。ていうか、レモンさんは自分の事を悪く言いすぎです」

 

 最初は自分勝手な風紀委員長だと思っていた。

 だが実際は──己の心の傷と立場の両挟みになりながら、自分のできる事を出来るだけ成し遂げようと藻掻き、足掻く、責任感の強さと、年相応の脆さを併せ持つ一人の少女だった。

 

「……僕、正直レモンさんの事、信じてませんでした。最初に決闘の代理なんて頼まれて無茶な事言われたから」

「ッ……それはそうよ。あれで反感を抱かれない方がおかしいわ」

「でも、今は違うんです。風紀委員の皆さんは皆レモンさんを頼ってて何かあったらレモンさんに相談するし、ガーベラさんもレモンさんに昔助けられたって言ってた。それに、パモ様が懐いてるのは他にレモンさんしか居ないって」

「あの子……余計な事を言ってくれたわね」

「それに僕を助ける為に真っ先に名乗り出てくれたんですよね。僕を助けても、レモンさんには何もメリット無いのに。僕がレモンさんと同じ立場で同じ状況だったなら……きっと、何もできなかったかもしれない」

「……」

「だから安心しました。僕は、すっごく良い人に拾われたんだって」

「……やめて頂戴。当然のことをしたまでよ」

 

 レモンは顔を背けた。

 顔が赤いのは──夕陽の所為だけではない。

 

「もしかして照れてます?」

「照れてないッ! 折角こうして時間を取ってるのに……人の事をからかう悪い子は好きじゃないわ」

 

 そっぽを向いてしまった彼女は、こほんと露骨に咳ばらいをすると、彼の額に指を差して言った。

 

「……とにかく転校生君。しばらく君は休校扱いで処理しておいてあげる。ポケモンが多いアカデミアは、今の君にとって苦痛でしかないでしょう」

「……そう、ですね」

「後は……パモ様も一度、私に返してくれた方が良いかもしれない」

「なっ──それは」

「……襲われたんでしょう? 迷宮で暴走したパモ様に。パモ様は悪くない。そして君も悪くない。だけど……今の君にパモ様の世話をさせるのは酷よ」

「……それは……できないですよ。一度引き受けたことなのに」

 

 腰のボールに手を掛ける。

 次の瞬間──中からパモが飛び出した。

 

「ぱもぉ……?」

 

 心配するような目だった。

 何処か申し訳なさそうな目だった。

 しかしそれでも、イクサの目に映るのは──あの時の青白い目だった。

 

「ひっ──」

 

 驚き飛び退いてしまう。恐怖が込み上げて来る。呼吸が速くなり、拍動が強くなる。

 すぐさま腰からボールをひったくったレモンが、パモを戻した。

 

「大丈夫ッ、落ち着いて転校生君」

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいッ……もう、大丈夫」

「大丈夫じゃないわ」

 

 ──過呼吸は収まった。

 それまでずっと、レモンは彼を抱きしめていた。

 ふわりとした優しい抱擁だった。クチナシの香りが突き抜ける。

 

「安心して……今此処には私と貴方しか居ない」

 

 しばらくすると、情けなさで涙が込み上げてきた。

 あんなに大好きだったポケモンが今となっては恐怖の対象へと反転してしまった。

 それを改めて突きつけられたのが、一番悲しかった。

 

「ごめんなさい……」

「謝らないで。私がしたいから、こうしてるの」

「……僕は、どうしたら良いんでしょうか」

「今の君にはポケモンと接するのは無理よ」

「……そうみたいですね」

「そうだ、渡しておきたいものがあるの」

 

 そう言ってレモンはレックウザのカードをイクサに渡した。

 

「このカードは君に返しておくわ、転校生君。結局、中身は壊れてて──使い物にならなかったし。君が持ってるのが一番だわ」

「……ありがとうございます」

 

 こうして、双方の宝物はそれぞれの手の中に戻ることになる。

 あるべき場所に戻った。ただそれだけなのに、その場には哀愁が漂っていた。

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